「写真集を読む」第三回|ダイアン・アーバス『An Aperture Monograph』
写真を撮らない人にとってはよく分からないタイトルかもしれない。
でももしかしたらこの一葉は、似たものを見たことがあるかもしれない。
ダイアン・アーバスの写真を見て、私は「人間は人間をどのように見ているのか」という問いを投げかけられ、そして自分の持つ差別的な目線に気づき戦慄したのです。
今回はそんな一冊をご紹介。
ダイアン・アーバスについて
ニューヨーク出身の女性写真家。
ファッション写真の世界で活躍したのち、フリークスと呼ばれる人々を中心に撮影、その果てに精神的な失調をきたし自らの手で生涯を終えます。
代表作である<Identical Twins, Roselle, New Jersey, 1967>はそのメッセージ性から、スタンリー・キューブリックの映画『シャイニング』のイメージとして利用されるなどしています。
かの有名な、廊下にたたずむ双子ですね。
An Aperture Monograph
アーバスがフリークスの人々を撮影した写真が納められた一冊。
一葉一葉に注釈は特になく、タイトルからどのような人なのかを推測するほかない、というものになっています。
構成としては非常にシンプル、ポートレートの範疇に含まれる作品群でしょう。
不気味さとその正体
この写真集を見ていくと、底知れぬ不気味さを覚えます。
身体的・精神的な障害を抱えた人。
薬物中毒に陥り様子がおかしい人。
全裸の人。
言うなれば「平均的な人」がいないのです。
何かしら強烈な個性というか、そういったものを持っている。
御幣を恐れずに言うなら「普通じゃない」光景がただ並んでいます。
底知れぬ不気味さはどこから来るのだろうと思慮すると。
つまるところ自分自身の中にある差別的な目線に起因していると気づくのです。
私は無意識のうちに「普通の人」と「そうでない人」を識別し、勝手に恐怖を覚えているのです。
そこにあるのは、写真そのものも、鑑賞者である私自身も、美しくないものでした。
美しくない写真
ヴォルター・ベンヤミンは著書『写真小史』にて、写真について「カメラは、いまやアパートでもごみの山でも、写真に撮れば必ず美化してしまうようになった」と論じています。
美しいから撮られるし、撮られた以上美しいものであると展開できる論です。
しかしアーバスによって撮られたフリークスの人々は、ありのままで、まったく美化されることなく、在るがままを写されています。
私が見る限り”美しくは表現されていない”、強く言うなら美しくない写真になっています。
少々飛躍しますが。
アーバスが撮った人物たちは、みな「我々がアンタッチャブルな存在として退けてきた存在」なのではないでしょうか。
フリークスを美しくないという通底した価値観を作り上げ、見てはいけないもののように感じてしまう。
そんな鑑賞者の内面にメッセージを問いかける意図を見てとれます。
”普通の人”などいない
一冊通してみてみると、誰が健常者で、誰が障碍者なのかという境界があいまいになってきます。
一見健常者に見えても、何か抱えているのかもしれない。
一見障碍者のように見えても、もしかしたら障害を障害と思っていないかもしれない。
そうしたとき、この一冊どころかこの世界のどこにも”普通の人”と呼べる存在がいないのではという考えに至るのです。
もしいるとしたら欠点が一切ない全知全能の存在、つまり一神教における神のような存在しか考えられません。
我々は平等に美しくない存在であり、また平等に美しい存在なのだと、そう問いかけられている錯覚に陥ります。
かく言う私も”普通”になりたいと願う人間の一人です。
完璧主義と一般に言われるでしょうか、いやもっとたちが悪い「不完全嫌悪」という性癖(※)の持ち主です。
自分に欠点があることが許せない、欠点がある私など誰からも愛されない、欠点のない完璧な存在でなければ見放されてしまう、ともがき苦しむ獣なのです。
しかしどうでしょう。
もし私がこの一冊に掲載されたら。
あたかも完璧であるような著名人を並べたら。
そこに”普通”の境界線を引くことはできるでしょうか、いやできません。
その人が普通か否か、自分が普通か否かを考えること自体が無意味であり、必要なのは存在そのものを自然に受け入れること。
英文は読めませんでしたが、写真だけでもそういったメッセージを読み取りました。
※生まれつきのクセの意味、えっちな方じゃないよ
まとめ
後からいろいろ調べていくうちに、内包されたメッセージに圧倒されていくような一冊でした。
あくまで行間を読んだ記事になりましたが、それでも行間を読むことが苦手な私でさえここまで考えさせられるのですから。
写真集が奥が深い。
そして改めて自分自身に対する認識を見直す必要にも気づかされました。
自己愛の獲得をゴールにいろいろ活動をしているわけですが、まだまだ道のりは遠そう。
伸びしろですね。
どの一冊にするかほんと悩んでしまう本連載。
次回は最終稿に向けたジャブを入れたいなと。
ちょっとセンシティブなやつ。
お楽しみに。
それでは
参考
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