見出し画像

今までの人生83(私のうつ病と伯母の認知症15)

やっと伯母友の誘惑からも逃れられ
伯母は私の実家に顔を出すようになり
いいことなのだか・・・
母はなかなか疲れるよ(汗)
とたまに私に電話してきて愚痴をこぼしていた。
・・・
・・・
・・・
だがそんな穏やかな日々は
少しづつ崩れていく・・・

伯母が椅子から立ち上がる時
腰というか臀部というか
そのあたりがなんか痛いんだよね・・・
と言いながら母宅から帰宅するようになった
ある日・・・

従姉が仕事から帰宅すると伯母はソファに横になり
ここが痛いの撫でて(泣)
と従姉にせがむようになっていた。

デイサービスで運動などもしているせいなのか
筋肉痛なのかな?
とその時は撫でてあげると楽になり
翌日はデイサービスに行った。

デイサービスから帰宅する時間
従姉はすでに仕事から帰宅している。
送って来てくれた運転手から
腰のあたりが痛いと言って手を貸さないと
歩けない時があったので病院に行ってみたほうが
いいと助言されたらしい。

伯母はまた従姉に痛いところをさすってもらい
痛くなくなると普通に活動し
お風呂も1人で入れていたようだ。

夕方に従姉が寝るとき
伯母も一緒に床につく。
しばらくすると
伯母は痛がりはじめ
従姉は自分が仕事に行くまで寝ずに
痛い部分をさすってあげていた。

翌日はデイサービスお休みなので
ゆっくり過ごすように!
と、ホワイトボードに書き
伯母に伝え従姉は仕事に向かった。

私はちょうど実家訪問の日で
昼には実家に到着していた。

すると従姉が仕事から帰宅してすぐ
電話がかかって来た。

従姉「○○(私)今実家に来てる?
   来てるならちょっと来て欲しいんだけど。」
私 「今日来たところだよ。今から行くね。」

従姉の声は焦っていた。
私は母に説明し、一人急いで従姉宅へ向かった。

伯母はソファの端に倒れこむようにように
うずくまっていた。
数日前から腰から臀部にかけて痛がって
ずっとさすってくれって言うんだけど
さすってると痛みが止むみたいなんだよね。

私は口には出さなかったが

えっ?そんな数日前から痛がってたのに
なぜ病院に連れて行かないの?


とものすごく不思議だった。

従姉は自分自身が病院嫌いで
ほとんど病院にかかったことがなく
どこの病院に行くのがいいとか
手続き等が苦手で
自分では判断できなかったそう・・・

母にでも言ってくれてたらよかったのに・・・
と思いながら
私は近くの大きな病院で整形外科のあるところを
探しすぐに電話した。

「整形の受診は今日はオペの日でお休みなので
 早くて○日の予約になります。」


2日後だが仕方がないその日に予約を入れた。
従姉は仕事を休み
伯母はデイサービスを休んで
予約日に伯母と従姉と母と私の4人で
大きな病院の整形外科に初診で行った。

初診の手続きは
用紙にいろいろ個人情報や症状など
記入しなければならない。
そうゆうことが従姉は嫌いなのだ。

嫌いだといっても自分の親の事だ。
やってもらうしかない。
私は従姉の書類記入に付き添い
母は伯母を支えて座って待っていた。

今度は何が起こっているのだ・・・
うつ病と戦いながら
母や伯母や従姉の心配をしなくてはならない日々。

予約時間も遅かったのだが
認知症の伯母の検査には時間がかかり
受付窓口も締まったころ
やっと結果が出た。


今日はここまで


昨夜から振り続けた雪で積もった量は少なかったが
少し暖かいため足場が悪く歩くだけで疲れる。
歩道は人とすれ違う度、譲り合う状態。
いつも通り早めにメンクリに到着。
手帳の申請用紙を提出し、上手く行けば
2週間後には完了の予定。
朝の起き辛さを相談し、眠剤の2種類の飲み方を
1週間事に変更し、その結果で
また考えることになった。
復職に向け真剣に向き合ってくれる先生です。

30代後半でうつ病になり、 病気になった原因や、 51歳を機に第二の人生を歩もうと未来を望むことを決めた、 これからのことを綴っていきたいと思います。