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037.懐かしい未来

2002.10.29
【連載小説37/260】


「懐かしい未来」

そこから幾つものストーリーが生まれてきそうなフレーズだが、僕のオリジナルではない。
トランスアイランドのマーケティングエージェント、スタンのコンセプトワードだ。

小説を書く僕が言葉をリリカルに扱おうとするのに対して、スタンは常にそれをロジカルに活用する。
同じ景色を見て、同じ風に吹かれて、同じ意識を持ちながらもスタンの感じ方はいつも僕を驚かせる。

例えば、島という空間に暮らす感覚。
前回、僕はそれを「浮遊感」と表現したが、彼によると「孤高感」ということになる。
海上に出る面積の大小で陸地を見れば、大陸は露出大、島は少。よって社会サイズにも大小の差が出る。
が、人が集う社会そのものは大小に関係なく、それぞれにかけがえのないものだから、より小さいコミュニティほど構成員たる個人の存在や意義が大きくなる。
つまり暮らす人の個性は面積に反比例するというロジック。
故に、自分はより小さな空間を目指してきたという。

これだけでは、スタンを知らない人は、彼を気難しい変わり者と思うだろう。
が、実際の彼は陽気にして豪快、フランクでよく喋る。
その人物像を紹介しよう。

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テクノロジーをテーマとするノースウェスト・ヴィレッジ。
その中枢にして、未来志向コミュニティの象徴ともいえる未来研究所。
スタンの仕事はそこの研究員で、技術系のスタッフ同様、ワークタイムのほとんどをパソコンと向き合って過ごすハイパーワーカーだ。
様々なデータベースにアクセスして情報を分析したり、世界中に分散するブレーンとのネット会議を重ねたりしている。

ところが、オフの彼に研究者のイメージは全くといってない。

まず、彼はノースウェストで働きながら、反対側のサウスイースト・ヴィレッジに暮らしている。
職住一体が主流の島にあって、毎日徒歩で丘を越えて約1時間の通勤者だ。
曰く、根っからの遊び人で仕事嫌いの自分に職住一体は不可能で、少し長めの散歩を兼ねた通勤でオンとオフの切り替えを行っているのだという。
もっとも、彼の仕事の質と量を知る僕としては、これは一種のカモフラージュだと思っている。
おそらく未来を洞察するマーケッターの活動とは、オンとオフを超越したもうひとつの時間にまで及んでいて、彼は行き帰りの時間をそこに当てているのだろう。

次に外見。
ハワイ出身でポリネシアの血を源流に持つ彼は、がっしりした体格と彫りの深い顔立ちで、一見何かのスポーツ選手のようである。
実際、学生時代はフットボール選手としてかなりの活躍をしたらしい。
加えて彼は、その大きな身体で小さなウクレレを巧みに操る音楽好き。
その腕前はプロ並みで、最近はサウスイーストの浜辺で彼の演奏を聞くファンも増えている。(ちなみに僕もその中のひとりだ)

彼の経歴にも触れておこう。

1967年、ハワイ生まれ。
4代前にさかのぼれば純粋のハワイアンだったそうだが、その後の移民混血により彼の中には、ハワイアン、チャイニーズ、フィリピーノ、アメリカンの血が流れている。

ハイスクール卒業後、西海岸の大学に進学、社会学を専攻。
卒業後はニューヨークのマーケティングエージェンシーに就職。
4年の勤務後、独立し自らの事務所を設立。
マーケティング・プロデューサーとして全米各地の様々な有名プロジェクトに参加。
2002年6月、トランス・コミッティのスカウトを受けて、事務所をスタッフに任せ、島に移住。

こう記すことで、スタンとは何者かが僕には見えてくる。
そう、彼は徹底してマイノリティにこだわるのだ。
その中に流れる血を原点に、常に自らを「今ある場所」から「より小さな別の場所」へ移動させることで、そのアイデンティテイを掘り下げていく男。

そして、そのポジションからは、世界や未来が僕らよりもかなり遠くまで見渡せているはずだ。


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社会とか国家を見る時、我々は地球儀の表層を見るかのごとき視点にとらわれてはいないだろうか?
海上に出たスペースだけを比較すれば、大陸が強く、島々が弱きものに見えてしまう。

が、どうだろう?
僕らが住む地球をオレンジを切るように、スパッと縦に二分してみる。

すると、全ての社会、国家が根底を共有する一連の連なりであることがわかる。
そして、深きところから海上に向けて突き上げるかのごとく立ち上がる島々が、なんとも勇敢な存在に見えはしないか…

スタンの「孤高感」とは、この勇敢さに通じているのだろう。
縦に割った地球の断面に、島で生きていく大きなヒントが見えるような気がする。

------ To be continued ------

※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

「真名哲也」は僕のアヴァター的存在として生み出した一連の物語における一人称の主役キャラクターであり、単なるペンネームではありません。

90年代半ば、マーケターと文筆のどちらの道を選ぶべきか思案していた僕が、「食える」マーケターと「食えない」小説家を足して割ったプロジェクトとして、もうひとりの「僕」を物語の中で成立させようとしたわけです。

とはいえ、創作する作品に対して「マーケターとしての自分」を反映することは面白いスパイスになると思ったので、このスタンというハワイアンの人物を登場させたわけです。

大学卒業後に4年間組織で働いた後、独立し自らの事務所を設立。
マーケティング・プロデューサーとして様々なプロジェクトに参加。
という肩書きは江藤誠晃のキャリアそのものです。

20年を経て、今の僕はマーケターが主役で小説家は知られざる裏の顔?となりましたが、このふたりのやりとりは右脳と左脳のコラボ作業のようなもので、当時も今も僕の頭と心の中で繰り広げられる知的作業なのです。
/江藤誠晃





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