自分の執着を手放すことについて
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何が理由かはわからないのだけれど、なんというか自分の執着心みたいなものが最近になって小さく、弱くなっているようになんとなく感じた。
特にこれといったきっかけがあったわけでもないし、自分でもなんでかよくわからないのが正直なところである。
自分のまわりのこと、あるいは自分のことですら、いい意味で「どうでもいい」というか、「まあ、いいか」「うーん、あってもなくてもいいか」みたいな気持ちを感じるようになった。なんとも不思議である。
僕はどちらかというと、執着心は強い方だと思っていたので、そういう何かに対する執着は手放してみたいという気持ちはあった。
そういえば、最近ふと手放してみたい執着を書いてみようと思いついて、いろいろと書き出してみたことがあった。
そこにはお金だったり、モノだったり、認められたいという気持ちだったりと、まあたくさんたくさん思いついたので書けるだけ書いた。
そして書き出したらなんだかスッキリしたし、「ああ、自分はこういう執着を手放してみたいのだなあ」と改めて客観的に見れたというか、自分がどういう執着を持っているのかを確認できた。
それがきっかけなのかはわからないけれど、自分がこれまでぎゅっとつかんでいたもの、執着をパッと離してみよう、離してみたらどうなるだろうという気持ちになった。
それこそ、お金とかモノそのものだったり、あるいはそれらを所有することいった物質的なことから、家族とか人間関係とか誰かと比べることとか、人から好かれたいとか自分そのものとか精神的なことまで、これまで自分が執着を持っていたことを手放してみたくなった。
そもそもお金にもモノにも、若い頃より興味がなくなってきたし、何かを所有することで幸せを感じたこともほとんどなかったし、所有したら所有したで今度はそれを手放すことが怖くなったりもした。
あと人から好かれたい、嫌われたくないと思ってまわりを気にしてまわりに合わせてずっと生きてきたし、そういう人間関係で精神的に参っていたこともあった。
けれど、全ての人に好かれることはできないし、どうしたって嫌われることもあるだろうということに気づいてからは、人にどう思われるかということもあまり気にならなくなった。
さらに自分そのものにもこだわらなくなったというか、何か成し遂げるとか、有名になるとか、友達がたくさんいるとか、家族にどう思われているかとか世間にどう思われているだとか、そういうことも言い方は良くないけれど「どうでもいい」と思うようになった。
今の自分としては、1日を心穏やかに生きることができればそれでもう大成功というか大満足であり、プラス自分の時間を誰かのために使って自分のできることをやって、ちょっとでも役立てればそれで十分である。
だから前にも増して僕の人生において、金銭欲とか物欲とか承認欲求とか生きる意味とか美味しいものをたくさん食べるとか自分らしさみたいなものに対する執着が、完全にゼロになることはないかもしれないけれど、小さく弱くなっている。
そうすると不思議となんでもできるような、自由で解放的な気持ちになる。
執着をちょっとでも手放すと、こんなに身軽に自由になるのかということに気づいてしまうと、何かをぎゅっとつかんで自分だけのものにするみたいなことが、なんだか馬鹿馬鹿しく感じてしまう。
もちろん生き方は人それぞれだし、執着がないから良い、あるからダメということでもないと思う。
というか何事にも白黒つけることにも興味がなくなった。決めつけたくないし、決めつけられたくない。
なんでかはわからないけれど、自分が目指している「心穏やかに暮らすこと」には1歩くらい近づいたように感じるし、今はなんだかスッキリしてとても心地よい気持ちでいる。
これからはもっと身軽に自由に生きていける、なんとなくではあるけれど、そう思う。
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