あらためて考える 中小企業のデザイン経営
久しぶりの投稿ですが、今期もいくつかのプロジェクトで、中小企業のデザイン経営への取組みに関わらせていただいています。
といいながら、まだまだもやっとした感が拭えない「デザイン経営」。
なるべくわかりやすくということで、6月にオンラインでお話しした「デザイン経営10分解説」の動画をYouTubeに上げていますが、その内容を補強しながら、あらためてデザイン経営とは何か、その取組みにどういう意義があるのかを、中小企業目線でまとめてみたいと思います。(自分の理解の整理を主目的に投稿しますので、超長くなりますことはご容赦を…)
1.デザイン経営が求められる背景
まずはデザイン経営が求められる背景から。
デザイン経営をテーマにした中小企業向けのセミナーやワークショップには、中小企業の後継者にご参加いただくことが多いのですが、まずは今なぜデザイン経営なのか、その意義が腹落ちしないことにはモチベーションが上がりません。
デザイン経営が求められる背景については、デザイン経営宣言(P.1)をはじめ各所でいろいろ語られています。ただ、その多くはグローバルに展開する大企業等が想定されている印象で、地域に根差した中小企業の後継者には響きにくいように思います。
そこで、そうした機会によく話しているのが、
①単純な問題(Simple Problem)→ ②複雑な問題(Complex Problem)→ ③ 厄介な問題(Wicked Problem)という、解くべき問題の変遷です。
この3種類の問題については、デザイン経営はこれまでの知財関連施策と何が違うのか?(2) の記事にも書きましたが、一般的な経営課題と各々に対応するアプローチを、以下の図にまとめてみました。
単純な問題(Simple Problem)への対応が求められたのは、元号にあてはめれば昭和の時代。先々代が経営を担っていた頃です。
モノが不足し、需要が旺盛だったこの時代、企業は量産ニーズに応えることが求められました。そこで向き合わなければならなかったのは、より品質の良いものを、より低価格で提供するという、決してそれが簡単な問題というわけではないけれども、構造的にはシンプルな問題です。
そうした問題を解決するための主要な手段は、工場・機械・店舗等の設備投資であり、どのタイミングでどのような投資をするか、必要な資金をどのように調達するかが、経営を左右する重要事項でした。
複雑な問題(Complex Problem)が台頭するのは、元号にあてはめれば平成の時代。先代が経営を担ってきた、少し前までの時代です。
量産ニーズがある程度満たされ、機能性、ブランド、外観デザインなど、企業は多様化するニーズに応えることが求められるようになりました。細分化されたニーズに対して、どの領域にどの程度の経営資源を配分し、品質とコストのバランスをどのようにとるのか。単純な一次方程式が複雑な連立方程式になったように、問題は複雑化し、より難解になりますが、収益を最大化するための経営資源の最適化という正解が存在しないわけではない。少なくとも正解が存在するという仮説の下で、経営戦略・事業戦略が組み立てられていくことになります。
経営資源の最適配分には科学的なアプローチが可能なはずであり、この時代に重視されたのが市場分析、選択と集中といったロジカルシンキングをベースにした戦略思考です。MBAや中小企業診断士など、ロジカルな戦略思考を身につけようという動きが強まりました。
厄介な問題(Wicked Problem)への意識が特に高まるようになったのは、元号にあてはめれば令和の時代。まさにこれから、後継者が経営を担う時代です。
それこそ厄介なのは、この問題がこれまでの2つとは性質の異なる問題ということです。単純な問題から複雑な問題への重心の移行は、解くべき問題は難しくなるものの、正解が存在するという点に違いはありません。ところがこれからの経営者が向き合うべき課題は、収益の最大化という明確なテーマだけでなく、
・企業は収益を追求するだけの存在でよいのか?
・社会や企業自身が持続的な存在であるために様々な社会課題にどのように向き合っていけばよいのか?
・企業収益や株主利益と従業員の幸福をどのように両立させることができるのか?
・衰退が進む地域にどのように貢献して共存することができるのか?
といった、正解のない問いに向き合い、バランスをとりながら前に進む舵取りをしていかなければならないのです。
こうした正解のない厄介な問題に、どのように対処していけばよいのか?
そこで注目されるのが、対象や環境をよく観察し、その調和を試行しながら、無から有を創り出していくデザインのアプローチです。正解を求める科学的なアプローチだけでは解けない問題に対し、このアプローチを活かして新しい経営のあり方を探っていこうというのが、デザイン経営が求められる時代背景、自分はそのように理解しています。
2.「デザイン経営」とは何か? - デザイン経営宣言から
では、デザインのアプローチを経営に取り入れるデザイン経営とは、どのような経営手法のことを指すのでしょうか?
デザイン経営の嚆矢であるデザイン経営宣言には、「デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活用する経営」と定義されていて(P.6)、その効果は「ブランド力とイノベーション力の向上によって、企業の競争力が向上する」点にある、と説明されています。
それを端的に示しているのが、よく見かける赤(ブランド構築)と青(イノベーション)の円が重なった下の図で、要するに、デザインの力をブランド構築とイノベーションに活かすのが「デザイン経営」です。
さて、ここでよくわらからなくなってくるのが、「ブランド構築」も「イノベーション」も、デザインの文脈から新たに登場した概念というわけではなく、従来から耳が痛くなるほどその重要性が解かれてきたキーワードです。
そうすると、デザインのアプローチを取り入れることによって、ブランド構築とイノベーションにおいて何が変わるのでしょうか?
この点について、デザイン経営宣言の中ではあまり語られていないのですが、「なぜデザイナーはイノベーションの役に立つのか」のコラム(P.8)には、観察による顧客の潜在ニーズの発見、プロトタイピングの繰返しによる開発サイクルの加速化という2点が挙げられています。
これに対応するように、特許庁のWebサイトには、デザイン経営の本質は「人(ユーザー)を中心に考えることで、根本的な課題を発見し、これまでの発想にとらわれない、それでいて実現可能な解決策を、柔軟に反復・改善を繰り返しながら生み出すこと」にあると説明されており、以下の2点がデザイン経営の要諦と考えられます。
① 人(ユーザ)中心に考える
② アジャイルに取り組む
まだわかったようなわからないような…
要するに今までとどう違うのか、ズバッと比較して示してもらわないとピンとこない。このあたりが(特に我々旧世代の)普通のビジネスパーソンにありがちな思考の癖だったりもするのですが、なるべくわかりやすくするために、これまでの一般的な経営戦略の考え方と比較してみることにしましょう。
人(ユーザ)中心といっても、これまでも顧客志向とか、プロダクトアウトではなくマーケットインとか、いろいろ言われてきているのではないか。そう思われる節もあるかもしれませんが、ここでいう「人(ユーザ)中心」は、データだけに頼らない、自分の身体・五感を駆使して、ユーザに寄り添って真のニーズを探る、身体性を伴ったリサーチに基づく「人(ユーザ)中心」です。
これまでの経営戦略では、顧客・市場といってもデータ中心、さらに競合との差別化(「差異化」ではなく「差別化」)に意識が向きがちであった。その結果、思考の枠がデータに表れる範囲に嵌められてしまったり、ユーザの真のニーズと乖離が発生したり、各社が同じような戦略を採用してレッドオーシャン化を招いてしまったりしていないだろうか。それを見直そうとするのが、「人(ユーザ)中心」のアプローチです。
もう1つのアジャイルな取組みと対立するのが、考えながら動くのではなく、よく考えてから動く、綿密に事業計画を立て、それに沿って事業を展開するという考え方です。
それこそ(特に我々旧世代の)普通のビジネスパーソンにはあたりまえの考え方ですが、なぜ今の時代にアジャイルが適合的なのか?
それは、正解のある問題を解く時代であれば、じっくり考えて解を導き、それに基づいて事業を遂行するのが成功の確率が高い手法だった。ところが正解の見えない時代に、いくら精緻な事業計画を立てても事業環境がどのように変化するかわからない。事業計画の立案や遂行に要する時間、計画に基づいた多額の投資は、変化の激しい時代には、むしろリスクの高い手法となってしまうおそれがある。それよりも、たえず行動しながら考えるアジャイルな手法こそが、今の時代にあったアプローチと考えられるのではないでしょうか。
こうした2つの特徴に代表されるデザインのアプローチは、デザイナーへの依存度が比較的高い「ブランド構築」ではこれまでも活用されやすい状況にあったところ、テクノロジーやデータ、ロジカル思考にリードされがちだった「イノベーション」の分野でも活用していこうというのが、現在語られているデザイン経営の主流になっているようです。
ただ、ここでデザインのアプローチが活用される対象は、顧客ニーズをデータだけでなくユーザの観察によっても把握し、慎重に計画を立てるより試しながらビジネスを推進するという事業化のプロセス、それは「経営」というより「事業開発」であるように思えます。そこが、デザイン「経営」と呼ぶことへの違和感だったりするのですが(「デザイン思考を活用したイノベーションの推進」のように呼んだほうが実態と合っているのでは?)、デザイン経営宣言には、
① 経営チームにデザイン責任者がいること
② 事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること
がデザイン経営と呼ぶための必要条件とされていて(P.6)、組織的な側面から、デザインと経営の関係が規定されています。
つまり、デザインが経営そのものに直接作用するというより、事業開発(特にイノベーション)におけるデザインの活用を経営レベルで推進することをもって、デザイン「経営」と呼んでいるのではないでしょうか。現在メディアで紹介されているデザイン経営の事例の多くは、ほぼこの定義にあてはまるように思います。
余談になりますが、デザイン経営宣言とほぼ同時期に知的財産戦略本部が提言した「経営デザイン(シート)」が「デザイン経営」とよく混同されていますが(自分は元々はそちらに関与していたのですが)、「経営デザイン」が「経営をデザインする」ものであるのに対して、「デザイン経営」は「デザインを経営に取り入れる」という点に、基本的な違いがあります。といってもよくわからない話でしょうから、機会をみてそのテーマも詳しく書いてみたいと思っています。
さて、その本丸であるところのデザイン経営宣言からつながるデザイン経営ですが、例えばYouTubeで「デザイン経営」と検索すると、紹介されている具体例は、大企業やスタートアップ、BtoCの著名企業などが多く、多くの中小企業には縁遠いような印象を受けます。
実際、デザイン経営宣言の中心メンバーであるTakram代表の田川氏の下記の記事を読むと、「デザイン経営が効く領域」は「デジタルビジネスを手掛け、かつ、エンドユーザーとの接点を持つ企業」とあり、部品産業や装置産業のような「非デジタルかつエンドユーザーとの接点を持たない企業」には、デザイン経営の必要度は相対的に低下する、とされています。
これはちょっと困った話で、現在、デザイン経営をテーマにしたプロジェクトで接している中小企業の中には、「非デジタルかつエンドユーザーとの接点を持たない」請負型のものづくり中小企業が多く含まれています。でも、そこにはたしかに何らかの効果が生じていて、となると、自分たちが取り組んでいることは「デザイン経営」じゃないのか? という疑問が湧いてきます。
3.「デザイン経営」とは何か? - 中小企業のデザイン経営
ところで、中小企業を対象にしたデザイン経営については、どのような議論が行われてきたのでしょうか?
おそらく最初に世に出たレポートは、ロフトワークさんが3年前にまとめた、その名もずばり「中小企業のデザイン経営」です。
このレポートには、「ビジョンを更新する」「共創のコミュニティを創る」「文化を生み出す」といったデザイン経営宣言とはちょっとテイストが異なるキーフレーズが登場しているところが特に注目されますが、掲載事例がハイエンドすぎて(スノーピークさんとかたねやさんとか)、多くの中小企業にはちょっと距離感がある印象は否めませんでした。
そしてその約1年後に公開されたのが、特許庁デザイン経営プロジェクトチーム&KESIKIさんが作成した、「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック-みんなのデザイン経営」です。代表事例(ジャクエツさん)は「中小企業のデザイン経営」と被っていますが、それ以外の実践事例には、規模・業種・業態など、かなり多様な中小企業が採り上げられています。
ここに採り上げられた企業は、何をもって「デザイン経営の実践事例」と判断されたのでしょうか。「デザイナーとともに自社のあり方を見直し、試行錯誤しながら、新事業に取り組んできた企業たち」と記載されているように(P.20)、デザイナーが関与しながら変革に取り組んできた企業が対象となっています。
そして、それらの事例の分析から、デザイン経営の特徴をデザイン経営宣言とは異なる「人格形成・文化醸成・価値創造」3つのフレームで整理し直し、それらに取り組むきっかけとなる9つの入り口を示しています。
といったあたりから、なにやら抽象的でわかりにくくなってくるのですが、中小企業の事例を分析することで、デザイン経営宣言とはどこか違った側面が見えてきたのでしょうか?
ここでまた、(特に我々旧世代の)普通のビジネスパーソンにも理解しやすい両者の比較、差異分析によって考えてみることにしましょう。
よく見てみると、3つのフレームのうち、「文化醸成」はデザイン経営宣言の「ブランド構築」に、「価値創造」はデザイン経営宣言の「イノベーション」に、概ね対応しているようです。
そうすると残るのは「人格形成」。
これがデザイン経営宣言には見られなかった固有の要素です。
ハンドブックによると、「その企業の『人格』を明確にするところに、デザイナーが貢献しているケースが多く見られた」そうで、その理由は「中小企業では単一事業を手がけるケースも多く、大企業に比べると事業領域の幅が狭い。一つの商品やサービスが経営に与える影響が大きく、逆に言えば、企業イメージが商品やサービスの売上を左右しやすい」からではないか、とのことです(P.9)。
理由の部分はいろいろ考えられると思いますが、「デザイナーが会社の人格形成に関わっている」というのは、非常に重要な指摘であり、中小企業のデザイン経営を考える上での大きなターニングポイントになったのではないでしょうか。
では、この「人格形成」という側面が、なぜデザイン経営宣言では語られていなかったのか?
おそらく、デザイン経営宣言にはその代表例としてアップルやダイソンが示されているように、主にグローバルに展開する大企業、あるいはこれからの日本経済の牽引役となるスタートアップが対象として意識されていたためです。
大企業の場合、事業領域が広すぎてその「人格」を意識しにくいし、関係者が多すぎて「人格」を議論の対象にすることが難しい、存在が大きすぎて「人格」は所与のものとされている印象が強い、といった理由から、事業開発に関わるデザイナーがその企業の「人格」を意識することはあるとしても、そこから「形成」にまで至るケースは想定しにくいのではないかと思われます。
スタートアップについては、そもそも起業家の想いやビジョンがそのまま企業の「人格」ともいえるので、あえてその「形成」がテーマになるとは考えにくいのでしょう。
4.中小企業のデザイン経営における「人格形成」
中小企業のデザイン経営では、なぜ「人格形成」という要素がフォーカスされるのでしょうか?
そもそもここでいう「人格形成」とは何を指しているのか。
先に挙げた「9つの入り口」では、
① 自社の個性を見つめ直す(IDENTITY)
② 存在意義を深掘りする(MISSION)
③ 将来のありたい姿を描く(VISION)
の3つの入り口が人格形成に該当するものです。
要するに、「自社は何者で(アイデンティティ)、何を目指しているのか(ビジョン)」を明確化することにあると考えられます。
デザイン経営以前から、デザインのアプローチで多くの中小企業の変革を推進しているSASIさんは、事業者が常に立ち戻れる「何のために事業を行うのか?」「向かう先はどこなのか?」という、自身や企業の変わらない価値観のモノサシ=「アイデンティティ」の重要性を強調されており、同社がリードしてきている関西デザイン経営プロジェクトでは、「アイデンティティ型デザイン経営」が提唱されています。
そうしたSASIさんの考え方にもインスパイアされて、自分が中小企業にとってのアイデンティティやビジョンの重要性示す際には、円錐を逆さまにした以下の図を使って説明しています。
中小企業が生存するために何よりも必要なのは売上であり、そのためには顧客に求められるプロダクトやサービスを提供していかなければなりません。これは自社製品の有無に関係なく、請負型の企業にもいえることです。ですので、一番見えやすくて大きな割合を占めているのが、最上部のレイヤーにある「プロダクト・サービス」です。
そして、そのプロダクトやサービスを支えているのが、その企業が知られているという知名度や、その企業なら大丈夫だろうという信頼という、その下のレイヤーにある「ブランド」です。高級という意味のブランドではなく、認知・信頼という意味で、長い社歴を有する企業であれば必ず存在するはずの「ブランド」です。
さらにその根底にあるのは、さまざまなプロダクトやサービス、それを支えるブランドを生み出してきた、その企業が社会に存在する意味(存在意義)=「アイデンティティ」や、その企業がこういう方向へと向かっていこうという意志=「ビジョン」です。この逆円錐の支点にある「アイデンティティ」を軸に、「ビジョン」が示す方向にブランド、プロダクトやサービスが広がり、絶えず回転を続けているからこそ、逆円錐は倒れることなく回り続けることができるのです。
ところが、日々の仕事に忙しい多くの中小企業は、プロダクトやサービスばかりに意識が向き、それを支えている認知や信頼という意味でのブランド、さらにはその根底にあるビジョンやアイデンティティを意識する機会がなかなかありません。
新しいプロダクトやサービスの開発や、ブランドの構築に取り組むとしても、それが自社のビジョンやアイデンティティを基盤とするものでなければ、逆円錐の枠をはみ出してバランスが悪くなってしまいます。だからこそ、ビジョンやアイデンティティを明確にしながら、自分たちらしく、自分たちだからこそできる、プロダクトやサービスの開発(イノベーション)、ブランド構築に取り組むことが必要であり、デザイナーと協働する中小企業では、「デザイナーが会社の人格形成に関わっている」ケースが多くなる、ということだと思います。
つまり、デザインのアプローチをプロダクト・サービス開発(イノベーション)やブランド構築に採り入れる「宣言」型のデザイン経営に、さらにアイデンティティを掘り起こしてビジョンを明確化するプロセスを加えたのが「アイデンティティ型デザイン経営」と整理できるのではないでしょうか。
中小企業のデザイン経営における「人格形成」の意義を、さらにわかりやすく示しているのが、今年7月に公開された「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック2-未来をひらくデザイン経営×知財」に掲載されている「デザイン経営の好循環モデル」の図です(P.3)。
自社の想いや「らしさ」(=アイデンティティ)、未来の自社の姿(=ビジョン)を明らかにしながら、文化醸成(ブランド構築)や価値創造(イノベーション)を進めていく。先の逆円錐モデルとほぼ同じ考え方と思いますが、それらは一方向に進むのではなく、循環しながらその企業のポテンシャルを引き出し、持続力が高められるイメージが、シンプルに表現されている図です。文化醸成(ブランド構築)と価値創造(イノベーション)の循環に、エネルギーを送り出しているのが「人格形成」であることがわかります。
そしてこのハンドブックでは、デザイン経営を「徹底して『人間』に向き合い、企業の持続力を高める経営」と再定義しています。
心臓を中心にした血液の循環がイメージされ、心臓の鼓動が聞こえてきそうなこの図には、まさに「人間」っぽさが表れていると思いますが、「人間に向き合う経営」なんていわれると、またなんだかデザイン界隈に特有のエモい空気感で煙に巻かれてしまったようで、これも(特に我々旧世代の)普通のビジネスパーソンにはわかりにくい。
その意味は後であらためて触れるとして、「人格形成」まで意識した場合、先に挙げたデザインのアプローチの2つの特徴に、さらに2つの要素を加えたくなってきます。その2つについても、これまでの一般的な経営戦略の考え方と比較しながらみておくことにしましょう。
1つめは、自社が扱うプロダクトやサービス、さらには企業自身の存在も含め、対象の「意味を問い直す」ということです。
我々のようなビジネスパーソンが企業にヒアリングをすると、他社のプロダクトやサービスと比較した機能や価格の優位性はどこにあるのか、他者と比較したいわゆる「強み」はどこにあるのか、という分析的な視点になりがちですが、そこがデザイナーはかなり異質で、プロダクト・サービスのそもそもの意味や、企業の歴史や印象的なエピソードなど、対象の「意味」を問い直します。それによって、その企業は一体何者であるのか、自社のアイデンティティが立ち現れてきます。
デザイン経営の伴走者はデザイナーしかあり得ないのかというと、ブランド構築やイノベーションでの表現のプロセスにおいては、具体的なスキルという意味でデザイナーでないとまず無理なことは明らかですが、この「意味を問い直す」点については、特殊なスキルを要するという性質のものではなさそうです。ところが現状において、そうした問いをあたりまえのように発することができるのはデザイナーであり、そうした実態から「デザイン経営の伴走者=デザイナー」という構図になっているのではないかと思います。
2つめは、「分離」的ではなく、「統合」的な思考です。
これも我々のようなビジネスパーソンが企業にヒアリングをする際には、自社と競合他社、自社と顧客を対峙させ、あるいは社内を見るのにも○○部門と△△部門のように、各々の要素を分離して捉えようとする傾向があります。企業に対しても同じ立場で共感するというより、客観的な立場で分析やアドバイスをしようとしがちであるように思います。
それに対して、デザイナーのスタンスは統合的。
まずは企業に共感し、一緒に面白がって、何とどう結びつけるか、誰を巻き込むかなど、周りの人やモノとの関係性を大事にし、つないでいくことを楽しむ傾向にあるように思います。「人格形成」に直接関係するわけではありませんが、こうした巻き込み型のスタンスが、これまで企業自身が意識してこなかった、自社のアイデンティティやビジョンを引き出しているようにも感じます。
5.デザイン経営とロジカルな経営戦略との関係
なんとなく「デザインは善、ロジカルな悪」みたいなデザイン・カルト的なトーンになってきてしまった感もありますので、ここでデザイン経営とロジカルな経営戦略との関係性について考えてみることにしましょう。
結論から言うと、デザインとロジカルは、どちらが善でどちらが悪、どちらかが必要でどちらかは不要、ということではなく、現在の一般的な両者の関係性を見直すことが必要とされているのではないでしょうか。
中小企業が経営を変革したいと考えるとき、これまでのメジャーな考え方では、ロジカルが先導して市場や競合の調査・分析を進め、そららに基づく事業計画を策定します。その事業計画に基づいて、イノベーション(事業開発)の領域では開発する新プロダクトのデザイン(広義のデザインではなく外観を主とする狭義のデザイン)をデザイナーに依頼する。ブランド構築の領域では、ロゴや会社カタログ等のグラフィックデザインをデザイナーに依頼する。
ロジカルな思考で方向性を決定し、デザインはオペレーションの一部として登場する、という関係性です。
ここで「人格形成」に該当するビジョンやアイデンティティはどうなっているかというと、ロジカルな世界には馴染みにくい要素でもあり、特にアイデンティティを深掘りすることもなく、外部環境や社会のトレンドを考慮して(SDGsの時代だから社会貢献とか環境保護とか言っておきましょうetc.)、ホームページとかに張りぼてのビジョンを載っけておく例も少なくないのではないでしょうか。
デザイン経営によって、この関係性はどのように変化するのでしょうか?
デザイン経営関連のプロジェクトで出会ったSASIさんも、CEMENT PRODUCE DESIGNさんも、意味を語り合ったり、ものづくりに試行錯誤したりするだけでなく、市場分析や財務分析・収支計画など、ロジカルなアプローチもバリバリでやられています。ただ、ロジカル主導のパターンとは異なり、前掲の「デザイン経営の好循環モデル」のようなデザインのアプローチを基盤とする人格形成・文化醸成・価値創造の循環が回っていて、それが事業として成立する確率を上げるための手段として、ロジカルな手法が用いられている、という印象です。
つまり、自社は何者か、自社は何を目指すのかというビジョン・アイデンティティのデザインを基盤にして、何をどのように提供するかというイノベーション(プロダクトやサービスなどの事業開発)のデザイン、社内外にどのように伝えるかというブランド構築のデザインが循環し(どこを入り口にするかはさまざまで、例えば、SASIさんはアイデンティティから、CEMENT PRODUCE DESIGNさんはプロダクトの開発からといった特徴があるようです)、それと並行するようにロジカルな手法が活用されている、下の図のようなイメージです。
言い換えれば、「会社の計画を立て、必要なデザインを行う」という関係から、「会社のあり方をデザインしながら、それを実現するために計画をたてる」という関係性への転換です。このように捉えると、まさにデザイン「経営」であることの意味も明らかになってくるでしょう(これによって「経営をデザインする」という「経営デザイン」の領域にも近づいてくるわけですが)。
自分はそうした関係性の変化を、
人間が機械(サイエンス)に使われる経営 から
人間が機械(サイエンス)を使う経営 へ
と喩えたりしていますが、このように考えると、「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック2-未来をひらくデザイン経営×知財」で、デザイン経営を「徹底して『人間』にに向き合う」経営と再定義しているニュアンスも、伝わりやすくなるのではないでしょうか。
6.中小企業がデザイン経営に取り組むことによって生じる変化
こうしたデザインとロジカルの関係性の変化、デザイン経営への取り組みによって、中小企業にどういった変化が起こるのでしょうか?
デザイン経営関連プロジェクトに参加された複数の企業が口にされているのが、「会話の質が変わる」という変化です。
大事なポイントなのでもう一度書きますが、「会話の質が変わる」という変化が生じます。
自社のアイデンティティを深掘りしたり、ビジョンを描いたりする機会がなく、日々の仕事に追われて機能の改善やコスト削減だけに邁進していると、企業が顧客と接する際には、あたりまえのように自社のプロダクトやサービスの機能や価格をアピールすることになるでしょう。加工型のものづくり企業であれば、Webサイトに保有設備の情報を掲載して、自社が請け負える仕事の範囲を顧客に伝える。その結果、顧客からは「このスペック、この納期、この価格で」と注文がきて、両社の間には外注先としての関係が成立することになります。
ところが、デザイン経営への取組みによって、アイデンティティを深掘りしてビジョンを描き、自社の想いが込められたプロダクトや、皆の議論が反映された新しいロゴマークなどを手にすると、企業が発する言葉が変わってきます。機能や価格だけでなく、自社が提供するプロダクトやサービスの意味、これからやりたいビジョンなどが会話の中に表れるようになり、顧客との会話にも変化が生じてきます。
顧客だって不透明な未来に向けて何かを探しており、「一度工場にお邪魔してもいいてすか?」「貴社はこんなことはできませんか?」「うちはこういうこと考えてるんですが、どう思いますか?」といった「外注」ではなく「相談」の機会が増え、両者の関係性は外注先からパートナーへと変化していくことになります。
こうした効果は、デジタルビジネスを手掛けているか否か、エンドユーザーとの接点を持つか否かとはなにも関係がなく、「人格形成」を伴う中小企業のデザイン経営には、「宣言」型の本家デザイン経営とは違った意味が生じてくるわけです。
実は、中小企業がデザイン経営に取り組む意味、行政が中小企業のデザイン経営を推進する意義は、ここにあるのではないでしょうか。
こうした「会話の質の変化」による動きが広がると、社会は確実に変わっていくはずです。
大企業から中小企業への指示に基づく一方通行の「指示の経済」から、大企業も中小企業も、さらには行政やらNPOやら住民やらも入り乱れて対話し、お互いの想いや考え方をぶつけ合う「対話の経済」へ。
一方通行の指示からは、新しい価値など生まれるはずがありません。
各々が持っているものをぶつけ合う、そのぶつかり合いから新しい価値が生まれるのではないでしょうか。
こうした対話に参加するためには、自らを知り、自らを語り、自らを表現できる企業になることが必要です。それを引き出す有効な手法の一つが、デザイン経営といえるのではないでしょうか。
結局のところ、「デザイン経営」という看板を掲げてはいるものの、目指すところは世の中をこのように変えていくこと、受け身ではなく能動的で、対話が溢れる創造的な社会を創っていくことです。
デザイン経営はあくまでその手段の一つであって、デザイン経営の普及が目的というわけではありません。
知財活用だってそうです。これ以上長くなっても大変なのでここには詳しくは書きませんが、自分は知財活用も「知財を囲い込んでがっぽり儲ける」ことが目的ではなく、中小企業が「自らを知り、自らを語り、自らを表現できる」存在になるための手段の一つだと思っています。
7.中小企業のデザイン経営が目指すところ
デザイン経営に関わるうちにいろいろわかってきたのは、デザイン経営のプレイヤーと言われる方々にもさまざまな流派があるということです。
それらをひっくるめてデザイン経営を定義することは容易ではなく、このnoteにもその時点、時点での考えを書いてきました。
特にその入り口はさまざまで、徹底的な対話から入るパターン、会社の「顔」になるような自社商品を目標に掲げて手を動かしながら考えるパターン、最初から目的を設定することなく気の合うメンバーで集まって何か始めてみるパターンなどなど…
ただ、どこから入っても「人格形成」を経ることは必須です。自らを語り、表現し、それを起点に価値を創造できる企業になること。ここが中小企業のデザイン経営の肝となる部分です。
そして、このように書いて気付かされるのが、自分が中小企業の知財活用に長く関わってきて、結局たどり着いたのが同じようなところだった、ということです。広義の知財の発掘は「自らを知る」ことであり、それを可視化し、権利化することは、「自らを語ること」や「自らを表現すること」にもつながります。自らを知り、オリジナリティを表現することこそが、知財活用の第一歩だと思っています。
経済産業省・特許庁がデザイン経営宣言を提言し、その後の施策も特許庁や各地の経済産業局によって推進されていることから、「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック2-未来をひらくデザイン経営×知財」のように、デザイン経営が知財と絡めて語られることが少なくありません。宣言の行きがかり上そうなっているのかなんて思っていた時期もありますが、このように考えてみると、知財活用に関するある種の流派も、実は同じような方向を意識しながら活動を続けてきていて(中小企業のデザイン経営関連でお会いするデザイン系の方々と話をすると、めちゃくちゃ共感することが多いので)、その流れが重なってきているのが今の状況ではないかと思います。
そうすると、これまでは曖昧な「デザイン経営」をなんとかバシッと定義したいみたいなことを考えてきたのですが、こうした各々の活動を「デザイン経営」という枠に押し込んで、「デザイン経営の推進」が目的のようになってしまうのは、ちょっと違うのではないかと思うようになってきました。より重要なことは、共通の目標やビジョンを明示して、共感と活動の輪を広げていくことではないでしょうか(「デザイン経営の赤いカプセル飲みますか?」の投稿に、デザイン経営は「メソッド」でなく「運動」と書いたのはまさにその趣旨)。
「デザイン経営」「知財活用」どちらの活動も提供者目線になりがちで、事業者側に立てていないのではないか、という反省です。
中小企業の「デザイン経営」や「知財活用」に関する活動が何をやろうとしているかというと、以下の2点に集約されるのではないかと思います。
① 自らが積み上げてきたもの・自分たちだからできることをあらためて見直し、
② それらを新しい時代にあった価値に変えていく
という取組みです。
そしてその先にあるビジョンは、受け身になりがちだった中小事業者(「企業」とは限らないのであえて「事業者」としました)が、能動的で「語れる」創造的な主体へと再生されること。「再生」というとちょっと現状をネガティブに見ているように聞こえてしまうかもしれませんが、そうじゃなく、環境の変化に応じで生まれ変わる、といったニュアンスです。それが地域社会や地域経済、業界、そして一人ひとりに活力を与える原動力となっていくのではないでしょうか。
こうやって考えてみると、知財活用をテーマに掲げてきた自分は、①偏重で、②にはまだまだ十分に踏み込めていません。
これまでの知財活用における②の領域では、思いつきの商品開発 →「販路開拓」が課題、といった隘路に陥りがちだったように思います。今、デザインの世界との関わりを強めようとしているのは、デザインには②を推進する力がある、と考えられるからです(先日はCEMENTの金谷氏のプレゼンを拝聴し、そのことをあらためて痛感しました)。
やや尻切れとんぼになりますが、相当長くなってしまったので今日はこのあたりにしたいと思いますが、そういえば今日は「デザインの日」だそうですね。
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