🌸疫病神-その壱-

「あぁもう,つまらない。生きてる気がしない。私の空しさなんて、誰も分かってくれやしない。いっそのこと、死んじゃおうかな。」

首吊りが良いか。

いつも飲んでいる薬を、一度にたくさん飲んだら楽に死ねるか。

あれやこれやと算段していると、ふとパソコンが目に入った。

この香織という女、暇さえあればネットばかり見ている。

「死ぬ前に、もう一回だけブログをやってみようかな。」

ブログと言うのは、インターネット上で書く日記のようなもの。

自分のブログには、基本的に何を書いてもかまわない。

ブログは誰でも見る事が出来るから、良い出来のブログには人様から「いいね」やコメントが貰えることもある。

人気ブロガーのブログなんざ、毎日数百の「いいね」がつき、コメントをする者も後を絶たない。

簡単に言えば、ブログの閲覧者数や「いいね」、コメントの数は、そのブログがどのくらい人気かを示すバロメーターでもあるわけで。

実は香織さん。

これまでも、何度かブログを始めた事があった。

でも、しばらく経つと「「いいね」が少ない」だの、「ブログを読んでくれる人が少ない」だの…嫌になってブログごと消してしまう。

何を書いても言いとはいえ、ブログにもルールがあるわけで。

当然ながら、誰かの誹謗中傷や名誉毀損に当たることは書けない。

もしそんな事を書いた記事が見つかれば、運営会社から処分が下る。

だから、書けない。

ブログで書く内容や書き方にも、けっこう気を使う。

意外と気を遣うのは、SNSの運営会社というより、SNS利用者の目でございまして。

少しでも障る言葉を見つけるや否や、名誉棄損じゃないか、誹謗中傷じゃないかと容赦なくチェックが入る。

はじめは一人の責めだったものが、人から人へバトンが渡り、あっという間に大炎上！なんてことも数の中にはございます。

おっそろしくて、言いたいことも言えねぇ世になったものですなぁ。

こんな世界に誰がした？

そりゃお前さん、あんたら人間だよってなもので。

インターネットに長けた香織にも、その辺りは分かっている。

コンプライアンスの厳しい世の中ですからねぇ。

言いたいことは山ほどある。

でも、世間の目が気になって思うように記事が書けません。

そういう鬱憤が、香織という女にはたんまりあった。

「でも、どうせ死ぬんだ。誰に何を言われたところで痛くも怖くもない。
死ぬ前に、書きたいことを思いっきり書こう。
それで炎上しても、かまうもんか。」

そうして香織は、あるブログを立ち上げた。

タイトルは『必殺！スピリチュアルを世直しするブログ』。

もともと霊能者なんて商売を、香織は胡散臭く思っておりました。

ここ10年ばかりの、スピリチュアル・ブーム。

神様が見えますだの、龍神様と仲良しですだの、そういう連中が雨後の筍のように次々現れる。

何を隠そう香織も、神頼みや占いに頼った時期があった。

けれど人生は、全くもって思い通りにはならない。

それなのに、その連中ときたらまぁ人気者になったり、高額納税者になったりもしている。

あぁ悔しい。

なんであんなヤツらばっかり。

あんな連中、滅びてしまえばいいんだってんで、新しく立ち上げたブログには、スピリチュアーに異を唱える内容の記事を書くことにした。

霊能者やスピリチュアー、断罪します。

スピリチュアルで痛い目にあった方、体験談をお教えください。

一緒にスピを断罪しましょう！

つらつら自己紹介記事を書き、しばらく待つ。

しかし、待てど暮らせどブログを見にくる人はいない。

あぁやっぱり、私のブログなんて誰も見に来ないんだ。

私なんて、世の中の誰も評価してくれないんだ。

「やっぱり死のう。」

立ち上げたばかりのブログを消そうとした時―

『人が集まる方法を、教えてやろうか。』

涼しい風が吹いて、気がつくと老夫が一人立っていた。

思わず、うわっと立ち上がる。

「誰！？どこから入ったの！？」

このマンションは、オートロック完備でセキュリティもなんちゃらら。

見知らぬ老夫が、部屋に入れるはずもない。

つーっと背に汗がたれた。ぞぞぞと怖気が走る。

「ま、まさか。こんな昼まっから…ゆうれ…。」

『そのまさかだよぅ。』

「私の台詞に、かぶせるのは辞めてくれます！？」

くい気味の幽霊に突っ込むと、こ汚い老夫はふぇふぇふぇと笑ってこう言った。

『お前さん、さっき死のうとしたろ。やめとけ、やめとけ、自殺なんてろくな死に方じゃねぇ。代わりに、俺がお前さんに、生きたくなる方法を教えてやるよ。』

「…あんたに言われると、なんだか説得力があるわね。
それで、ブログに人が集まってくる方法って？」

人間、死のうと思えば何事にも動じなくなるものでございます。

元は死ぬ前に、一花咲かせようと始めた世直しブログ。

使えるものは何でも使おうってもんで、さっそく香織は老夫のアドバイスを聞くことに致しました。

『いいか。ブログってのは、始めてしばらくはさほど人から注目されねぇ。

特に、お前さんが使っているブログ会社には何千何万のブロガーがいるからな。

一つのブログに出会うのも、縁みたいなもんだ。

その縁を最初っから広げるためには、まず人脈を大勢持ってるブロガーを使うのが手っ取り早い。』

「あんた、やけに詳しいわね。本当に幽霊？ブログで集客しよう系のセミナー関係の人なんじゃないの？！」

『長く生きてりゃ、このぐらい詳しくもなる。』

「私、その手のセミナーには絶対参加しな…。」

『まずは、コイツをブログで取り上げて、一つ記事を書いてみな。』

「だから、私の台詞に被せないでよ！」

老夫が選んだブロガーは、フォロワー…つまり、ファンが1000人以上ついている霊能者。

なるほど。

ファンが1000人以上いるブロガーを使えば、その内の何人かは香織のブログを見に来るかもしれません。

香織はいそいそと、この霊能者に異を唱える記事を書きブログを公開ました。

すると翌日、ブログの閲覧数は急増しているではありませんか！

そればかりか、

【私もこの霊能者さん、変だと思っていたんです】

【昔はこの霊能者さんが好きだったけれど、最近変わっちゃった気がして離れました。】

【結局スピリチュアーはお金儲けしか考えていないし、神仏と繋がるくらい霊格の高い人間なんてこの世にいるわけがないよね！】

香織に共感する読者から、コメントやメッセージが届く、届く。

「凄い。私と同じような考えの人がこんなに集まってくれた…。」

まさか、これほどすぐ反応が出るなんて。

嬉しいながらも、驚きを隠せません。

『人間はなぁ、誰かを賞賛する意見より、批判する意見の方が好きなんだ。

心温まる話より、ゴシップ記事の方が爆発的に広がったりするだろう？

昔は、インターネットなんざ無かったから、人の噂も八十五日すりゃ消えたものだが…。

今は違う。一度誰かが吐いた毒は、尾ひれをつけ延々と世界を巡る。

情や情けは、どこ行っちまったんだろうね。

間違いや履き違えは、誰でも経験済みだろうに。

誰かの小さな過ちを、針でムシロでも突くみてぇに寄ってたかって責め立てやがる。

まったく、生きにくい世になったもんだ。』

「ねぇ、ねぇ、そんなじじ臭い説教はいいからさぁ。

次は、どんな記事を書けば良いと思う？」

『お前さんの思う通り、やってみな。』

その日から香織は、どんどん記事を公開していった。

スピリチュアル系のブロガーを、目に付いた端から取り上げてネタにする。

龍神様が傍にいてくれると某霊能者は言うけれど、神様が一人の人間だけ特別扱いするわけはない。

幽霊が見えるという霊能者は、目の錯覚じゃないの？
人の霊能相談に乗る前に、まずはお前が病院に行け(笑)

人間てのは勝手なもので、数の中には、自分はコンプライアンスに引っかかりたくないくせに、他人がコンプライアンスぎりぎりで人様を批判する様子を見たがる者もいる。

初めはコンプライアンスを気にして、控えめにしていた香織。

でも、激しく霊能者を貶すほど、香織のブログには人が集まってくる。

その内、

「このくらいなら、誹謗中傷にならないかな。」

「この程度の表現なら、あくまで批判の範疇におさまるよね…。」

あれこれ工夫をこらすうち、霊能者への「異を唱える」がいつの間にか「批判」になり、あっという間に「人格や人生の否定」―つまり、誹謗中傷に変わっていった。

その弐へ続く