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064.熟成する島

2003.5.6
【連載小説64/260】


「少しスピードダウンしてもいいんじゃないかな?」
そう、ミスターGは僕にアドバイスをくれた。

確かに、マーシャルとの交流や島嶼国家連携プロジェクトなどが広がる中、ここのところ会合が増えている。
加えて、それらの準備に関わる情報収集やメールのやりとりで、常時接続のインターネットに向かって深夜まで作業を続ける日も少なからずある。
もちろん、これに本業の執筆活動もあるから、僕の日々は随分スピードアップしていたことになる。
多分、他のエージェントも同様だろう。

文明的な営みは、全てが加速度装置を伴って進行する。
取り組む課題が自然親和型のものであっても、関わり方が人間中心のものであれば、どこかで主体と客体や理想と現実に乖離が生まれる。
「適正スピード」を求めるトランスアイランドの原点に戻って、進行中のプロジェクトを見直す機会なのかもしれない。

ミスターGの紹介と同時に、彼からもらったヒントをまとめておこう。

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5月1日。
ひとりの男が定期航空便のツーリストに混じって、島へと降り立った。
意外にも、彼にとっては、開島後初の来島になる。

「意外」としたのは、彼は開発段階で何度となくこの島に足を運んでいたからだ。
そう、トランスプロジェクト生みの親のひとりであり、コミッティの総責任者。
さらには、この実験的プロジェクトへの最大スポンサーでもあるミスターGだ。

彼をイニシャルで呼ぶのは、政治的にも実業家としても世界レベルで著名かつ影響力大の彼が、このプロジェクトに関しては匿名のまま関わりたいとする希望を受けての守秘義務によるものだ。

既に60歳に近い彼だが、デニムとコットンシャツという、島におけるカジュアルな出で立ちでは40代後半に見られても不思議ではない。
相手の目をまっすぐ見て話す中に見え隠れする頭脳の明晰さと、時々飛び出すユーモアから、相対する誰もが、親近感と共に深い信頼感を寄せてしまう好人物だ。

そんな彼が長期滞在の予定でトランスアイランドへやってきた。
もちろん、主たる目的は休暇だが、滞在期間中にコミッティスタッフとの打ち合わせや我々エージェントひとりひとりとの意見交換をこなすことも予定しての来島である。

そして、昨日。
僕とミスターGは午後の時間をNEヴィレッジのCafe Isleで過ごした。
互いのプライベート紹介から始まったランチタイムミーティングは日没まで続き、島の未来への思いや各種のアイデアを存分に語り合ったのだ。

その中で彼がアドバイスしてくれたのが冒頭に記したスピードダウンのこと。
目指す先がおぼろげながら見えながらも、どう推進していくかの部分に戸惑っている、と語った僕に対してミスターGは笑顔でこう語った。

「ここ1年間の私の愛読書が何だと思う?『儚き島』なんだよ…」

そして、以下のように続けた。

「毎週アップされる君の報告が、慌しい文明時間に生きる私を確実にこの島へと繋ぎ止めてくれてきたからだ。あちらに生きる者にとっては羨ましい空想世界のフィクションとして、こちらを知る者にとっては着々と進む夢のノンフィクションとして、不思議なパラレルワールドを楽しませてもらっていた。で、それらの中には私の心をとらえるフレーズが幾つもあった。心の中で感じていることを、うまく言葉によって表現し直してくれた事例と言い換えてもいいだろう」

「ありがとう」

と、返した僕にミスターGはさらに続ける。

「『楽園創造の速度観』と題された回で、君は “人は皆、努力に伴って増える付加や、進化し続けることの疲労を知って、なお速度調整が苦手な生き物だ”と記した。なるほど、と思ったよ。文明化に内在する加速機能の制御が人類の課題であることに多くの人が気づきながらも、そこに生まれるのは調整テクニックに関わるハードウェアやソフトウェアのことばかりだ。そもそも人類はそれが苦手なのだと言い切る君の視点はヒューマンウェアの方を向いていた。あれを読んで、まずは速度観にアプローチすべきなのだと痛感したよ…」

「どうやら、そのトランスタイムを提唱した僕自身の速度観が乱れていたみたいですね」

反省と共に笑った僕の中で、少し進んだしまった時計の針が逆転して正確な時間に戻ったような気がした。

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「低成長循環型社会」の求めるべき質的変化は「熟成」という概念の中にあるような気がする。

コミュニティがその成員全てのものである限り、一部のメンバーレベルの気づきや行動では「熟成」に程遠い。
まず、確固たる価値観が生まれ、そこを核に同心円状に人々の気づきや行動がネットされる。
それも遠心力によって一気に広がるのではなく、求心力とのバランスの中にじわじわと着実に力を付けていく…

エージェントである我々が為すべきは、使命感や仕事を背負い込むことではない。
まずは、仲間と集うことでひとりひとりの時間とその中身を均等化していくことなのだろう。
きっと、それがミスターGのビジョンの中にある島の「熟成」であり、それを可能とするのが「トランスタイム」なのだろう。

そして、僕の為すべきことはひとつ。
今週もまた一歩、『儚き島』を重ねることなのだ。

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

地球温暖化や島嶼国家に迫る水没の危機などをテーマに取材を重ねていた当時の僕にとって『不都合な真実』というドミュメンタリーは衝撃的でした。

その主役であるアル・ゴアは第45代アメリカ合衆国副大統領で、環境活動家としてノーベル平和賞を受賞すると同時に、米国におけるインターネット革命を支えた「情報スーパーハイウェイ構想」を推進した人物で、ウィキペディアには「多くの専門家は彼をアメリカ合衆国の歴史上最も活動的で多大な影響力を持った副大統領の1人だと考えている」と記されています。

僕がトランスアイランドという南海に浮かぶ架空の島を舞台に「エコロジーとエコノミーが融合する理想的な社会づくりの実験を行う」という近未来小説の構想をまとめる段階で、そのスポンサーとしてイメージした最初の人物がアル・ゴア氏で、当時は50代半ばながら既に政治の表舞台からは離れて様々な活動をしていた彼をモチーフに作品中に「ミスターG」を登場させたわけです。

レイチェル・カーソンを尊敬していたというアル・ゴアと僕が、仮に静かなビーチで語り合うことが出来たなら…
そんな極めて身勝手?な空想と共に創作を重ねる楽しさが、この作品にはありました。
/江藤誠晃






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