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今までの人生108(私のうつ病と左指のオペ4)

全身麻酔のアナフィラキシーショックを起こし
死にそうになったにもかかわらず
食欲はあった(笑)

食事の写メは常に撮り
母のLINEに送っていた。

薄味でとお願いしたけどなかなか私には
やっぱり濃い味だわぁ

と送ると

お母さんの入院の時よりずっと美味しそうだわぁ
ちゃんと食べるんだよ〜

などとやり取りしてのんびりしていた。

昼食も終わり片付けが終わった頃
主治医がやってきた。

痛みはどうですか?
まだ麻酔が残ってるから今は痛さを
感じないかもしれませんが
夜に麻酔が切れてくると激痛が襲ってくるかも
しれないので・・・
その時はすぐ看護師を呼んで下さいね!

あと麻酔科医からも説明があったと思いますが
オペ中に血圧が下がってなかなか上がらなく
顔が真っ赤に腫れてきて・・・

麻酔医と同じ説明をされた。

翌日退院だが診察は無い。
1週間後の予約を取りそのまま帰宅するだけだ。

夜中に激痛・・・

と聞かされ不安が襲う。
主治医はいつも明るく普通に話してても
元気を貰えるタイプの人だったので

極端に言ってるんだろうなぁ・・・

と思うようにしていたが頓服は飲んだ。

何もすることも無く
点滴で動くこともままならない。

当時仲良くなった仲間のある男性と
直接LINEでのやり取りを初めて3ヶ月。
オペ後の点滴と包帯ぐるぐる巻きの左手の写メを
無事終了!生きてます!夜中に激痛かもだって。
と送信した。

退院して少し指の調子が良くなったら
ご飯でも行こうよ!

と誘われたが市内ではなかったため
そう簡単にも会えないだろうと思い
機会があればね〜
とはぐらかしていた。

夕食が運ばれてくる前に足の点滴が終わり
腕の点滴とバルーンは邪魔だったが
看護師を頼らなくても動けることが
爽快だった。

セルフでお水とお茶が飲めたので
タッパーボトルにお茶を入れに行き
夕食を待ち
食べる前に写メを撮って
母に送信し少しLINEで会話をした後
食べ始めた。

う〜ん やっぱり私には味が濃ゆい
亡くなった父が濃い味好みだったので
父似の私は無意識に
塩分控えめ!
に、どんどんなっていたのだ。

食後にうつ病の薬を飲み横になる。
夜中に激痛・・・
骨を削ってるのだから多分激痛だろうなぁ・・・

と不安になりながら就寝時間がやってくる。
持参した眠剤と看護師が痛み止め
持ってきてくれた。

いやこれは絶対痛みが来るんだろうな・・・
もう気になりすぎて眠れる気が全くしなかった。


今日はここまで

最近、中途覚醒はあるものの
何とか6時におきられるようになってきている
自分に気分がいい(笑)
散歩は今は時間を決めず一日のどこかで
1回は外出し小一時間は歩くように
心がける程度だ。
今日はこれから美容室。
2ヶ月に1回の贅沢!

30代後半でうつ病になり、 病気になった原因や、 51歳を機に第二の人生を歩もうと未来を望むことを決めた、 これからのことを綴っていきたいと思います。