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TRANS ISLAND 儚き島 回顧録

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2002年2月19日から5年間260週間をかけてオンライン配信された連載ネット小説『TRANS ISLAND 儚き島/真名哲也』。スマートフォン黎明期に掌上の端末で読む未来形の小…
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136.旅人の発想

2004.9.21 【連載小説136/260】 先週末、東京でミスターAと初めて対面した。 この『儚き島』において初登場となるこの人物は「トランス・セブン」のひとりだ。 トランスアイランドの実質的なオーナーともいえる7人の存在については、過去に何回か触れてきたが、既に紹介済みの人物はミスターGとミスターDだけで、その中に日本人が含まれていた事実は今回が初披露になる。 もっとも、これは僕自身がまだ彼らとしか面識がないということでもあるのだが… (ミスターGとミスターDの

135.島で見た「光」

2004.9.14 【連載小説135/260】 不思議なミュージアム体験をした。 のどかな空間は日本における地方の小島の典型的な村落風情といっていい。 細い路地に人影は少なく、少し歩くと鳥居が見え、そこから石段を登れば町を小高い場所から見下ろす神社へと至るようだ。 その先さらに高いところに広がる残暑の空はまだ青く、潮風を受けて木々が揺れる葉音の向こうに微かな波音も聞こえる。 そんな静かな町のはずれに、周囲から独立した存在感を持って横たわる木造の建築物がある。 名は南

134.環境難民

2004.9.7 【連載小説134/260】 不思議なもので、僕の周囲で全てが予定されていたかのように繋がっている。 ツバルという国家は、本質的な部分でトランスアイランドという実験国家の誕生のきっかけともいえる存在だった。 今、ツバルを訪れているTWCというマーシャル諸島共和国の航海プロジェクト。 このエコロジー計画にはトランスアイランドが深く関わっている。 マーシャル側の代表は共和国議員のカブア氏。 僕は彼とトランスアイランドへ移住する1年前の2001年に既に知りあ

133.南海の小さな天秤

2004.8.31 【連載小説133/260】 ハワイに来ている。 一昨日まではマウイ島のラハイナにいて、昨日からオアフ島のワイキキだ。 毎度のことながら事後報告となるが、マウイ島へは5月以来となるラハイナ・ヌーンの集いに顔を出してきた。 (創作の舞台を太平洋に置く作家の覆面会議については第88話) 今回は4名の作家の参加であったが、この会合においては常に架空のオブザーバーをプラス1名同席させたつもりで議論を重ねることになっている。 その特別参加者とはクジラ。 地

132.シンガポール新時代

2004.8.24 【連載小説132/260】 今月12日。 シンガポールの首相を14年間務めたゴー・チョクトン氏に替わって、リー・シェンロン氏が新首相に就任した。 1965年の独立後40年で3代目の国家元首となる。 シェンロン氏は建国の父リー・クアンユー氏の長男で、副首相や貿易産業相などを歴任し、早くから将来の首相候補とされていたから予想どおりの政権交替であった。 20世紀後半に急速な経済成長を遂げ、アジアのリトルドラゴンと呼ばれる同国は、今も衰えることなく成長を続

131.天与の資源

2004.8.17 【連載小説131/260】 -見た目は同じなんだけど- TWCの航海、2番目の訪問国ナウルから届いたトモル君のメールタイトルである。 彼はとても驚いたようである。 先に訪れたキリバス共和国とナウル共和国は距離にして約700km。 南洋の島としての外見は同じなのに、そこで日々を重ねる中で知る中身が全く異なるものだからである。 端的に言えば、ナウルという国家は病んでいるのだ。 1968年にミクロネシアの国としては早期に独立を果たしたこの国は、長く「

130.冒険の共有

2004.8.10 【連載小説130/260】 「豊かさ」の指標とは何か? ひとまずは、その答を知ること、つまり「知」にしてみよう。 知識の量と、そこから生まれる知恵の数々。 人が「知」の開発を積み重ねる先に豊かな未来を求めてきたのは歴史の事実である。 が、ここで「開発」と記したのは至って文明的な視点であり、「豊かさ」と「開発」が直結する唯一の関係性ではないことに留意すべきである。 「今日」と違う「明日」を願って「変化」していく「豊かさ」がある一方で、「今日」と同じ

129.世界で一番早い朝

2004.8.3 【連載小説129/260】 昔々、太平洋上にある小さな南の島でのお話。 酋長の座を巡って争いを重ねる10人兄弟が、カヌーレースで決着をつけることになった。 手漕ぎカヌーのレースは、体力にまさる長男を先頭に、最後尾は小さな末っ子という予想の順位で進む。 ところが、コース途中の島で大きな荷物を持ってカヌー乗船を待つ彼らの母がいたことでレースの行く末は大きく変わった。 最初に島を通過した長男が他の兄弟の船に乗せてもらうよう母に言うと、続く弟達も次々と同じ

128.釣竿片手に隠岐を思う

2004.7.27 【連載小説128/260】 3日前に隠岐からトランスアイランドへ戻った。 今回の帰路は寄り道なし。 日に1便の11時45分隠岐発日本エアコミューターで大阪伊丹空港へ飛び、関西国際空港へバスで移動。 18時30分発のユナイテッド航空ホノルル便がオアフ島に着くのが翌7時20分。 コペル社のホノルルオフィスに連絡すると、運よく小型飛行艇がトランスアイランドへ向かうということで同乗させてもらい、11時30分に帰島した。 所要時間は、時差をひいて約20時

127.トビウオが見る空

2004.7.20 【連載小説127/260】 僕たちが生きる「今」に対しては、常に並存するもうひとつの時間がある。 僕たちが生きる「場」に対しては、常に並存するもうひとつの空間がある。 例えば、今日もいつもと変わらず穏やかであろうトランスアイランドで、この手記を読む島民の「貴方」にとっては、遠く離れた日本の隠岐諸島の島時間が僕の報告によって並立する。 例えば、今日もいつもと変わらず慌ただしい日本で、この手記を読む「貴方」の前で、旅を人生の住処とするふたりの男の不思議

126.独立国家の可能性

2004.7.13 【連載小説126/260】 「集中」と「分散」。 21世紀ネットワーク社会の対立する2大キーワードである。 20世紀文明はある意味でその風呂敷を広げすぎた。 無限なる右肩上がりの成長という「拡大」思想は、世紀末にかけて現実から幻想へと転じ、経済停滞や環境問題、民族紛争が表面化した。 故に、そのリストラクチャリングとしての「集中」は必至なのかもしれない。 我が祖国日本においては、プロ野球の球団合併やリーグ再編が大きな話題だが、僕らの世代でさえ当然の

125.ジャブロ号の航海

2004.7.6 【連載小説125/260】 マーシャル諸島共和国の首都マジュロに来ている。 僕にとっては2002年9月以来の訪問ということになる。 明日7月7日、いよいよTWCの航海がスタートする。 TWC「talk with coral-珊瑚と語ろう-」の取り組みについては、この手記で何度か紹介してきたが、太平洋上の島々を転々としながら、珊瑚礁に囲まれて生きる民の知恵をネットワークし、広くエコロジーメッセージを発信する船旅が始まるのだ。 (TWCに関しては第61話

124.神話共創

2004.6.29 【連載小説124/260】 トランスアイランドの夜20時30分。 この時間はほぼ100%の晴天率だ。 80%に近い確率で降る夕方のスコールが一日中陽光を浴び続けた地面の熱を冷まし、空気を浄化してくれるから星空観測に最高の環境が準備される。 今夜も人気プログラムとなったスターライトビーチの「ストリームライヴ」に多くのツーリストが集まってくる。 その中にはNWヴィレッジのプラネタリウムを体験した直後の人もいるはずだ。 スターライトビーチ。 このプログ

123.池袋の満天の夜

2004.6.22 【連載小説123/260】 「一緒に神話をつくらない?」 と、スタンが笑顔で持ちかけてきた。 彼とのつきあいも長いから、それが単なる思いつきの発言ではないことがよくわかる。 多分、その頭の中には既に計画のプロットと幾つかのアイデアが出来ているはずだ。 「神話を創作するなんて、物書きにしてみれば大それた行為だよ」 と、僕が返すと。 「いや、神話なんてものは、創作される段階では全てが時代時代の変わり者か夢想家による気まぐれなフィクションだったに違い