099.トランスビジネス
2004.1.6
【連載小説99/260】
「トランスビジネス」なるタイトルで、2004年の『儚き島』をスタートさせよう。
5週にわたって重ねてきた2周年会議紹介の締めくくりとして、法律エージェントであり、島の経営的側面の多くを担うボブのビジネス構想をまとめておきたいからだ。
さて、ある種の理想郷を目指すトランスアイランドというプロジェクトに対して、「ビジネス」というワードを用いることに違和感を覚える人も多いのではないだろうか?
ビジネスこそが、自然を破壊し、有限なる資源を食い尽くし、人心を疲弊させる根源であり、そこへの疑念や反発から、南洋の島が古来人類の安らぎの地として存在してきたわけだから…
が、一方で人類に幸福をもたらしてきたのもまたビジネスである。
日々の糧としての食糧でさえ、自然にあるがままのものを直接自らの口に入れる特殊ケースは別として、生産や加工、流通といったビジネスが介在して成り立つし、豊かな生活をもたらす各種のサービスや、様々な感動を生み出す余暇活動も、全ての背後にビジネスがプログラムされてはじめて可能だからだ。
問題はビジネスの質的な部分。
何かを得るために何かが失われていく犠牲容認モデルや、その場しのぎの課題先送りモデルが生み出す「負」の資産と言い換えてもいいだろう。
環境問題や南北問題を見れば容易に納得できるように、文明的活動の中に潜む利己主義や競争論理は、常に弱者や被害者を輩出し続け、今や「負」の限界点を迎えているドメインが多々あるといっていい。
そこで21世紀に求められるのが、敗者なき共生のビジネス。
ミクロの成果を求めながらもマクロの充足が可能となり、ひとところの欠陥や課題を他所がカバーして全体が緩やかに進化していく善循環システムとしての有機的ビジネスネットワークだ。
そして、ボブの推進する「トランスビジネス」とは、その可能性を占うモデルなのである。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
優れた企画に対して金銭的投資が生まれる。
優れた企画はその潜在能力に金銭の力を借りることで、社会に有形無形の実益を生み出す。
結果として金銭的投資に「共感」という付加価値が生まれ、次なる投資が可能となる。
ボブに言わせると資本主義経済に代表される文明社会におけるビジネスとは、本来この循環を実現するシンプルな営みであればいいということになる。
「優れた企画」を見極める目と、「付加価値」部分の健全な運用さえあれば、緩やかではあっても社会は明るい未来に向かって着実にその時を重ねるということだ。
では、トランスアイランドという優れたビジネスモデルをこのロジックから見直してみよう。
そして、ボブの頭の中にある、今年の島の展開を解説しておこう。
トランスプロジェクトのスタートは、世界レベルの影響力を持つ7名のキーマンが21世紀の理想郷づくりを目的に私的ポケットマネーを出し合った一種のファンドである。
(「トランス・セブン」と呼ばれる彼らのことは第1話で解説。その中心となるミスターGのことは第64話を参照)
ポケットマネーといっても、そこは各界の名士陣。
ひとりあたりの投資額は一律1000万ドルで、その運営管理を任されたのがボブなのである。
また、通常我々が「コミッティ」と呼ぶ島在住の運営スタッフは、このトランス・セブンの側近的スタッフがいわば出向的に島政に関わっている仕組みで、それぞれに権限委譲がなされ情報がリアルタイムで共有されることで、「資本」と「経営」の関係性はバランスよく保たれている。
島開きに先立つインフラ整備は2001年にスタートし、初期投資は住環境やネットワークシステムといった器づくりに向けられたが、ボブとコミッティスタッフの手腕により、予想を遥かに下回るコストでコミュニティが完成した。
また、その後2年間の追加投資も合理的かつ最小限に抑えられ、資金的には潤沢なままトランスアイランドという経営体は成り立っている。
そして、さらなる島の発展を目標にボブが計画したのが第2次の投資システム。
完成されたトランスプロジェクトの価値観と機能に対する共感者としての投資を、具体的なアライアンス(同盟)事業とともに企業や個人から募るパートナーシップ獲得型の増資策である。
先日発表されたコペル社との提携がその第一弾ともいえる事例で、新たな投資はその全てが金銭的なものではなく具体事業を伴うかたちで成立することになる。
相変わらず多忙なボブであるが、その日々は各種投資案件の調査と調整によるものらしい。
これまでの活動でその運用手腕は充分に認められている彼に、今度は「優れた企画」の目利きとしての才能が求められている。
2004年は、厳選を重ねながら数件のプロジェクトを実現させたい、と意気盛んな彼は年始早々米国へ旅立っていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
世界は全てがネットワークされている。
それは物理的な土地やインターネットの世界だけでなく、各種の営みにおいてもいえること。
極論としては、ビジネスとの連携なくして政治も思想もエコロジーも成り立たないというのが高度情報化社会の現実なのだ。
が、それは悲観的なことではない。
ボブが主張するように「ビジネス」のあり方次第で豊かな社会は可能だ。
優れた企画とそれに対する投資がもたらす理想郷…
そう、トランスアイランドという島自体が優れたビジネスモデルとして成功するのなら、人類は楽観の中にその未来シナリオを準備することさえできると僕は信じている。
2004年。
この島の楽園化をさらに進めていこう。
それは文明に対しての「自然回帰」を目指すものではない。
時計の針を戻すことで生まれる「郷愁の楽園」は、他の南洋の島々に任せておこう。
僕たちが目指すのは、豊かな未来を模索する「知的楽園」の創造。
適正なビジネスによって、人類の文明を「自然融合」させ、大いなる地球の循環の中に溶け込んでいくのだ。
------ To be continued ------
※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?