僧侶が読み解く、アカデミー賞作品賞受賞作『コーダ あいのうた』
「仏教と関わりがある映画」や「深読みすれば仏教的な映画」などを〝仏教シネマ〟と称して取り上げていくコラムです。気軽にお読みください。
タイトル:映画「コーダ あいのうた」
シアン・ヘダー監督
2021年アメリカ・フランス・カナダ共同製作
タイトルの「コーダ」とは、「ろう(聴覚障害)者の親を持つ、健聴者の子ども」を指します。
主人公の高校生ルビーは、家族の中でただひとりの健聴者。そのため、家族の耳となって、家業である漁業の手伝いを余儀なくされています。ルビーには歌の才能がありました。それに気づいた教師から音楽大学への進学を勧められたルビーは、家族の都合と自分の夢との板挟みに悩むこととなるのでした。
この作品の中で、ろう者は弱者ではありません。手話を表現豊かに駆使し、荒海で船を操って魚を得、休日には美酒美食を謳歌する明るい一家の姿は、「ろう文化圏」に住んでいるのだなと納得できます。しかしその文化はある意味他文化、たとえば健聴文化と時には壁を生むこともあります。
この作品は障害者一家の物語というより、異文化衝突であり異文化理解の物語と見ることができます。
2つの異文化の間に立つコーダは、両者の理解者として、橋渡し役にもなれることが最も望ましいことかもしれません。しかし実際には、いずれの文化にも真に落ち着くことができず、ちゅうぶらりんとなって、孤立感に陥ってしまうケースもあるようです。当作のルビーはまさにそんな少女でした。
若くして家族の世話を担う、ヤングケアラー役もあいまって。しかし次第にルビーは、音楽を手がかりに、自分の道を獲得していきます。それによって家族も変わっていきます。
「そのまま」が尊重される世界でありたく思います。一方で、「そのまま」から変わろうとする思いも「そのまま」応援したく思います。人が笑って生きる姿は、何よりの世界への贈り物であることを教えてくれる作品です。
松本 智量(まつもと ちりょう)
1960年、東京生まれ。龍谷大学文学部卒業。浄土真宗本願寺派延立寺住職、本願寺派布教使。東京仏教学院講師。
自死・自殺に向き合う僧侶の会事務局長。認定NPO法人アーユス仏教国際協力ネットワーク理事長。