香港の、秘密のbar

もうずっと昔の話。

香港に、人に会いに行ったときのこと。

お酒好きの私のために、ワインバーやクラブに連れて行ってくれた後のこと。「連れて行きたい場所がある」と言われ、金曜の中環(セントラル)の、まさに映画にありそうな、たくさんの人で賑わう街中を通り抜け、急ぎ足の人が行き交う雑多な階段を経て、坂を下る途中にあった、とある場所。

品格のある紳士がまさに持つべき傘が、整然と並ぶショーケース。

白のタイルの床に赤い絨毯のコントラストがスタイリッシュな洗練さを醸し出している。

「なんでここ?」と疑問を感じていて。でも、心は躍っていて。

絨毯の上を歩いて間もなく、急にその人は止まり、左を向いた。お店の方も立ち止まり、左を向いてショーケースに手をかける。


隠し扉。


そこが開かれると、急に賑やかな、夜の世界に変わった。

心がただただ高鳴る中、階段を降りると、女性のジャズシンガーと金曜を楽しむ人でいっぱいの空間が広がっていた。


なんて心やられる演出なの……


そこは、豪華客船をモチーフにした、

香港の“熱” 香港の“艶” 香港の“夜” で満ちたbarだった。


香港に恋した瞬間。


後は、その空間に身を任せるだけの時間。

この、foxgloveというbarでの時間。まさに非日常と言うにふさわしいあの想い出。たまに思い出しては、手に入らないものに向かって手を伸ばしているような気持ちにもなってしまうけど、でも、良い距離感で、その想い出は、そこにある。

忘れられない人のいない人生なんて、つまらない。でもそこにしがみついてはいけない。そう思うのです。




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