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ポーカーで世界を旅した2年間〜第四話:どこに行くのか〜

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 9月のある日、僕は仕事を早めに切り上げ本屋へ向かった。本屋は面白い場所だと思う。目当ての本を購入するだけならAmazonで事足りる。しかし本屋で本を眺めていると、面白い一冊と偶然の出会うことがある。セレンディピティと言ったか。そんな瞬間が僕は好きだ。
 その日も、何の気なしに本屋に入った。木製の、焦げ茶色を基調としたおしゃれな内観で、入口を入ってすぐのところにイチオシの本が平積みされている。その周囲に人が集まっていたので、横から覗き込んでみた。
 
 「人生このままでいいのか?」、「30代を無駄に生きるな」、「嫌われる勇気」、「ストレスフリー超大全」、「ブレイン・メンタル強化大全」、「1分で話せ」
 
 ラインナップを見て頭がクラクラした。如何に生きるべきか、メンタルヘルス、健康、仕事術系の本ばかりだ。何をしたら良いのかわからない、将来が不安だ、体調が悪い、今いる環境がしんどい。ここに集まっている人たちは皆、そういった思いを抱えているのだろうか。 
 学校、会社、教育、資本主義etc.社会システムを構築するにあたって、人類は物質的・精神的豊かさを求めていたはずだ。それがどうだろう、多くの人が悩みを抱えながら、現存するシステムにくらいつくべく必死になっている。自立した社会システムが、成立当初の目的から離れて回り続け、その中で暮らす人々に適合を強いているのではないだろうか。企業で働く戦士として心身ともにパワフルであること、生産性高くあること、目的意識を持って生きること。それらを指南するこれらの書籍は、現実に生きる人々と社会システムの齟齬を、そしてなお適合を促そうとする社会システムの圧力を象徴しているように見えた。


「考えすぎか」
そう思いながらその場を立ち去ろうとすると、早足で歩く中学生とぶつかった。彼は「すみません!」と言い残しその場を去った。
 ふと、中学生のころに電車通学をしていた時のことを思い出した。毎日、通勤中のサラリーマンを見ていた。その顔には疲労感、悲壮感が漂っていた。電車が揺れ、僕がもたれかかってしまった時には舌打ちをされたこともあるし、どつかれたこともある。少し電車が遅延しただけなのに駅員と喧嘩している人もいた。大人になってこんな風に苦しむくらいなら子供のまま死んだほうが良いよなと感じたのを覚えている。今の僕はその一歩手前まで来ているのかもしれない。

 本屋を出た僕はポーカーのトーナメントに参加するため秋葉原へと向かった。トーナメントは19時開始で友人と一緒に参加することになっていた。

 ポーカーといっても、多くの方が想像するであろうする「配られた5枚のカードから好きなカードを交換して手役を作っていく」、ドローポーカーとは異なる。名を「ノーリミットテキサスホールデムポーカー(No Limit Texas Hold'em Poker)」と言う。ワンペア、ストレート、フラッシュ等作る役自体はドローポーカーと同じだが、役を作る際に参加者全員が共通で使用することのできる「コミュニティカード」が用意されているのが大きな特徴となっている。ディーラーから各プレイヤーに2枚のカードが手札として配られる。プレイヤーはいくら賭けるかを決める。その後、3枚のコミュニティカードがオープンされ更にいくら賭けるかを決める。コミュニティカードはゲームの進行とともに増えていき、最終的には5枚オープンされ、自分の手札2枚とコミュニティカードを組み合わせて、より強い手役を作った人が勝利、それまで賭けられていたチップを総取りする。以上が基本的なルールだ。このコミュニティカードの存在によって、ドローポーカーに比べて、より複雑な戦略性や読み合いが生まれ、現在、世界で最も人気の高いポーカーの1つとなっている。


 これがとにかく面白い。期待値・確率といった数学的な側面からゲームを捉えつつ、相手を観察しそのアクションパターンや心理状況も考える。各考慮要素を統合し論理的に考え正しい決断を下す。何より恐ろしいのがその奥深さだ。一定の法則性があるとは言え、相手のアクションパターンや心理状況は究極的には無限にあると言ってよい。また、数学的な側面にしても最終的にゲーム理論をベースに考えるレベルにまで昇華される。「ポーカーを覚えるのは一瞬、極めるのは一生」とはよく言ったもので、麻雀や将棋に比べればシンプルなルールだが、その実奥は深い。考え事をするのが好きな僕は、このゲームと出会いあっという間にその虜となった。就職する直前の数ヶ月は友人とともにポーカー漬けの毎日を送ったほどである。そんな大好きなポーカーであるが、ここのところ全くプレーしていなかった。

 半年ぶりにポーカーをすることになる。心なしか足早に歩を進めていた。

第五話:純粋な理性の世界へはこちら

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