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旅先で日本人だと言ったら、2時間質問攻めにされた話

「日本にいないエッセイストクラブ」とは?
世界各国に住む物書きがリレーするエッセイ企画です。
1巡目のテーマは「はじめての」。
2巡目の今回のテーマは「忘れられない人」です。
これまでの記事は、こちらのマガジンをどうぞご覧ください。

「すみません、席を代わってもらえませんか? 3人で行くのですが、ひとり離れた席になってしまったものですから」

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クアラルンプール発バンコク行きの飛行機の機内で、隣席に座ったマレーシア人の若い男性に話しかけられた。
「いいですよ」
わたしも連れと離れた席に座っていたので、そう答えた。
あいにくなことに飛行機はもう動き出していたので、席を代わるのは水平飛行に入ってからということにした。

「ありがとう。ところであなたは、どこの国の方ですか?」
「日本人です」
「え? 本当に? 英語は話せますか?」
「ええ、まあ」
「うわあ、よかった! 僕、日本に行きたいと思っていて。聞きたいことがあるんです、教えてもらえませんか?」

マレーシア人の彼が一番知りたかったこと

思いがけない方向に話が進んで少し戸惑ったが、外国の人は日本のどんなところに興味をもっているのだろう?
面白そうなので、「いいですよ」とまた答えた。

最初の質問は「日本人は英語が話せますか?」だった。
バックパッカーをしていたことがあるので、これはあちこちで聞かれたのだけれど、本当に人による、としか言えない。
わたしの知っている範囲でも、同時通訳だって問題ない人から、英語で道を聞かれて逃げ出した人までいるからだ。
「基本的に日本語だけで用が足りる国なので、マレーシアの人ほど会話には慣れていないと思います」
「やっぱりそうですか。いやあ、今まで何人か日本の人に話しかけてみたんですが、会話が続かなくって」

マレーシアの国語はマレー語だ。
しかし、それは人口の過半数を占めるマレー系の人びとのことばで、華人やインド系、先住民族の日常語は違う。
イギリスの植民地だった背景から、一種の共通語として英語が使われているマレーシアとは事情が違うことを説明した。
「それでも、日本でも義務教育で英語は習うんですよ」
「ええっ、本当に?」
(そんなに驚かないでほしい…)「ゆっくり話しかけて、うまくいかなかったら文字に書いて見せてください。わかる人はきっといるはずです」

興味があるのはディズニーランド観光ではなくて

「東京に行ってみようと思うんです。どんなところが面白いでしょうか?」
わたしはこの類の質問がとても苦手だ。
相手の関心範囲がわからないと、勧めにくい。

以前、日本の映画が大好きだという中国からのふたり組に、お勧めの映画を聞かれたことがある。
よくよく聞いてみたら、ひとりはジブリ作品が好きで、もうひとりは黒澤明の「七人の侍」のファンだというから、案内に困った。

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「ガイドブックには、東京ディズニーランドなどがありますが…」
「ああ。えーと、僕は歴史とか建築物に興味があるんです」
「それなら、7世紀にできた仏教寺院がある浅草はどうですか?」
「7世紀! それは古い。すみません、メモを取ります。アサ…?」
「ASAKUSAです。周辺には商店街もあるし、散歩するのが楽しいですよ」

古都マラッカは別にして、マレーシアは若い国で、クアラルンプールが首都になったのも19世紀の話だ。
つまり、日本にある史跡や文化財なら、マレーシアの人にとってはかなり古いものなのは間違いない。

いろいろ話しているうちに水平飛行になったのだけれど、隣席のリムさんは、まだまだ聞きたいことがありそうだ。
右隣のお連れさんは音楽を聴いているようなので、席は代わらず、そのまま日本旅行の話を続けることにした。

やっぱり日本料理が食べてみたい

「外国人の旅行者に食べてほしいもの、ってありますか?」
「もし生魚がおいやでなければ、ぜひ本物のお寿司を食べてみてください」
「スシはマレーシアのものとは違いますか?」
「違いますね。サーモンやマグロだけではないんです。魚は季節や土地で変わるからです」
「魚が季節で変わる???」
「日本列島は南北に長いでしょう。北の北海道と南の沖縄では気候が違うので、住んでいる魚が違うんです。魚は海流で移動しますから、旬のものが季節で変わります。マレーシアは熱帯ですから、一年中暑いところですよね」
「なるほどー」

わたしも質問「旅先でマレーシア人が恋しくなる食べものは?」

「そうだ、食べ物についてはわたしも聞きたいことがあります。外国に出かけて、食べたくなるマレーシアの料理は何ですか?」
「うーん…いろいろあるなあ。ご存知の通り、マレーシアは多民族なのでいろいろな料理があります。僕は中国系なので、チャー・クイティオかな」

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「炒めた米麺ですね? これから行くタイにはナシ・ルマがありませんが、大丈夫ですか?」
「長い旅行だとナシ・ルマは食べたいでしょうねえ。そうだ、ロティ・チャナイもやっぱり食べたくなるでしょうね」
「ロティはわたしも大好き。パリパリしていて、本当に美味しいですよね」

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リムさんとあれこれ話しているうちに、飛行機は着陸態勢に入り、ドン・ムアン空港に着陸した。
結局、飛行中の2時間、ほぼ日本の旅行案内をしていたことになる。
マレーシアに来たら連絡してくださいね、と名刺をもらって別れた。
飛行機で隣に座った人と話したことは何度もあるが、連絡先を交換したのは数回だけだ。

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2019年に日本にやってきた外国人客は、3188万人。
このうちマレーシアからは約50万人が来ていて、国別では7番目に多い。
特に中国系マレーシア人は、食事のタブーがなく、歴史や文化に関心が高いので、日本は人気がある旅行先とは聞いていたけれど、これほどまでとは思わなかった。

現在、新型の感染症が流行していて、外国旅行はしにくくなっている。
でも、国境が開いてまた自由に往来できるようになったら、わたしもいろいろな国に行ってみたい。
関心がある人に日本に来てほしいし、互いの文化を知って仲良くなりたい。

世界はまたつながると、わたしは信じている。

* * * * * 

前回エッセイストの、武部洋子さんの記事はこちらです。

「ここではないどこか志向」をもつ者同士は、不思議と互いにそれとわかるし、響き合うもの。
忘れられないクラスメートのことを語る文章のベースに、武部さんの高校生活や、現在に至るインドネシアとのつながりがあります。
偶然ながら武部さんと同年代のわたしには、しみじみと重なる想いがあるエッセイでした。ぜひ読んでください。

次のバトンはイスラエルのがぅちゃんさんにお渡しします。
一巡目のリレー(お題は「はじめての」)で書かれた記事はこちら。
がぅちゃんさんは現在テルアビブにお住まいですが、ほかの国ぐにでも暮らした経験をおもちで、日本とイスラエル、その他と比べての観察にいつも教えられるエッセイストです。
なるほど、そうだったのか!―という具合に、読んでいると、まだ行ったことのないイスラエルを、案内してもらっているような気分になります。
どんな「忘れられない人」を語ってくださるか、楽しみです。

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