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マリオカートが広める拡張現実

1992年に誕生したマリオカートはいよいよ画面を飛び出して、部屋の中を走り回るようになりました。『マリオカート ライブ ホームサーキット』の登場です。各家庭に持ち込まれた拡張現実(AR)技術は、これをきっかけに急速に普及するように思うのです。

 任天堂が発表した2021年3月期の第2四半期決算によれば、ニンテンドースイッチ(Nintendo Switch)の累計出荷台数は6,830万台。1983年に発売された初代ファミリーコンピュータ(ファミコン)の出荷台数、6,291万台をわずか3年半で超えてみせた。この要因はコロナ禍における巣ごもり需要に限らず、テレビゲームの枠を超えることで、たびたび驚かせてくれるアイデアと拡張性にあるだろう。「さまざまなプレイシーンにあわせてカタチを変えるゲーム機」を謳うとおり、『リングフィット アドベンチャー』ではトレーニンググッズに、『NINTENDO LABO VR KIT』ではVRゴーグルにと、常に期待を上回る変化を見せてくれた。

 その立ち位置はリアルとバーチャルの橋渡し役だ。これまで、テレビゲームと言えばディスプレイの向こう側の世界だった。こちら側で現実に起きることはコントローラの操作でしかなくて、ゲームに没頭することは現実逃避と見られることもしばしば。この4月には、香川県でゲーム規制条例(令和2年香川県条例第24号)が施行されている。ところがSwitchは可搬性のある本体と、そこからさらに取り外せるコントローラを活用することで、ゲームの世界を現実に広げることに成功している。その一例が先に挙げた『リングフィット アドベンチャー』であって、リアルな自分自身を主体とするアプローチが新しいユーザー層に届いたに違いない。

 この方向性自体は古くからあって、1986年にはファミコン用のマット形コントローラ『ファミリートレーナー』が登場しているし、1999年には当時アーケードゲームとして大ヒットした『Dance Dance Revolution(DDR)』がPlayStationに移植されている。ところがいずれも汎用性が低く、単純な動作のインプットに特化していたためか、一過性のブームに止まっている。一方のSwitchはコントローラに実装された複数のセンサーと高い拡張性によって、次々と新しい遊び方を提供しつづけている。最近になって、任天堂が出展を始めた子ども向けの仕事体験テーマパーク「キッザニア東京」のアクティビティでも、ゲームクリエイターと称して、コントローラの開発に焦点が当てられている。

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 そして2020年10月、Switchはまた新しいアイデアを披露してくれた。『マリオカート ライブ ホームサーキット』の発売である。この新作は、今さら説明不要な人気シリーズ「マリオカート」の一作品として、いわゆるレーシング・アクションに分類されるものだけれど、パッケージにはおもちゃのレーシングカートが同梱されている。プレイヤーは画面の向こう側のカートを通じて、現実世界のこのラジコンカーを操作するのだ。部屋の中に並べた4つのゲートをもとにコースが生成され、この中でレースが繰り広げられる。ただし、実際の操作はディスプレイを見ながら行う。カートに搭載されたカメラの映像が、ドライバーであるマリオやルイージの視点として、Switchのゲーム画面に投影されるのだ。

 画面上には部屋の風景と合わせて、ライバルのカートや障害物が表示される。いわゆるAR(拡張現実)と呼ばれる技術である。自分の部屋がバーチャル空間に融合され、この中を駆け巡る体験は大人にとっても新鮮なものだ。コースは発想力次第で、いくらでも楽しむことができる。しかし、そうなると、部屋の明るさや壁紙の模様など、どんな環境で遊ばれるかは分からない。特に子どもたちの発想は想定を大きく超えてくる。製品には、様々な環境下で確実に動作する安定性が求められるのだ。ARの知名度を上げたのは、スマートフォンアプリとして一世を風靡した『Pokémon GO』だけれど、それとは比較にならないほどの複雑な処理が実装されている。

 リアルとバーチャルを繋ごうとすると、その位置合わせがポイントとなる。マリオカートが今どこを走っているのか、カメラに映ったゲートの画像などから適宜判断する必要がある。だから事前に把握している環境において、そこに合わせた実装を行う方が難易度は低い。技術は、例えばライブイベントなど、会場が固定的なシチュエーションでの利用から発展してきた経緯がある。一方でそれは失敗の許されない一発勝負の世界でもあって、これを得意とするRhizomatiksのような企業もある。同社はカメラの映像からリアルタイムに、踊る人物の位置や動きを捉えることにも成功している。

 量販店で販売される大量生産型と、イベント用に作られる個別生産型はどちらからが優れているわけではなくて、それぞれに役割を持つ。しかしテクノロジーをより身近にし、普及を促すのは大量生産型だろう。そういった意味で『マリオカート ライブ ホームサーキット』は、今後の大きな可能性を提示するものなのだ。

つながりと隔たりをテーマとした拙著『さよならセキュリティ』では、「4章 現実と仮想 ーインターネットを漂う個人」において、仮想世界について触れております。是非、お手にとっていただけますと幸いです。

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