見出し画像

「デザイン経営」の赤いカプセル、飲みますか?

 昨日は中小企業のデザイン経営に関するある研究会に出席し、中小企業がデザイン経営に取り組むポジティブな側面とネガティブな側面、デザイン経営がよくわからないと思われやすい理由について、私見を述べる機会がありました。
 自分にとってもちょうど頭を整理するよい機会になり、そこで話した内容をまとめておきたいと思います。

 まずはポジティブな側面から。
 そもそもの前提として、デザイン経営とはなんぞや、何を基準にデザイン経営に取り組んでいる企業とそうでない企業を区別するの?という問題が存在しており、厳密に論じることが困難な問いではあるのですが、ここでは「デザイン経営」と名がつく事業の関連で自分が見てきた企業を頭に置きながら、そういった企業にはどういうポジティブな変化が生じているのかを考えてみました。
 企業の内と外に分けると、共通項として上げら得るのは以下の2点です。

中小企業にとってのデザイン経営のポジティブ要因

 なぜそうなるのかを論じ始めると長くなってしまうので、今日のところはそこにまでは踏み込みませんが(「デザイン経営はこれまでの知財関連施策と何が違うのか?」の投稿とかに書いています)、実際に生じている現象にはこうした傾向が見られます。

 企業の内部では、その体質に変化が生じます。社内に活力が生まれる、社員の姿勢が積極的になり、当事者意識が高まるetc.一言で表すと企業の「体温が上がる」ような印象があります。
 外部との関係では、顧客や社会との関係性に変化が生まれます。一方通行ではなく双方向の、共感に基づく共創や協働といった行為が増えるというか、これも一言で表すならば、他者と対峙するのではなく、周囲と相互に作用し合う「共振する関係」が形成されていくように思います。
 このように内側がしっかりと温まり、外部との関係性が強まっていく変化によって、企業の中長期的な生存可能性が高まること、それがデザイン経営的な取り組みを進めている企業によく見られる、ポジティブな要因です。

 その変化をもう少し詳しく説明すると、次のような感じです。

 典型的には受注生産型のものづくり中小企業によくあるパターンですが、以前は顧客の要求にいかに応えられるかという受動的な意識が強かった企業が、デザイン経営的な取り組みを進めるうちに、自らを語り、顧客に発信・提案する積極的な姿勢を強めていくようになります。

デザイン経営による変化 1

 そして、顧客との関係性というだけでなく、視野が拡大し、発信の対象が直接の販売先である顧客だけでなく、他業界を含めた従来は接点がなかった企業や、地域をはじめとする社会にも広がっていく傾向があるように感じられます。

デザイン経営による変化 2

 こうした変化は、どのようなメカニズムで生じているのでしょうか。
 企業が顧客からの要求に応えるために、何が必要か。それは、機能面や価格面において顧客が満足するプロダクトやサービスを提供することであり、企業の意識は機能・価格といった要素に向かいやすくなります。
 ところが、顧客、さらには地域や社会に対して何かを提案するとなると、自らに何ができるのか・自らは何をしたいのか、自社である意味、自社が提案することの意味をしっかりと考える必要が生じます。

デザイン経営による変化 3

 自社が提供するプロダクトやサービスの機能や価格に意識が向っているうちは、企業の意識はそれが他に比べてどれだけ優れているのか、市場の動きや競合の存在に目が行きがちです。ところが、自社である意味、自社が提案することの意味を考えるためには、自らをあらためて見つめ直すとともに、社会や地域がどのような状況にあり自分たちに何ができるのかを意識することが必要になり、そちらに関心が向かう傾向があらわれます。

デザイン経営による変化 4

 ここではあえて、デザイン経営「的」な取り組みを進める企業、としましたが、こうした変化は「デザイン経営」を謳っている事業などに参加した、あるいは支援を受けた中小企業のみに生じている変化ではありません。

 たとえば、先週仙台で開催された知財セミナーのパネルディスカッションで、知財関連の事業で訪問型支援を受けられた有限会社スマッシュさんの、知財経営実践事例としてのプレゼンテーションを拝聴する機会があったのですが、荒木社長が語られた取組みの成果は、上記のデザイン経営による変化とほぼ一致していました。
 同社では知的財産に関する取り組みをスタートするにあたり、知的財産を生み出す人こそが重要であると考え、新卒の採用と育成に注力したところ、白紙の状態から教えるためには暗黙知を可視化することが必要になり、その過程で可視化された知を活かした自社製品が生まれ、提案型の新ビジネスが立ち上がるとともに、地域との関係性も深まっているとのことです。ここで推進されたのは「知財経営」ですが、自社を深掘りして積極的な提案に結びつけるプロセスは「デザイン経営」そのものでもあり、そこから生じるポジティブ要因もほとんど同じです。

 知財のプロセスとデザインのプロセスは思った以上に近い、とあらためて感じた次第ですが、中小企業の行動が能動的に変容し、視野を広げて自らが発信主体となる変革をもたらす取り組みであるならば、そのきっかけが「デザイン経営」であったか「知財経営」であったかは、本質的な問題ではないということです。
 さらにその変容の結果が、最終消費者に向かうか(BtoC)、事業者に向かうか(BtoB)ということも、どちらかに限定されるような話ではありません。

 話を戻すと、企業の体温が上がり、顧客や社会と共振する関係性の変化を、なぜポジティブ要因と捉えることができるのか。
 それは、こうした変化が社会の構造的な変化に適合するものであり、これからの時代の社会構造における生存可能性が高められるという、ポジティブな効果があると考えられるからです。

 ここでいう社会の構造的な変化とは、前回の投稿「世の中、結局のところ何が変化して、デザインや知財にどのように関係してくるのか。」の繰り返しになりますが、これまでの競争社会では、企業が商品やサービスの機能や価格を競い合うことによって、世の中は便利になり、物質的にも豊かになって社会は前進していった。
 ところが、そうした大量消費型の社会経済モデルが限界を迎えた今、企業が機能や価格を競い続けても、むしろ環境破壊や格差社会といった問題を増幅してしまう可能性が高い。経済やビジネスは、本来人々のくらしを豊かにするための仕組みであったはずであり、その原点に帰るならば、競争至上主義の社会構造は修正が必要である。それに代わるべき新しい社会構造とは、社会の様々なアクターが社会の課題を解決するための問題提起や提案を行い、それに共感するアクターが各々の経営資源を持ち寄ってそれを解決することで、そこに新しい価値とそれを生み出すビジネスが起こり、社会が前進する。

競争社会から共創社会へ

 こうした「競争社会」の次に来る「共創社会」の事業環境に対して、企業の体温が上がり、顧客や社会と共振する関係性の変化は、まさに適合的であり、適者生存のルールに照らせば、企業の生存可能性が高まることになるはずです。

 続いて、ネガティブ要因も挙げておきましょう。

中小企業にとってのデザイン経営のネガティブ要因

 こちらについてはあまり説明が要らないようにも思えますが、第一に挙げられるのは、通常はそれが直ちに売上や利益に結びつくわけではなく、成果が具体化するまでに時間がかかるということです。
 ただ、数字には直接表れない体感的な変化については、経営者が早い段階で感じられていることが多い印象を受けます。その点については、知財関連の支援事業に比べても、わかりやすい形で効果が表れやすい傾向にあるように思います。

 もう一点は、これはデザイン経営に限った話ではありませんが、何かを新しいことを始める以上、それはリスクを伴う。失敗するリスクがあるということです。
 デザイン経営において気をつけるべき点は、今の収益を支えている既存事業に対する意識が薄くなってしまうリスクや、デザイン=おしゃれという社会的なイメージから、気取っている会社、生意気な会社と思われて、取引先などから敬遠されてしまうリスクです。後者については、かなり社会のムードが変わってきているようにも感じますが、業種によってはまだまだ現実的にシビアな問題かもしれません。デザイナーに遊ばれてしまうというのは、デザイナーの自己表現の場として利用されてしまうリスクですが、そこはデザイン「経営」であることをしっかり意識しておくことが肝要です。

 さて3つめの問いですが、中小企業にデザイン経営がよくわからないものと思われやすい理由は何か。

 デザイン経営がなぜよくわからないのか?
 デザイン経営が「わからない」ということは、それがわかる・わからないの対象と認識されている、すなわち「デザイン経営」というメソッドと捉えられているからではないでしょうか。
 では、そもそもデザイン経営というのは、なんらかのメソッドのことを指しているのか。その始まりである「デザイン経営」宣言は、メソッドの提案だったのでしょうか?
 あらためて「デザイン経営」宣言を確認すると、デザイン経営は「デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活用する経営」と定義されています。

経済産業省・特許庁 「デザイン経営」宣言 p.6より引用

 さらに、デザイン責任者の経営チームへの参画、「デザイン経営」の推進組織の設置など、具体的取組も列挙されており、どうやらある種の経営手法、メソッドを提案しているようです。

経済産業省・特許庁 「デザイン経営」宣言 p.7より引用

 であるなら、「よくわからない」と言わせないためには、そのメソッドをできるけわかりやすく、丁寧に解説していけばよいという話になるはずですが、どうもそういった方向に解はありそうもない。少なくとも中小企業に関して言えば、「デザイン経営」宣言に書かれている具体的取組は一定規模以上の組織が前提になっていて、実際に行われていることとかなりギャップがあるように感じるからです。
 でも、それがちゃんと成果につながっているならば、宣言どおりでないことが問題というわけではなく、宣言当初とはやや違う動きが生じていると捉えてもよいのではないか。

 また、先に書いた社会の構造変化についても、「デザイン経営」宣言には何ら触れられておらず、逆に「デザイン経営」宣言のそもそもの目的は、日本の産業「競争力」を強化するための、競争社会を前提とした提言です。

経済産業省・特許庁 「デザイン経営」宣言 p.1より引用

 なんだかよくわからなくなってきましたが、自分が見る限り中小企業についてはちょっと違う側面が強くなっているように感じるし、そもそも宣言の主体である特許庁さんがデザイン経営プロジェクトの一つとして推進しているI-OPENは、明らかに「競争社会」ではなく「共創社会」を志向しているように見受けられます。
 こういった宣言後に生じている動きを考えると、大企業はともかく、中小企業に関しては「デザイン経営」の意味やそれが果たす役割は変化しており、その起点となった「デザイン経営」宣言は、「メソッド」の提案というより、これからの時代の企業のあり方に対する「問いかけ」として作用しているというのが実態ではないでしょうか。

 そして、宣言の後に起こっている実態は、それぞれの企業がデザイン経営という「メソッド」を取り入れるというより、デザイン経営という「運動」の広がりと捉えるほうが、何かしっくりくるようにも思います。

デザイン経営は「メソッド」でなく「運動」?

 デザイン経営を「メソッド」と捉えるなら、企業にとっては学びの対象であり、推進者はマニュアルやガイドブックを作成し、セミナーを開催してメソッドを教示することになります。
 ところが、デザイン経営を「運動」と捉えるなら、それは学びではなく参加の対象です。「共創社会」的な構造下における企業のあり方の模索、ひいては社会のあり方を変革する動きに対して、学ぶか否かではなく、参加するか否か
 マトリックス風に言えば「赤いカプセル、飲みますか?」という話ですね。

赤いカプセル、飲みますか?

 学ぶものではなく参加するものであるならば、「よくわからない」状態を解消するためには、方法論に拘泥せずその思想を明確に伝えることを重視し、できるだけ多くの参加の場を設けていくことです。
 「デザイン経営」というキーワードをきっかけに、新しい時代に即した中小企業の変革を促進していくためには、そういう方向での取り組みが必要ではないかと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?