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ポップコーンは買わない派です。vol.26

「最も個人的なことが最も創造的」by Martin Scorsese

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予告編

あらすじ

オダギリジョーの長編映画初監督作品で、柄本明が演じる船頭を通して本当の人間らしい生き方を描いた。橋の建設が進むある山村。川岸の小屋に暮らし、村と町を繋ぐため船頭を続けるトイチは、村人の源三が遊びにやってくる時以外は黙々と渡し舟を漕ぐ毎日を送っていた。そんないつもと変わらない日常を送るトイチの前に、ある1人の少女が現れたことをきっかけに、トイチの人生は大きく変わっていく。

日本人には撮れない日本の美しさ

この作品のカメラ撮影及びその監督を外国人が行っている。クリストファードイルさん。

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大変に美しい映像を見させていただきました。観ているだけでもめっちゃ勉強になります…!ロケ地は新潟県の村上市、阿賀野川にて撮影されたそうです。


YouTubeにもたまに上がっている日本を紹介する外国人が作成した映像。

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これもまたカメラワーク、色彩が非常に美しい。わからないけど、なんとなく外人が撮る日本の方が新鮮な眼で日本の風景、人情などを撮影できているような気がしてて、この作品を見たときに本当の日本の風景の芯が見えたような気がします。

普段生活している中だったら気づかないような視点を養うことができました。

木材が織りなす有機的な暖かさ、人との繋がり

この作品では主人公の船頭、トイチ(柄本明)さんが木造船の渡しを行っている。そのトイチさんの舟、トイチさんの舟には1日あたり多くもないがお客がくる。

トイチさんは自らお客に話しかける事はないが、嫌な言いがかりをつけてくる作業員、ときには町の出張ドクター、様々な境遇のある人物がたくさんだ。そこにはトイチさんとの会話が生まれる。

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それが木造の舟の上でされているところがポイントで、木の温もりがもミュニケーションの温もりとなって変わっているように思えた。

また、トイチさんの住まいは自ら建てたであろう木造の掘立小屋。年中をそこで過ごす。ろくに窓がある訳でもないために寒い日もあるのにひとつの蝋燭の火の灯火が実際はそこまで暖かくはないだろうにそこには温かみを感じた。

木の与える印象は非常に温かみを感じる。それと比較として鉄橋が挙げられる。鉄橋は近代化の象徴であり、完成すれば便利になるけども人々との交流はなくなり、映像の印象としても冷たく感じられる。

時代に翻弄される人間たち

近代化という名の鉄橋ができて町と町の移動がかなり簡潔となり、これまでの常識、慣習がガラリと変わる。人が変わると人はこれまでの慣習を排除しようとする。同調圧力とでもいうのだろうか、トイチもそんな時代の流れに飲み込まれ、取り残されていく。人間は信念とする軸がないために時代の移ろいとともにその流れに翻弄され、取り込まれていく。そして、本来本質を理解している人に限って排除される社会構造。そう言った点ではトイチさんは非常に人間的である。

不便な世の中だ。

美しい水の描写

この作品では水の描写が非常に綺麗である。季節ごとに流れる音が違うんだなあ。

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どう違うかと言われると難しいのだが、チョロチョロという音でも音の高さで違うというか、お湯と水の違いというか。なんかそういったところで季節感や、清涼感、感情が表現されていて、水というものはこんなにも趣深いものなのかというように感動した。

民俗学の記録

民俗学というのはもっとも個人的な学問で、アイデンティティに基づく。地域や家族、自分自身のルーツを知っていくことは未来を作っていくことに近い。

先人の行ってきたことには今まで残り続けた理由がある。それは時代の流れもあるかもしれない。

ただ、昨今時代の流れだけに左右され人間的な豊かさが欠如してきているように感じる。

先人の行いの真実、軸、理念、アイデンティティを理解することが重要。

記録の残し方も大切で、かの有名な民俗学学者の宮本常一先生は写真について、「読める写真を、撮りなさい」という言葉を残しているこれは写真からその人の感情やら時代の空気やらを読み取れるように記録しなさいということの現れだと思う。

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そういった点でこの映画はトイチさんという船頭をフィーチャーしたかなり個人的な話ではあるけども、時代の流れの中での葛藤だったりとか、考え方がよく伝わる作品であり、かなり民俗学的な映画だと思った。

まずは自分の家族のこと、自分自身のルーツについて調べてみるとなにか面白い発見が見つかるのではないだろうか…!


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