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個人的な食の原点。味噌汁愛を語る。

たべものラジオの最初のシリーズは味噌汁だった。味噌ではなくて味噌汁。ある意味トリッキーなスタート。順当に進めるならば、味噌や出汁についての話が先に来る方がわかりやすいかもしれない。にも関わらず、味噌汁が最初だったのには理由がある。理由というと大げさか。思い入れがあると言ったほうが良いかもしれない。

父は料理人で、母は父が営む店の女将。まだぼくが幼い頃は、町中でカウンター割烹の店をやっていて、営業のメインは夜だった。詳しいことは知らないけれど、当時の常連客や父のことを気にかけてくれるお客様のつてでランチの弁当も仕事に組み入れていた。そんな環境だったから、ぼくの幼少期の記憶に両親の姿は薄い。特に父の姿を思い浮かべるのは難しい。たまの休みに遊んだり、外に出かけたときの風景くらいのものだ。小学生になってから、今の店舗になって自宅と直結したからこそ、父の働く姿を頻繁に見るようになった。

そんな環境だったから、幼少期の食卓には祖父母と妹。朝は母がいたけれど、それよりも祖父母と過ごした時間のほうが多いと思う。ぼくにとって、和食というか、食事の定番というか、食べ物といえば味噌汁である。とりわけ祖母の味噌汁が原点だ。

祖母の味噌汁が特別に美味しかった。という印象はない。たぶん、商品価値としては現在のぼくが作る味噌汁のほうが高いだろう。けれども、ぼくにとって最高の味噌汁は父が作ったものでも母のものでもなく。祖母の味噌汁なのだ。祖母の味噌汁は、そのほとんどが煮干しの出汁。具は、シンプルな組み合わせで大根と油揚げとワカメだったり、じゃがいもだったり、蕪だったり、時には具だくさんだったりと様々。特別に料理上手というわけでもないけれど、世代なのだろうか、現代の家庭料理の感覚を思えば「丁寧な」料理だったかもしれない。

味噌汁っていうのは、例えばお隣の韓国や中国のそれとも違って面白い存在だと思う。好きとか嫌いとか、そういう概念を通り越えて「有る」ことが当たり前の時代が長い。メインのおかずになることもないし、何より具が主役という感覚が薄い。こってりしたヨーロッパのスープに比べると、ずっと水っぽい。たぶん、味噌という発酵調味料がすべてを支えているのだろう。

味噌汁という言葉を考えると、その包容力を感じることができる。なにしろ、味噌スープなのだ。味噌味の汁っぽいものはすべて味噌汁。鍋料理も麺料理も、味噌味の汁っぽいものはみんな味噌汁。そんなことはないと思うかもしれないけれど、試しに味噌仕立ての鍋をいつもの味噌汁のお椀に盛り付けてみて欲しい、それは立派な味噌汁だと感じられることだろう。おそろしいほどに味噌汁という存在の懐の深さを思わせる。

日本に限ってみても、味噌は多様性に富んでいる。ある程度生産体制を整える必要がある醤油に比べて、味噌はクラフトの要素が強いのだ。実際、手前味噌という言葉がある通り、どこの家でも味噌を作るのは当たり前のことだったのだ。味噌が工業的な生産体制を行うようになったのは近代以降の話なのだ。とても身近な存在。

ひとくちに味噌汁と言っても、地域によってその味は千差万別。出汁や具が違うというのもあるけれど、とにかく味噌がいろいろ。地域差もあるが、家庭差もある。それが楽しいし、面白いし愛おしいと感じている。そんなぼくにとって、「これこそ正解!」という商品コピーを見かけるたびに寂しい気持ちを抱かせる瞬間である。

友人のイッシーが「炊き込みご飯わくわく舎」というポッドキャストを始めたのだけれど、たべものラジオの名前の候補に「味噌汁」というキーワードが入っていたことに近い感覚を覚えるのはぼくだけだろうか。素朴だし、ドラマの華やかな主役を担うことはないかもしれない。パンとコーヒーという朝食スタイルの方も増えたかもしれない。それでも、味噌汁が消失したらほとんどの日本人は日本文化を失ったと思うんじゃないだろうか。

今日も読んでくれてありがとうございます。味噌汁の正解を提示するあまり、味噌汁が遠くなったような気がするんだよね。料亭のような出汁を取らなくちゃいけないとか、すっきりした味に仕上げなきゃいけないと思う人もいるらしいんだ。もっと自由で、もっと楽しのが味噌汁。簡単で短時間で仕上がるのに、美味しくて、しかも栄養豊富。味噌汁愛が伝わったかな。


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