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第12話 『進撃のトルテッリーニ』


① イタリアの謎物体

イタリアの一般家庭や学校などには日本ではあまり見かけない謎の金属器具ほぼデフォルトで設置してあります。後付けの器具がそこに置いてあるというよりは、建物を建造する時点で構造の一部を壁に埋め込むような形で完全に固定設置されているのです。

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実はコレ、本体が熱くなることでストーブ的な役割を果たす暖房器具なんですが、ファンヒーターやエアコンのように温風が出るわけではないので気分が悪くなることもないですし、石油ストーブや電気ヒーターのように触るとヤケドを負ってしまうほど高温でもありません

そもそも何かを燃焼させているわけではないので変な臭いがしたり空気が汚れたりもしないので、たまに換気をしなくちゃいけないといった煩わしさもありません。

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むしろ、濡れた洗濯物を直に引っ掛けて乾かすなんてことをしても火災になったりする心配はないようで、小さな子供やペットが直接触れたりしてもかなり安全ぽいです(※ガブリエッラがタオルや雑巾をかけて干しているのを見かけただけで厳密に安全の保証はできませんので扱う人はちゃんと商品の取り扱い基準に従ってくださいね)。なんなら、猫のキッコにとってはもはやあったかベッド扱いです。ちょっとゴツゴツしてて痛そうですが…。

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逆にその程度の温度ではちっとも部屋が暖かくならないのでは…?と思われるかもしれませんがその心配は無用です。

たしかにエアコンなどに比べると暖かくなるまでに少し時間はかかるものの小1時間もすれば本体周辺だけでなく、部屋の空間全体が穏やかな春の木漏れ日の中にいるような過ごしやすい温度になるので、たとえ真冬でも室内ではTシャツ1枚で充分です。『暖かい』というよりは『寒くない』といった自然な心地よさを体感できます。

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内部でファンが回ったり機械が動いているわけではないので本体は無音。勉強や睡眠中でも動作音は全く気になりません

さらに日本のエアコンみたいに肌や喉が乾燥することもなく、フィルターなどもないため、清掃やメンテンナスも基本的には一切不要らしいです。

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そんないいことづくめの暖房器具がイタリアでは各部屋はもちろんのことキッチンやトイレ、バスルーム、廊下に至るまでありとあらゆる場所に埋め込みで設置されているので家でも学校でも屋内は至極快適なのです。

本体の見た目はやや古風ですが、ちゃんとリモート式のセントラルパネルで設置場所ごとにタイマー管理ができるようになっていたりもするんですよ。イタリアでは寒くなってきたら暖かい季節になるまで24時間ずっとつけっぱなしという家庭も多いみたいですけど。

暖かくなる原理としてはパイプの中を温水が循環する構造になっているようです。

こんなにメリットの多い優秀な暖房機器がどうして日本では普及しないのかなぁ…とよくよく考えてみたら、日本の温水床暖房システムとほぼ同じ仕組みなんですよね。

つまりイタリアでは床暖房の温水循環パイプが床下ではなく、家のあちこちの壁に剥き出しで取り付けてあるといった状態です。そう考えると日本の方が床下で邪魔にならない上、広範囲が短時間で温まるのでより優秀といえるのかもしれません。

ただ日本で床暖房が設置されているのは通常、分譲マンション一戸建てメインリビングくらいのもので洗面所や玄関、個人部屋や小さなワンルームマンションやアパートなどには滅多に設置されていません。

そんな時は日本でも、水ではなくオイル循環式になっている単体商品(※原理は同じ)が『オイルヒーター』という名称で出回っていますので興味のある方はどうぞ。

昔からイタリアのデロンギ社のオイルヒーターは有名でしたが高価なのが難点でした。でも最近では意外と手軽な価格お洒落なデザインのものも販売されてますのでご参考までに。(※ちなみに以下は現在の我が家で子供部屋と寝室の2台持ちで愛用している商品です)。

※なお、この商品は6~8畳くらいまでの個室向きタイプです。広いリビングや玄関などでは暖房効果が充分に発揮できないかもしれませんのでお気をつけください。

あれ?

いつの間にかオイルヒーターの営業マン状態になってますね…すみません!

イタリアでこの暖房機器の存在を知った時、すごく感心したのでついつい熱くなってしまいました。ヒーターの話だけにね!!

 ヒョォォォォォ…(恐ろしいほど寒い)。

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イタリアの謎物体といえばボローニャの街を歩いていると、あちこちでグリーンやライトブルーに塗装された巨大な釣り鐘みたいな物体と遭遇するのですが、コレなんだか分かりますか?

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僕が初めてコレを見たときは、たまたま工事現場の近くだったこともあり、きっと工事用の機具や資材などを盗まれないように保管しておくための収納ボックス(カバー)みたいなものだろう…くらいに思っていたのですが以降、いたるところであまりに頻繁に見かけるので疑問が生じていました。

そこで再度じっくりと考えてみて、おそらく内部に火災対応のための消火栓やホースなどが格納されてるんだろうな…という結論に達しました。

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イタリアには(日本もですが…)消防車が入れないような狭い路地がたくさんある上、古くから守り続けている歴史的な建造物を火災で失うわけにはいかないため、きっと多くの消火栓が街中に配備されているのだろうといった推測です。

マクドナルドの看板色まで認めないほど古都のイメージを大切にするボローニャにおいて、これほど派手な配色で街中に設置されているということは公的かつ重要な設備であることは明白ですし、ライトブルーも直感的に水を連想させる配色なので、なかなか理屈も通っている鋭い推察なのではないでしょうか。

ところがそんなある日のこと。
僕は衝撃の真実を目の当たりにすることとなったのです!

ヨタヨタした一人のおじいさんが例の物体の前で立ち止り、手に持っていた紙袋からおもむろにワインの空瓶を何本も取り出している現場に遭遇しました。

何を始める気だろう…?と眺めていると突然おじいさんが発狂したように凄まじい勢いで謎物体の内部へと空瓶を投げ込み始めたのです!

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静かな周辺一帯にガシャーン!パシャーン!というガラスの砕け散る大きな音が響き渡ります。

ここに女性の悲鳴でも聴こえてこようものなら、まさにバイオレンスの世界です。

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そうなんです。一部の方は既にお気づきかもしれませんが、これらは実は資源ごみの回収用ボックスだったのです。

ちなみにグリーンがガラスごみ回収用ライトブルーが紙ごみ回収用とのこと。実はこの他に灰色の角型ボックスもあるのですが、そちらは普通ごみ回収用となっています。

回収時は日本とは形状の違う収集車がやってきて、車両後方のクレーンで回収ボックスごと持ち上げて中身をひっくり返すようにするため、粉々になったガラス片などが入っていても作業員がケガをする心配はないようです。

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日本ではたまに普通ごみの中に割れたガラスや缶詰の蓋など鋭利な破片が混じって捨てられていて、作業員の方はごみ袋を手づかみで回収車へ放り込んでいくため、たまに大ケガをされてしまうことがあるそうです。

リサイクル的な観点も大切ですが日々のごみを回収してくださっている作業員の方にとってもガラス片や金属片は大変危険ですので、みなさんちゃんと分別しましょうね。


② モルト・デンジャラスやで!

ケガ話つながりというわけではないですが、すっかりおなじみの『スペルメルカート PAM』へ買い出しにでかけたときの事件について少し。

その日は美味しいトマトソースパスタを作るため、PAMで食材を物色していました。

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玉ねぎは1kg当たり1.99エウロ。日本円に換算すると当時のレートで280円くらいです。以前の別記事でも紹介しましたがイタリアでは常にキロ当たりの販売価格表示になりますので1コだと約70円ですね。

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日本よりも小ぶりで細身の人参は1kgで150円くらいです。

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ちなみに生鮮コーナーのトマト青っぽくて固そうなものばかりです。

それもそのはず、イタリアでは日本のように赤く完熟したトマトは全てトマトソース用の水煮缶や瓶詰めのトマトピューレなどに加工され、サラダ用としては一般的に青い状態のものが使われているからです。

この青いトマトでは美味しいトマトソースは作れなさそうなので瓶詰めのトマトピューレを買うことにしました。

さすがはトマトの国イタリア。単なるトマトピューレの瓶詰めといえども何種類もの商品があります。もちろん最も美味しそうなものをチョイスしたいところなのですが僕らは超極貧生活なので最も安いものを探すだけです。

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最安商品を見つけて手に取ったところ、瓶の裏側に何やらゴミのような異物が付いているのを感じたので特に目視では確認せず、そのゴミを取り除こうと指先に力を入れた瞬間、イヤな感覚の鈍い衝撃が走りました。

慌てて手を離し、右手の人差し指を見ると指先が1㎝ほどパックリ割れており、傷口から結構な量の鮮血が溢れ出てきていました(こういったケガの描写が苦手な方…ごめんなさい)。

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原因の異物は砕けたガラスの破片が固まって瓶にこびり付いていたものでした。おそらくは製造か輸送の過程で割れた瓶があって、そのガラス片が付着していたのでしょう。

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僕は自他共に認める高潔な紳士ではありますが生憎その時はハンカチやティッシュを持ち合わせていなかった(…てか、そんなもん小学校の遠足以外で持ち歩いたことがない!)ので服の袖を使って緊急止血

料理人という職業柄、切り傷やヤケドには慣れっこなので特にあたふた慌てることもなく、淡々と傷口に応急処置を施します。

以前、鋭利な業務用スライサーキュウリと一緒に親指を5mmくらいスライスした時に比べたら、これくらいどうってことありません。その時も落ちた自分の指先を拾って、チャリで病院まで持参して『これって、またくっつかへんかなー?』とか医者に尋ねてたくらい、僕は意外とたくましいのです。あ、こういうケガの描写が苦手な方、すいません(←絶対わざとやっている)。

幸い今回は傷の深さはそれほどでもなかったものの、他の人がその商品を触ると危険なので近くの店員を呼んで商品とケガを交互に見せ『これ、モルト・デンジャラスやで!めっちゃ危ないよ)』とイタリア語と英語と大阪弁が混在した怪しすぎる言語危険性を訴えました。

店員は小さな声で『オー!』と言うとケガをした僕には見向きもせず商品を持って、そそくさとバックヤードへ消えていきました。

押さえていた服の袖が紅に染まるほどの流血だったので、さすがに責任者でも連れて戻ってくるのかと思いきや、5分ほど待っても一向に誰も出てくる気配がないので諦めて帰ることにしました。

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紅に染まったこの俺を慰める奴はもういない…(by X Japan)

この件について店側に大きな過失があるのかどうかは微妙なところですし、謝罪とか釈明とかされてもどうせ言葉が分からないし、そんなの全く求めていないのですが、せめて絆創膏くらい出して『ケガは大丈夫ですか?』的な言葉をかけて欲しかったなぁ…なんて。

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少しでも心配するようなニュアンスの言葉をかけてもらえたら、つい最近習ったイタリア語『ニエンテ!何ともないですよ!)』を即座に笑顔で返す準備はできていたのですが実践としては使えず…残念無念でした。

ちなみに目的のトマトパスタはちゃんと美味しくできましたよ。

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③ 進撃のトルテッリーニ

日曜日

朝からガブリエッラがキッチンで何やらせっせと手作業をしていたので覗きに行ってみると、なんと小さな詰め物パスタを作っていました。

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おおおおお!?

これは、いつぞやのレストランでも食べたトルテッリーニというボローニャの有名な郷土パスタではないですか。

日本のおばあちゃんが朝から手際よく生パスタなんて打ってたら『すげーな!このスーパーおばあちゃん!』と衝撃的な展開になりますが、さすがイタリア人のおばあちゃんだと違和感なく絵になります

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この不思議な形状をどうやって作っているのかずっと気になっていたので『わぁ、すごい!見ててもいい?』と尋ねてみると、ガブリエッラは作る手順を細かく教えてくれました

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まず、平たく伸ばしたパスタ生地をカッターで正方形に切り抜き、中央に具材(生ハム、豚肉、パルメザンチーズ、ナツメグなどを練り合わせたもの)をのせたら、対角線上に包むように折り曲げて三角形を作ります(この時点では三角形の餃子みたいな感じ)。

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そして底の膨らんだ部分に軽く指先をあてがいながら、指輪を巻くような要領でクルッとひっくり返しつつ、生地の両端同士を重ねてつなぎ合わせればトルテッリーニの完成です。

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こんな文章と静止画像で説明されても絶対に分かりませんよね。今の解説で正しく理解できた人は逆にすごいです。尊敬に値します

トルテッリーニを教わりながら僕は絶好のチャンスだと思い、今度は電子辞書片手に『もし時間があれば他の料理も教えてくれない?』と伝えてみました。すると彼女は『年末年始は忙しいから年が明けたら教えてあげるわ!』と約束してくれました。

イタリアのマンマから直に料理を教われる
なんて、これは嬉しい!

やほーい!

ちなみにこのトルテッリーニクリスマス(イタリアではナターレという)から年末年始にかけてガブリエッラの娘や孫が遊びに来るので、その時の夕食用として準備しているとのことで、まさに娘や孫のために手作りしている『おばあちゃんの愛情が詰まったパスタ』というわけです。

これらのパスタは作った後、袋詰めにして冷凍保存しておくみたいなのですが彼女は自分専用の冷凍庫がもう満杯らしく、同居人と僕らの冷凍室までも徐々に侵略し始めました。どうやら毎年、年末年始に集まる親戚たちにも手作りパスタを配ってあげているようです。

トルテッリーニは下の画像のように小粒のパスタ一人前でもかなりの量を使いますので100個や200個くらいでは到底足りません

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日を追うごとに次から次へとトルテッリーニの詰まった袋が増えていき、こんなに作ってどないすんねん!と思わず突っ込みたくなるものの、ここはあくまでガブリエッラの自宅なので居候の身(?)である僕らとしては多少の不自由には目をつむるしかありません(結構、高額な家賃は払ってますけどね)。

先日も冷凍食品買い貯めしておこうと自分用に割りあてられている冷凍室のエリアを整頓してスペースを確保しておいたのですが、スーパーで買い物して帰ってくると、なんとそこにもムギュッとトルテッリーニの袋が詰め込まれていました

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オーマイガー!(※ちなみにイタリア人はこういう時、マンマ・ミーア!オ・ディオ!と言います)

やむなく僕らの冷凍食品が冷蔵室で待機しているという惨状など知る由もなく、次の日もまた次の日もひたすら狂ったようにトルテッリーニの量産を続けるガブリエッラ

ここまで来ると、もはや脅威でしかありません。

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進撃のトルテッリーニです。夢の中でも巨大なガブリエッラが雄叫びをあげながら両手で大量のトルテッリーニを投げつけてくる勢いです。

そして2日後

ついに僕らは完全に溶けてしまった全ての冷凍食品強制的に消費しなければならない事態へと陥ってしまいました。

食卓にズラリと並ぶ冷凍食品の盛り合わせ

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本来なら数日に分けて少しづつ食べるはずだった貴重な食料ですが、どうせ廃棄するしかないなら無理してでも食べ切ったほうがマシというものです。

食事中、ダイニングを通りががったガブリエッラ満面の笑みで一言

あら? 今日はごちそうなのね! ブォナペティート♪


…僕の心の中に一瞬、殺意が芽生えたことは言うまでもありません。

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《つづく》

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