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鎌田浩毅「富士山噴火と南海トラフ」

富士山が休火山であって、鹿児島の桜島のように噴煙をあげてもおかしくないことは常識として誰でも知っていることだと思うし、地質学的時間を考えればなんども噴火してきたことや最近では江戸時代の1707年に大きな噴火があったことも、ほとんどの人が知っていることだと思う。

もし、今、富士山が噴火したらとんでもないことになる。どれほどとんでもないことになるのか、鎌田浩毅「富士山噴火と南海トラフ」を読んでみた。

本書を読んだおかげで次のようなことが理解できた。

・富士山が富士山がいつ噴火してもおかしくない「スタンバイ状態」に入ったと考えられる
・南海トラフ巨大地震(東海・東南海・南海地震)と連動して噴火が起こる可能性が高い
・それは2040年までにはかなりの高い確率で発生するだろうと考えられる
・富士山は「噴火のデパート」と言われるくらい多様な噴火様式を過去に起こしており、噴火した場合には首都に甚大な被害を及ぼすことが必至
・噴火によって被害をもたらすものは6種類にわけられること、すなわち、火山灰、溶岩流、噴石と火山弾、火砕流と火砕サージ、泥流、山体崩壊
・それぞれの発生するメカニズムと、それによってどんな災害がどのくらいの範囲に起こりえるのか
・ハザードマップと観測体制を中心とした防災活動

などなど、セントへレンズ火山などの他の火山の噴火の例とともに、火山についてのさまざまな地球科学の研究成果も基礎的なところが理解できる。

そして、「どれだけ科学技術が発達しても、火山の吹き出す膨大なエネルギーの前には、人間はただ逃げることしかできない ( あとがき p.306)」ことが納得でき、私たちは、もっと関心を持ってもっと知ること考え、備えておくことが必要だと痛感させられた。

私は、地震や富士山噴火に対して、これまでそれほど高い意識を持っていなかったし、妻からはいろいろ言われているものの、備えもまったくもって不十分だ。

10年以上前、地域の防災に関わっていたときの話を思い出した。1年に1日、家庭で防災の日を決めて、その日は災害が起こったと想定して、避難場所の確認や連絡の方法の確認、そして、その日の食事は、備えの水や非常食を食べて防災について意識を高める。こうすることで備えが十分かどうかも点検できる。そして、非常食や備えは新しいものに入れ替える。もちろん、いつでもいいのだが、1月17日とか3月11日などがよいだろう。

2019年4月27日 新幹線の車窓から

もちろん、富士山噴火などの災害に対して行政が何もしていないわけではない。富士山に限らず、他の火山に対しても、地震計や監視カメラ、GNSS (GPSなどの総称) を使った測量装置、傾斜計、空振計、といった観測機器を周囲の複数個所に設置し常時観測されている。今回本書を読んで、少し調べてみて初めて知ることができた。たとえば気象庁のサイトをチェックすれば確認できる。

気象庁 火山観測データhttps://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/open-data/data_index.html

富士山の火山観測データhttps://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/open-data/open-data.php?id=314

富士山 観測点配置図https://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/314_Fujisan/314_Obs_points.html

2020年の年末は、富士山山頂はほとんど冠雪していなかった。このとき、SNSには「富士山噴火の前兆か」と少し騒ぎになっていたが、公式には特に大きな問題にならなかったのは、このように噴火の前兆をとらえる体制ができているからである。

地域のハザードマップや防災関連の情報を日頃からチェックしておくことも大事だ。例えば、山梨県の富士山ハザードマップは参考になる。

山梨県/富士山ハザードマップ(令和3年3月改定) (pref.yamanashi.jp)

2020年12月25日 新幹線の車窓から

噴火は地震とちがって、事前に予測ができそうである。数週間、あるいは1か月といった災害対策の時間はとれる。ただ、正確にいつ、どれほどの規模か、はやはりわからない。いかにももっともらしい「いつごろ富士山が噴火する」という風評が流れてきても信用しないことだ。断定している情報ほど怪しむ必要があるだろう。一方でデータに基づいた専門家の警告には十分に注意する必要がある。

2022年1月14日 新横浜

現代の科学でまだ十分に解明されていないことがあるのはあたりまえだ。だから想定外の現象を観測することもある。しかし、それによって、地球科学や火山学がさらに深くなり、災害に対する備えも充実していくことも事実だ。

そういえば、先月、1月15日の午後にトンガの海底火山が噴火し、日本にも想定外の津波が来てけっこう騒ぎになった。津波の緊急速報で、特に真夜中に20回もアラートを受けた神奈川県在住の方、しかもそのなかでも大学受験生は怒り心頭の方も多かったことだろう。とはいえ、そんなことよりも、現地の方々は大変な状況だと聞いている。

最近、NHKで詳しく解説が出ていた。

東京大学の藤井名誉教授の推定によば、噴出量が数立方km から10立方km程度ということでフィリピンのピナツボの噴火に匹敵するかやや小さい程度ということだ。噴煙の広がりや大きさは海水によるものもあったのでは、ということだが、カルデラ陥没という規模なのでやはり数十年に1回の規模の噴火ということらしい。気になる気象への影響はまだまだこれから明らかになってくるだろう。

今回、本書「富士山噴火と南海トラフ」を読んで、このような記事を読んだときに内容の理解が深まり、それによって、遠くのできごととしてではなく、私たちにも起こりえることとして受けとれるようになった。

まさしく「知は力なり」。よりよく生きるために知ることは大事だと改めて思った。

本書は2部構成になっていて、1部が噴火とはどのような現象なのか、噴出物のそれぞれ、すなわち火山灰、溶岩流、噴石と火山弾、火砕流と火砕サージ、泥流について、それぞれ一章づつ、五章を費やして基礎知識が解説される。また第二部では富士山の成り立ちと、東日本大震災の日本列島や富士山への影響、そして、過去の東海・東南海・南海地震との関連も述べ、近い将来に起こるであろう災害について6章から10章までに、メカニズムも明らかにしながらわかりやすく説明されている。

そして、最後の11章は富士山の魅力について、あるいは火山の魅力と恩恵について述べている。ただ災害の話だけでなく、火山の恵みについて紹介しているのには理由があると著者は述べる。

 人間は危険や恐怖を感じる話をインプットされると、忘れようとする心理が働く。だから怖い話だけをしても、防災教育としては成果が上がらないである。にもかかわらず、「脅しの防災」ともいうべき教育手法が長年続けられた結果、噴火についての話は一般の人々には避けられてしまうようになったのだ。
 もちろん、火山にはいったん噴火が始まれば生命と財産が奪われるという側面がある。しかし、決してそれだけが火山のすべてではなく、長い目で見れば、平で豊な土地と生産物という恵も人間にもたらしてくれたーこうした話を加えると、人々が火山の噴火に関心を持って話を聞くようになるという傾向があるのだ。
(中略)
つまり、災害が起きている期間は、起きていない期間に比べ、はるかに短い。それが過ぎれば、ふたたび長いあいだ、恩恵を受けることができる。ここには「災害は短く、恵みは長い」という法則を見出すことができる。

富士山噴火と南海トラフ p.301

学問の研究ということだけでなく、防災活動に深くかかわり、出版物も多い著者ならではの視点だろう。「災害は短く、恵みは長い」とは、目からうろこの視点だと思った。

2014年11月15日 新幹線の車窓から

また、現在のような富士山の美しい形がどのように作られてきたかも興味深かった。今の富士山の南に愛鷹火山がある。まず、数十万年前にその愛鷹火山よりも低い先小御岳火山が北側にでき、その上に小御岳火山が形成される。さらに10万年前から1万年前までの活発な火山活動による噴出物が積もることで、ほぼ今の富士山の位置に円錐形の成層火山の形をした古富士火山ができる。

このときに関東の広い範囲に厚く積もったテフラ(火山灰とスコリア(黒い軽石))によって関東ローム層が形成されるのだ。首都圏に住んでいるとおなじみの赤土だ。

そして1万1千年前から現代にいたるまで、新富士火山として、さまざまな噴火様式で噴火を繰り返し、テフラだけでなく、大量に噴出された溶岩や噴石によって、積み上がり浸食され、今の形ができあがっていたという。そして、その激しい活動のなかでは山体崩壊までもあったということだ。

1万1千年前から現代までの新富士火山の活動は、噴出される溶岩の性質や噴火の形態によって、5つのステージにわけられるという。ステージ5が2200年前から現代で、この間だけでも、少なくとも42回も噴火があったのだそうだ。

東北地方太平洋沖地震によって新たな活動期に入り、それは、ひょっとしたらステージ6と言える新たな性質のものになるかもしれない、と著者は指摘する。

宝永の噴火から300年以上も沈黙しているわけだし、私たち日本人は富士山の美しい形を愛で、霊山としてあがめ、心のよりどころのように思ってきた。しかし、富士山の形は永遠に今の形をとどめるわけではない。必ず起こるという次の爆発の際には山体を大きく崩すかもしれないし、次では形を保ったとしても数万年というスケールで見たときには確実に形は大きく変わっていることは間違いない。

2020年1月5日 新幹線の車窓から

数万年前というスケールで見たときに、気候変動によるだけでも日本列島はかなり形が違うことだろう。久しぶりに「氷河期の日本」を検索して確かめてしまった。また、本書によれば、「巨大噴火は2万9000年前に鹿児島湾で起きている。12万年前から現在までの間に、日本では18回ほどこうした激甚火山災害が起きていることがすでにわかっている。(p.304)」ということだ。

さらに言えば、数千万年ー数億年単位の地質学的年代を考えたら大陸も島も動くし、くっついたり離れたり、もぐりこんだりする。数千万年後にはハワイ島が日本に近づいてきて日本列島の下に潜り込んでいくのだ。

そして、数十億年天文学的年代を考えると、地球そのものが太陽に飲みこまれ、さらには、いずれ宇宙全体が収縮して無限の高温になるか、広がり続けて絶対零度まで冷え続けるか、という壮大なドラマも考えられる。それは必然、と今では考えられているわけだ。人類にそれを検証するすべはない。

富士山は比較的新しく生まれた山であり、たまたま私たちはその美しい姿を愛でる偶然に恵まれたわけだが、考えればはかないものである。

とはいえ、私たちが私たちの人生を生きていることは間違いない。

もしこれから先、政治も経済もどんどん落ち目になった状況に陥ったとして、M9.1の南海トラフ地震で 3.11 を10倍も上回るような打撃を受け、そして、連動して富士山が爆発してさらに被害が大きくなり、そして富士山の形が変わってしまったら、どうだろう。もし、それが2035年なら私は70歳前である。今よりぐっと体力も落ち無力感も大きいことだろう。

著者は、我々の祖先も経験してきたことだとして、本書の最後のほうで次のように述べる。

 こうした一見、絶望的に思える変動帯・日本列島に暮らしていても、われわれの祖先は死に絶えることなく、現在まで発展を続けてきた。いわば、巨大地震と巨大噴火の中で生き抜くDNAを持っているとも考えられるだろう。

富士山噴火と南海トラフ p.304

DNAはともかく、私たちは一時的にはがっかりするだろうけれども、きっと立ち直ることだろう。

正しい知識を身につけ、リスクを正しく認識し、準備をしっかりとしていくことが大事だろう。まだまだ知らないことも多い。明日死ぬかのように生き、永遠に生きるかのように学べ。

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