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112.デュアルライフ

2004.4.6
【連載小説112/260】

4月1日の島開き記念日を終えて、トランスアイランドの歴史が3年目に突入した。

1年目。

実験的社会スペースとしての島が整備された。
これはベースとなる自然環境はもちろんのこと、インフラや各種施設も含めた生活空間のことだ。

2年目。

太平洋島嶼国家との連携活動が誕生した。
これはもちろん完成されたネットワークではなく、今後着実に深まっていくであろう友好の輪のこと。

そして、3年目。

「ここに集う皆さんでこれからの1年に創造すべきは何だと思われますか?」

島のランドマークである灯台が建つNWヴィレッジのビーチで開催された記念式典の冒頭で、挨拶に立ったミスターDがにこやかに聴衆に語りかけた。

ミスターDは「トランス・セブン」のひとりで、世界的に著名な社会学者である。

トランスアイランドという実験社会のベースシナリオを策定した人物で島民の前に姿を表すのは今回が初めてだった。
(島の実質的なオーナーである「トランス・セブン」は第99話。既に紹介済みの代表ミスターGのことは第100話を)

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さて、ミスターDの問い掛けに対して、聴衆から様々な意見が飛び出した。

「他では実現不可能な知的楽園」

「食料自給率100%の実現」

「エコツーリズムの聖地」

「究極の読書島」

「世界最小のIT立国」

「21世紀型の芸術村」

といった具合だ。

それら全てを大きく頷きながら聞いていたミスターDは、やがて静まりかえった島民を前に

「ライフスタイル」

と、シンプルな一言を発した。

彼がその意味するところについて語った内容を凝縮してまとめておこう。

聴衆の発言は、その全てがトランスアイランドの目指すところに合致した「夢」であり、それらは個人や共通の価値観を持つグループの下に実現に向けての努力がなされるべきである。

が、一方で歴史が浅く未成熟な社会においては、それらの実現を支えるマインドの部分に相対的な弱さがある。

国籍や民族。
職業や趣味志向。
年代、性別、家族構成の違い。

と、多様な価値観の混在する小社会が精神的な部分を共有することは非常に困難なことであり、ともすれば繋がりなき個々の集合体に終始してしまうおそれがある。

幸い、トランスアイランドは「BLUEISM」という楽園創造スローガンを早期に掲げ、それが全島民の中に浸透してきた。
(詳細は第44話

次は、それを各自が共通のライフスタイルの中に具現化していく段階を迎えている。

「繋がり」と「広がり」というBLUEISMの精神が、島民個々の生活に無理なく見て取れるようになれば、この島は世界に対してその成果を誇ることができるはず…

そんなミスターDの挨拶に参加者一同が共感した記念式典は、新たな1年をスタートする上で非常に有意義なものだった。

では、そのライフスタイルとは如何なるものであるべきなのか?

そこをBLUEISM同様、島全体で共有可能な言語とイメージでまとめるべくコミッティ会議が重ねられたので、併せてその結果も報告しておこう。

構成メンバーは、久しぶりに集合したエージェント7名とミスターD、ミスターGの9名である。

ボブの司会で進められる会議では、まずトランス島民に共通する特徴について意見交換が行われた。

それらを集約すると「複数タレント性」と「ネットワーク感性」という2要素になる。
(会議の進行役であるボブについては第39話を)

まず、「複数タレント性」とはふたつ以上の才能のことであり、島民は皆、メインの職業や活動の他に趣味レベルを超えた専門分野を持っているということである。

優秀なビジネスマンが芸術分野でみせる特異な才能とか、特定分野に関する専門知識が学者級の人、と具体例を挙げれば誰もが近隣の誰かを思い浮かべること可能ではないだろうか?

次に「ネットワーク感性」だが、島という空間を閉鎖系の社会と捉えている人がいないということ。

全ての人がリアルタイムでネットワークに接続できる環境を獲得し、島外とのコミュニケーションの中に日々を重ねる開放系人種であるということだ。

では、その特徴を個々人がライフスタイルとして意識し、成熟度を高めていくためにどのような表現を用いればよいか?

そこで登場するのがマーケティングエージェントのスタンである。

数々のコンセプトワードを生み出してきた彼から出てきたキーワードが「デュアルライフ」だった。
(このコンセプトの具現者たる彼のことは第37話を)

日本語では「2元的人生」と訳せばいいだろうか…

人は皆、与えられた環境の中で「現実」の人生を送っている。

加えて人は、今とは違う「もうひとつ」の人生というものを夢想する存在である。
就きたかった職業、幼少からの夢、深めたい趣味や余暇活動、人生を重ねる中で発見する自らの新たな才能…

「現実」の人生は万民にひとつでありながら、「もうひとつ」の人生の側に可能な限りこだわる。

それもどちらを優先させるとか、比重の問題ではなく、手に入れたテクノロジーやネットワークを合理的に活用して双方融合を図る中に、深みのある日々を送るポジティブな生き方。

トランスアイランドで育まれるそんなライフスタイルを「デュアルライフ」と表現することが満場一致で決定した。

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例えば作家としての僕のデュアルライフ。

一方はトランスアイランドを基点に各地を巡る職業人としての旅人生活。
もう一方はマイペースで勝手気ままな物語を創造し続ける島の空想生活。

職業としての外地での仕事が自由な島の創作活動を支える知識のストックとなり、穏やかな島の日々が次なる旅への活力を生み出してくれる…

双方の生活がバランスよく融合して、僕なりのライフスタイルは充実の中に成立している。

そう、デュアルライフとはふたつの異なる生活を併存させるのでなく、自らの中に異なる要素を融合させることで、人生をより豊かで濃密なものにせんとする21世紀的ライフスタイル。

20世紀以前には不可能であった「個」の開放と進化が、向上心や好奇心さえあればネットワークとグローバリズムの中に実現するという挑戦だ。

そしてそのチャンスはトランスアイランドに暮らす民だけにあるのではない。

特に、先月からこの知的ネットワークに繋がった日本の『儚き島』の読者である「貴方」に伝えたい。

慌しい文明国家の日々と並行して進行する「物語としての島」を意識することで、貴方の中に海を越えたデュアルライフのスタートが既に可能な状態として準備されている、と僕は考えているのだ。

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

ひとは「肩書き」というもので仕事をしているとすれば、僕は随分多様な肩書きで仕事をしてきたことになります。

プロデューサー、ディレクター、プランナー、マーケター、ライター、作家、ジャーナリスト、プロフェッサー…
※そこに複数の会社の経営者という肩書きもあり

複業の「複」は複数の意味がメインですが、ここまであれこれ顔を持つと、複雑の「複」であります。

「一体、何をしてる人なの?」

と聞かれることも多いのですが、僕の中では全てが混ざって「旅するクリエーター」のような感じで生きたので、自分がマルチタレントだという感覚は全くありません。

この回でデュアルライフと表現しましたが、『儚き島』のアップデートを重ねながら振り返ると、この連載を継続した5年間だけは、多様な肩書きを封印して、自身と真名哲也をコインの裏表のように意識しながら仕事をしていました。

我が人生の中で最もシンプルに集中して生きていた感があります。

今年も新年度の4月を迎えて、複業の編集?作業に追われていますが、シンプルなライフスタイルを取り戻す必要性を感じます。
/江藤誠晃

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