戦国時代の人々は「時間」をどう捉えていたのか。中世と現代で変わる時間の認識 ー歴史学者が語る古文書の魅力ー
お寺で学ぶ、くずし文字・古文書
お寺の在り方を、より時代に合ったカタチにしたい。そんな想いから、2016 年5月に銀座・中央通り沿いにオープンしたのが、築地本願寺のサテライトテンプルであるGINZAサロンです。
現在、GINZAサロンで実施しているのが、僧侶が仏事や人生に関する相談に対応する「よろず僧談」と、仏教的な考え方をベースにした各種講座や、こころとカラダを豊かにする体験型講座などを受講できる「KOKOROアカデミー」です。
そんなKOKOROアカデミーの講義の講師の先生方に、ご自身の担当する講義について伺いました。今回は、東京大学史料編纂所学術専門職員の土山 祐之先生が紹介する「くずし文字と古文書」の魅力をご紹介します。
講座名 はじめてのくずし字・古文書 講師・土山 祐之 ●講座内容
戦国武将の古文書、百人一首などをテーマに、くずし字・古文書読解を通じて先人たちが抱いた苦悩・心配・愚痴・喜びなどに触れ、様々な角度から歴史を読み解いていきます。最新の研究成果を活かした、楽しく面白い歴史の世界をお伝えします。※ライブ配信あり
古文書から知る先人たちの感覚
本講座は中世のくずし字・古文書読解を通じて、先人たちの知恵やユーモアに生き方を学ぶ講座です。くずし字・古文書と聞くと難しいイメージがあるかもしれませんが、本講座は講師と一緒に読み解いていく親しみやすいスタイルで、くずし字読解よりも歴史の話に重きを置いている講座です。受講中も気軽に質問ができ、そこから話が膨らんでいくこともあるように、講師と受講者との距離が近いことも特徴です(なかには、本筋の話よりも横にそれた話の方がおもしろいというご意見もあります。私としては、本筋をおもしろく話そうと思っているのですが……)。
くずし字・古文書の魅力は、なんといっても自分が決して触れ合うことのできない先人たちの感覚や考え方が古文書を読めばわかってくる、という点です。古文書を読んでいると、先人たちと会話しているような錯覚に陥ることもあります。そうした先人たちの感覚・考え方に触れることで、自分のなかに新たな気づきが芽生えることも魅力の一つです。
木下秀吉折紙案(「東寺百合文書」せ函武家御教書並達87[東寺百合文書WEBより])東寺領山城国上久世荘(現京都市南区久世上久世町あたり)の百姓に対し、信長の命令通りしっかりと東寺に年貢を納めよ、と命令した文書。この一通の文書からも、信長は一方的に寺社勢力を排除したのではないこと、「百姓」は政治的存在として認識されていたこと、などが判明する。
中世と現代で変わる「サキ」の捉え方
最近の講座内容から一つ例を挙げましょう。堀田善衛『未来からの挨拶』(筑摩書房、1995年)を参考にした話です。
我々は未来のことを「サキ」と表現することがよくあります。「問題の先送り」や「一年先まで予定が入っている」などがその例です。サキとは「前」という字で表されるように、自分の前方のことを指します。つまり、「一年サキのこと」とは自分の前方に未来があるという感覚です。
ところが、戦国時代までの人々はそうではありませんでした。平安~戦国時代までの古文書を読むと、「先・前」という字は過去のことを表すときに使われています。現在も使われることがある「先例」などです。一方、「後の世」というように「アト/ノチ」は未来のことを指しています。ですので、先人たちの「一年サキのこと」は自分の前方には過去があるという感覚で、現代人とは正反対であったことが分かります。
中世の人々は、「過去」を見ながら「未来」に後ずさりしている、そういう感覚だったのです。確実に見えるものは「サキ」=過去のことで、「アト」=未来はまったく見えず、しかし背中のすぐ後ろに迫っているもの。
我々現代人の「サキ」(未来)は前方にあります。背中を押されて「サキ」(未来)に向かうという感覚です。見ている方向は「サキ」なのだけど、あやふやな「サキ」だから予測を立てて確実なものにしようとします。しかし、先人たちは違いました。「アト」(未来)のことは全く見えません。だからこそ、見えている「サキ」(過去)のことを頼りに、「アト」(未来)のことを考えるのです。先人たちにとって「歴史」は未来を照らす道しるべとして、とても重要なものだったのです。
浄土真宗の大切な教え「後生の一大事」の「後」生は、これから行くであろう未来の世界ではなく、背中のすぐそばに迫っているもの。「イマ」のすぐ「アト」。そう考えることができるかもしれません。私もこの講座を準備するに当たって、背筋はピンとして生きなければと思い直しました。皆さんはどうでしょうか。
当時の感覚を知ることで深まる理解
歴史の話は「食わず嫌い」的なものとして敬遠されることが多いかもしれません。しかし、先行き不透明な「未来」であるからこそ、「過去」から学べることは多いのではないでしょうか。受講を少しでも悩まれましたら、まずは一回試してみてください。知らないことを知る、その楽しさ・面白さを一緒に味わっていただければ嬉しいです。
土山 祐之(つちやま・ゆうし)
早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。現在、東京大学史料編纂所学術専門職員。専門は日本中世の災害史・村落史・荘園史。古文書調査・フィールドワークなど、精力的に全国を踏査している。
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現在は、オンライン受講が可能な講座も増えています。学びへの意欲が高まる秋だからこそ、KOKOROアカデミーの講座を通じて、新たなカルチャーに触れてみてはいかがでしょうか?
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この記事は築地本願寺新報10月号より転載しています。バックナンバーや本誌をご覧になりたい方は、こちらからどうぞ。