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ミレイ「古来比類なき甘美な瞳」と英詩

 日本語の形容詞にも、最上級の活用があればいいのに。

 ないが故に、”sweetest eyes were ever seen" というシンプルにして孤高の一節が、「古来比類なき甘美な瞳」という大層な表現になってしまうのだ。

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 「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」展に行きました。最も目を奪われた、ジョン・エヴァレット・ミレイによる作品「古来比類なき甘美な瞳」を深掘りしてみたので、そこで出会った詩について書きたいと思います。


絵画「古来比類なき甘美な瞳」

 実物を見るまで死ねない絵画ナンバーワンにジョン・エヴァレット・ミレイのとある作品を掲げる私は、今回の展覧会、非常に上がっておりました。
 そして、実際にミレイの絵画を前にして、胸が高鳴りました。絶対に手が届かないと思っていた憧れのトップスターに会った気分。
 会ったことないけど。

ジョン・エヴァレット・ミレイ「古来比類なき甘美な瞳」


 「古来比類なき甘美な瞳」

 か弱いようで、芯がある。
 穏やかなようで、力強い。
 夢見ているようで、未来を見据えている。

 そんな瞳でした。
 何時間でも見ていたいと思いました。ポストカードを買ったけれど、実際の瞳の麗しさは失われていました。いつかまた、巡り会いたくて会いたくて震えます。


 冒頭で、「古来比類なき甘美な瞳」という邦題に不満があるような書き方をしてしまいましたが、これはこれで滅茶苦茶ステキだと思っています。この上ない賛辞が、上品に、濃密に言い表されていて。
 でも、原題の "Sweetest eyes were ever seen" と見比べたときに、些か仰々しすぎるのでは、と、驚いたのも事実。いや分かる、分かるよ?最上級に凝縮された、この上ない感嘆の心を表現しようと思ったらこれくらいしたくなるよね、最上級形がない日本語が悪いんだよね。…え、ほんとにない?なんか最近聞くよ?「「「さいかわ」」」すなわち、「史上最カワな瞳」…ボツ。

 とか一瞬間に色々考えましたが、そういうことですよね。言語ごとの良さがあるんですよね。翻訳って難しいですね。


詩人 エリザベス・バレット・ブラウニング

 この絵画を縁として出会った詩というのは、タイトルの引用元となった「カタリーナからカモンイスへ」です。

 詩の作者は、19世紀イギリス生まれの女性詩人エリザベス・バレット・ブラウニング。16世紀のポルトガル詩人カモンイスが、恋人カタリーナに寄せた抒情詩を元にしているそうで、恋人の瞳を賛美したリフレイン、"sweetest eyes were ever seen"(「古来比類なき甘美な瞳」)を取り入れつつ、カモンイス不在の間に死に瀕したカタリーナの心を詠んでいます。(大元のポルトガル詩には当たれませんでした。)

 ちょっと複雑ですね。

 例えば、私が詩人だとして、在原業平に向けた愛の詩を藤原高子になりきって詠んでいるようなものです。「あなたは、露と答えて消えなましものをって詠ってくれたわよね」って。そして後代、「露と答えて」が誰かの絵画のタイトルになって、"saying is dew" とかって訳されてスコットランドで展示されるんです。

 浪漫!


詩「カタリーナからカモンイスへ」

 「カタリーナからカモンイスへ」は、19編の詩から成る長詩です。長いので、最初と最後の2編だけ紹介します。
 後述の書を参考にしながら、訳詩も試みました。

ON the door you will not enter
 I have gazed too long: adieu!
Hope withdraws her "peradventure";
 Death is near me,—and not you!
  Come, O lover,
  Close and cover
These poor eyes you called, I ween,
"Sweetest eyes were ever seen!"
("Catarina to Camoens" I, Elizabeth Barrett Browning)

(訳詩)
あなたが現れることのない戸口
私はずっと見つめている

さようなら

希望は「ひょっとして」を捨て去った
死は私の側にある
あなたは側にいないのに

帰って来て
そして瞑らせて

この憐れな瞳、
あなたが歌に詠んでくださった
「古来比類なき甘美な瞳」を。


I will look out to his future;
 I will bless it till it shine.
Should he ever be a suitor
 Unto sweeter eyes than mine,
  Sunshine gild them,
  Angels shield them,
Whatsoever eyes terrene
Be the sweetest HIS have seen.
("Catarina to Camoens" XIX)

(訳詩)
誓いましょう

彼の未来を見守ることを
光り輝くまで祝福することを

もし万が一、彼が再び
甘美な瞳に恋したならば

太陽はその目を照らしなさい
天使はその目をお守りなさい

地上のいかなる瞳でも
それが彼の眼にした
最も「甘美な瞳」でありますように。


 1番の "Come, O lover / Close and cover" という隙のない完璧な韻と、 "cover" の持つ柔らかく暖かいイメージとの調和。
 運命を嘆くだけかと思いきや、ラスト19番で見せる、 "I will…" と彼の幸せを願うしたたかさ。
 彼が自分のためにくれた賛辞 "sweetest eyes" を、見知らぬ女性に捧げるたおやかさ。

 「甘美」が散りばめられた詩でした。


おわりに

 さて、ひとしきり詩に浸った後、ミレイの絵画に舞い戻って見ると、あれ、こんなんだったっけ、と拍子抜けしました。がっかりしたわけではなくて、脆く美しいカタリーナと、静かな意志に満ちた絵の中の少女と、"sweet" の種類が違うような気がしたのです。
 ミレイはきっとタイトルを借りただけであって、モデルにしたのではないのでしょうね。と、私は思いましたが、絵と詩を鑑賞した他の方はどう感じるのでしょう。


(参考)
・桂文子『エリザベス・バレット・ブラウンング詩集』(丸善出版・2020年)
・原詩:https://www.bartleby.com/library/poem/941.html

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