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ユニクロが自ら雑誌をつくる先に

ユニクロ『LifeWear magazin』の創刊2号が発刊されました。表紙にジュリアン・オピー(Julian Opie)を起用して、巻末ではMONOCLE誌とのコラボレーションを見せるなど、その力の入れ様は相当なものです。彼らはなぜ自ら雑誌をつくるのでしょうか。この理由を内製と外注という視点から考えてみると、これまでとは違った景色が見えてくるのです。

外から内へ

 ユニクロがストーリーを語り出したのは、いつの頃からだろうか。2006年に佐藤可士和氏がロゴをデザインして、店舗をデザインして、ブランドをデザインして。2014年からは世界的なクリエイターであるジョン・ジェイ(John C Jay)がグローバル・クリエイティブ統括として加わっている。そして2018年に雑誌ポパイの元編集長、木下孝浩氏を迎えての結果のひとつが『LifeWear magazine』誌である。それはクリエイティブの内製化プロセスとも読み取れる。

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 デザインやブランディング、広告といった領域はこれまで外部企業に委託することも多かった。けれども、それを自前でやろうとするのがユニクロ、もといファーストリテイリングの最近である。内製か、外注かの判断は、主にその活動をどれだけ事業のコアに近いと捉えるかで決まってくる。つまりファーストリテイリングは、服を「作る」、「売る」という従来からのコア事業を「語る」ところまで拡げたと言えるだろう。

 この「語る」という手法はマーケティングのアプローチが「注意」から「共感」へと変わる中で、今や定石となりつつある。品質よりもストーリーで売る戦略は、D2C(Direct to Customer)と呼ばれるスタートアップブランドが得意とするはずだったけれど、日本においてはユニクロやMUJIが先行していたのだ。というよりも、むしろ彼らが海外においてD2Cブランドを触発したのではないかとすら思える。Takramのビジネスデザイナー、佐々木康裕氏が著書『D2C』に記したとおり、日本はリーズナブルな価格で、品位すら感じさせるデザインのものが流通する特異なマーケットなのだ。

 一方、内製化の議論は、過去よりITの領域で盛んに交わされてきた。ITシステムが当たり前になって、事業のコアへと近づけば近づくほど、それをシステムベンダーに外注するのは煩わしく、どうにか自分たちで動かそうとする。自社内にノウハウを貯めることは競争優位を保つためにも大切な要素のひとつだ。そして経験を積むことによって、それを他社に外販することだってできる。D2Cブランド躍進の立役者と言われているAWS(Amazon Web Services)も、Amazon ECサイトのインフラ技術から派生しているのだ。

内から外へ

 そうなるとファーストリテイリングは今後、クリエイティブの外販へと向かうのだろうか。LifeWearはいわゆるPR誌だけれど、言われなければ、そうとは気が付かないかも知れない。それは記事の中心に人の生活があって、プロダクトはそこに溶け込んで見えるから。もし誌面に他社の商品が紹介されていても違和感はない。だとすると、その空間を売ることで、互いに相乗効果を狙うこともできる。もちろん雑誌に限らず、店舗にだって同じことが言えるだろう。魅せ方にはクリエイティビティが問われるのだ。

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 そこに集う企業はファーストリテイリングとは競合しないように、ひとつのカテゴリーに強いこだわりを込めるブランドになるはずだ。そう、まさにD2Cのような。その代表格であるAllbirds(オールバーズ)は靴、Warby Parker(ワービー・パーカー)はメガネに特化している。数少ない日本生まれのブランドでいえば、例えば男性用下着のbaraille & garments(バライル・アンド・ガーメンツ)というのもある。中心にあるファーストリテイリングはプラットフォームになり得るのだ。ユニクロの、何にでも合わせやすいというベーシックなデザインがこれを手伝う。

 もちろん裏側ではデータがやり取りされる。ビービットの藤井保文氏が著書『アフターデジタル』に書かれたように、オンラインとオフラインが融合する時代においては、いかに様々なデータを集めるかがポイントになる。今までのように自社製品の購買情報だけでは先に進まない。複数のブランドが組むことで、より多くのデータが共有されるのだ。実際、D2CブランドがこぞってShopify(ショッピファイ)というEC基盤を使うのにはそういう理由もある。

 デジタルの時代には思わぬところに競合が現れると言われてきた。例えば国内ITベンダーからすると書店だったはずのAmazonが、いつの間にかライバルになって、あっという間に自社の事業領域を食い荒らされてしまった。お得意様である日本政府ですら、2020年10月に運用が開始される「政府共通プラットフォーム」にAWSを採用する方針を掲げる始末だ。同じことがデザインや広告の世界でも起こる可能性は否定できない。ファーストリテイリングは、それを実現する下地を整えつつあるのだ。

つながりと隔たりをテーマとした拙著『さよならセキュリティ』では、「11章 はやさと深さ ー経済的発展からの脱却」において、多様な価値のあらわれとしてD2Cブランドに触れております。是非、お手にとっていただけますと幸いです。

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