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#10 不思議空間のウィンナーコーヒー【おいしいもの備忘録】

阿佐ヶ谷という街


阿佐ヶ谷は、わたしが20代の頃暮らした街だ。
JR中央線新宿駅と吉祥寺駅のちょうど中間くらいに位置している。お隣の高円寺の賑やかさに比べたら落ち着いていて、何があるのかと言われると何かあったか?と考えてしまうのだけれど、絶妙にユルくて居心地のよい街であることには間違いない。
阿佐ヶ谷の好きなところをあげてください、と言われたら、多分「もういいです」と嫌な顔をされそうなくらいにはあげられる自信がある。

ゆるい喫茶店


お気に入りの場所のひとつは、喫茶店である。
特に阿佐ヶ谷で暮らしたことがある人なら認知度100%であろう、駅前にある「喫茶gion」には、離れてからも時々足を運んでいた。
独特の存在感を放つ、阿佐ヶ谷の裏ボス(自覚はないと思う)的存在だ。

名称未設定のアートワーク 1


入り口を覆うモリっとした緑とネオンの看板。
一見入りづらそうだが、扉を開けたら吸い込まれてしまいそうな独特のまったりとした空気がながれている。
入って左手にはピンクの壁のブランコ席。女の子たちがキャッキャと写真を撮りあっている。

少し奥の、ブランコ席とは逆の席につく。
一息ついてコソッと周りを見渡してみる。
手書きのメニューにステンドグラスのテーブルランプ。アールデコ調の家具とフェイクグリーンたちの若干のアンニュイさ。
『ハウルの動く城』に出てくるハウルの寝室のように色があふれていてコチャっとしているのに、不思議空間が妙に落ち着く。
重ための「こちゃっと感」と空間の案内人のようなレトロな制服の店員さんが醸し出す雰囲気は、いつでも「喫茶gion」だ。
時間を空けて訪れても変わらない。
時折発作のように、窓の外の喧騒がミックスされてさらに密度を増したその空気を感じたくなって足を運んでしまうのだ。

ウィンナーコーヒー

わたしが決まってオーダーしてしまうのは、「ウィンナーコーヒー」である。ウィンナーコーヒーというのは濃いめのコーヒーの上にホイップクリームをのせた素敵な飲み物だが、喫茶gionでいただくとまた特別な感情が湧く。

ファンタジーな空間の中、ふわふわした気分のままでコーヒーカップに口をつける。クリームの優しさを感じた直後に「グッ」と顔を近づけてくるコーヒーに少し驚く。
そうくるか、とニンマリしてしまう。

名称未設定のアートワーク


もしかするとこのギャップは計算されているのかもしれないし、
「実はちょっと力を入れて作っているものを褒められるとこそばゆくなってしまうから隠しているのだな」などと捻くれて考えてしまうほどに、ちょっとした驚きがある。

離れてからも心を掴んで離さない、阿佐ヶ谷という街とかぶって見えてとても愛おしく感じるのだ。

●今聴きたい音楽:あえてのジャズスタンダード。


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