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DDD Hotelに見るコレクティブという在り方

インバウンド需要に頼る観光業界は厳しい局面にあるわけですが、そんなホテルのひとつ「DDD Hotel」は、今の東京らしいクリエイティブな空間です。これを作り上げたコレクティブという発想が、問屋街・馬喰町に生まれたのは偶然なのでしょうか。ボトムアップでの有機的なチーム組成。業界問わず盛り上がるこの潮流は、次の社会の在り方を示しているようにも思うのです。

 2019年11月に馬喰町にオープンした「DDD Hotel」は、コレクティブを謳う。これまで37年間にわたって東京への出張者を支えてきたビジネスホテルが、ターゲット顧客を感度の高いインバウンドに寄せる形でリノベーションされたのだ。スカイツリーを臨む立地は、上野にも、浅草にも、秋葉原にも出掛けやすい。それを活かしてのコンセプト設定は、リーズナブルだけれど上質であり、今の東京らしさが表れているように感じる。この実装に向けての方法論、チームの在り方がコレクティブなのだという。

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 コレクティブ(collective)とは一般に、集団や共同体を意味する。特にアートの世界では「アート・コレクティブ」として、ここ数年、耳にする機会が増えている。雑誌『美術手帖』は2018年4月・5月合併号でこのアート・コレクティブを特集したけれど、当時の編集長・岩渕貞哉氏曰く、その定義はまだ曖昧なようだ。同誌には、1940年代から現在までのコレクティブが幅広く並ぶ。共通して言えるのは、同じ思想を持ちつつも個々が自由に表現する有機的なチームであることだ。一般的な組織との違いは、各メンバーの役割が明確に区別されていないこと。その曖昧さは、ボトムアップで組織を作る東洋的な着想なのかも知れない。

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 DDD Hotelはオーナーである丸太屋株式会社を中心に、空間デザインを二俣公一氏(casereal)、ユニフォームを青木明子氏(AKIKOAOKI)、ルームウェアを長見佳祐氏(HATRA)と、名だたるクリエーターたちのコラボレーションによって作り上げられている。そして併設するカフェ・バー「abno」はピーター・ブル氏 (P.N.B. Coffee)ら、レストラン「nôl」は厚東創氏(HAJIME KOTO)らのプロデュースによって、またアートギャラリー「PARCEL」は佐藤拓氏と、先の美術手帖にも取り上げられている高須咲氏(SIDE CORE)のディレクションによって運営されている。

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 この背景には、ビジネスホテルやカジュアルホテルが宿泊のための場所から、その役割を広げる時代に直面している状況がある。仕事をするにしろ、会議をするにしろ、食事をするにしろ、遊ぶにしろ、利用者はクリエイティビティを刺激される空間を求めているのだ。そのための答えは一つではなくて、だからこそ作り手にも多様性が求められる。トップクリエーターたちがコレクティブの中で、互いに刺激し合って生まれる価値は、従来のものづくりを大きく超える可能性を秘めている。

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 DDD Hotelの立つ馬喰町は古くからの衣料品問屋街であり、オーナーである丸田屋もいわゆる現金問屋に始まっている。日本に特有なこの業態は、作り手と売り手をつなげることを生業としてきた。情報を価値とすることで人と人とを結び、日本の盤石なサプライチェーンを支えてきたのだ。この手法を熟知したオーナーだからこそ、ホテルの企画にあたってもコレクティブという発想が生まれたのかも知れない。

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 そして、コレクティブにはもう一つの特徴が見られる。それは複数のコレクティブ同士が緩やかに繋がるということ。これによって各メンバーの視点は、自分のコレクティブだけに閉じることがない。独立性の高い彼ら彼女らは、コレクティブの活動を通じて、業界全体が広がっていくことを望んでいるのだ。DDD Hotelの中でも、各々にコレクティブを掲げるnôlとPARCELは独立した運営となっている。決して一つのホテルに閉じることなく、共に新しい社会を作っていこうとする姿勢が感じられだろう。

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 世界に目を向けると、同じような流れが音楽業界でも起こっている。特に従来よりコレクティブの要素が強かったジャズの分野では、ビジネスモデルの変革にまで及ぼうとしている。例えば、これまで3度のグラミー賞受賞歴を誇るスナーキー・パピー(Snarky Puppy)は、小川慶太氏らを含む30名程度のメンバーが流動的に所属するコレクティブだ。各メンバーが個人名でアルバムをリリースすることもジャズでは珍しくないけれど、自らがレーベルを持ち、毎年フェスを主催しているグループはなかなか聞かない。彼らはただ演奏するだけではなく、音楽を継続的に社会に届けるための活動を行なっているのだ。

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 問屋は効率化に根差したグローバルビジネスの時流の中で、「卸中抜き」という言葉も生まれるほど、過去から淘汰の危機に晒されている。問屋街である馬喰町という街がその思想をコレクティブに昇華させたすると、このつながりはとても興味深い。特にそれが、日本人の得意とする曖昧さに根差したものであるとすると、これからの展開が楽しみでもある。

つながりと隔たりをテーマとした拙著『さよならセキュリティ』では、「1章 主体と客体 ー人と情報の関係性」において、組織構造の変化に伴うセキュリティへの影響について触れております。是非、お手にとっていただけますと幸いです。

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