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自律と自己組織化による経営:Ricardo Semler "The Seven Day Weekend”

「だって、みんな大人でしょ。」ということが100%前提になる会社。そもそも会社って何のためにあるんだっけ?何のために私たちは働いているんだっけ?そんなことを考えるにはよい本だ。

Semco というブラジルの会社を知っているだろうか? 

CEO (*1) の Ricardo Semler が書いた "The Seven-Day Weekend"は 2004年出版の本で、3年半前くらいに読んだ本だが、これには当時大きな衝撃を受けたし、今年になって改めて読み返してみてやはり驚きだ。こんな会社がありえるのだ、と。毎日がウィークエンド。従業員の従業員による従業員のための会社。

-いやいや、これからはそんなふうに組織を作る時代だよな、 階層をなくして Flat Organization をつくり、Respect, Trust, Mindfulness を社是にし、そしてAutonomy で 個人個人の価値観と生活に合わせた働き方を実践できる環境を整え、Employee Engagement を最高に引き出すことで、Employee Satisfaction を満たし、productivity を劇的に向上、それが innovation による会社の leap! の key factor なんだよね、と言う人がいるかもしれない。

以前にもまして、経営環境が複雑になり、変化が速く、先の予測をたてられない、VUCAの時代と言われてきた。そして今年になってCOVID-19によってリモートワークをベースにした働き方に改革を余儀なくされた。そんななかでティール組織とか、働き方改革、自律分散型組織とか、いろいろ議論が沸騰してはいる。しかし、Semco のこの話を読んでしまうと、なんていうかな、そういったこと全てが、小手先の色付けくらいにしか見えなくなってしまう。

ちょっと引用してみよう。

Semco has no official structure. It has no organizational chart. There's no business plan or company strategy, no two-year or five-year plan, no goal or mission statement, no long-term budget. The company often does not have a fixed CEO. There are no vice presidents or chief officers for information technology or operations. There are no standards or practices. There's no human resources department. There are no career plans, no job descriptions or employee contracts. No one approves reports or expense accounts. Supervision or monitoring of workers is rare indeed. p.7
Semco は決まった組織を持たない。組織図はない。事業計画も戦略も持たないし、5年計画や2年計画も持たない。経営理念も達成目標もなければ、長期展望予算も持たない。Semco には決まったCEOはいない。副社長もなければ、CIOもCOOもいない。業務標準もなければ過去事例もない。人事部門もない。キャリア・プランもなければ、業務規定も雇用契約もない。報告も経費請求も承認者はいない。従業員の管理監督は、ほぼ、されない。

経営理念も長期ビジョンもなければ、事業計画は半年先までしかなく、どんな事業がどれだけ展開されているのか、CEOさえ全容をつかめない。企業の目的は金儲けでも成長でも存続でもない、と言い切り、それを問い続けるのが大事なのだ、という会社。組織図がない。人事部もないというのだ。したがって業務フローもない。だからしてレギュレーションはない。給料は従業員一人一人それぞれが自分で決める(*2)。個人の給料までも情報は100%オープンだ。100% 自社都合の具合の悪い情報だってお客様にぶちまける。

みんないい大人なんだから、子供扱いする必要はなく、管理監督は必要はない。むしろ、管理監督など、してはいけない。

そこまで徹底できるだろうか。

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何しろ、人事がないのだ。戦略も組織図もないということは予算配分もない、ということだろう。

たいていの会社では次のようなロジックで運用しているのではないだろうか。会社の短期戦術として重点分野は A事業部だから、A事業部にはたっぷりの予算を割り当ててエース人材を投入する、長期展望で重点となるB事業部には、来年のステップ達成のための最低限の研究開発予算とその道のエキスパートを継続して数人わりあて、戦略的に事業をたたむ予定のC事業部は、人材配置は必要とされる実行能力の 10% しか割り当てない(*3)、予算は人件費のみ活動費は認めない、とする。

そのようなことが、Semco ではない、ということだ。

つまり、こういうことだ。やりたいことは自分たちでどんどん手を挙げてやったらいい、手を挙げて自分たちで工場を閉鎖したってもかまわない、必要な経費は自分たちで稼げばよい、拠点なんて自分たちで作ればいいし、人が必要だったら集めたら?・・・だって君たちみんな一人前の大人でしょ。

「Semco では、その人が何をしているか、がすべてで、誰を管理しているか誰に管理されているか、つまりは「肩書」は関係ない。」という。言い切るだけではなく実行しているのだ。

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閑話休題。

本書を読んで改めて気付かされたのは、確かに、情報の流れを制御した時点で、そこに情報の非対称性が生まれ、その時点でヒエラルキー・階層とポリティクス・政治が発生する、ということだ。「階層をなくしたシンプルなオペレーションで、部門間の垣根をなくし、誰でも社長にモノ申せるフラットな組織」などと、どんなにきれいごとを言ってもだ。

思えば、社内の行政の要は情報統制だ。そして会社生活は情報戦だ。そこに長けてなければ会社の中で生き延びるのは難しい。例えば、他の人の知らない重要な情報を握っていて、しかも最新の情報を常にもっている。そのための自分だけの信頼できる情報網を築いている。そういう人は上司からも部下からも、関係他部署のキーマンからも、お客様からも重宝され、仕事がスムースに進み成果が出る。成果が出るところに人と情報が集まる。好循環だ。

だから、社員全員が全ての情報を共有できるシステムを導入するといったら、表向きは皆賛成だが、心のなかではほぼ全員が反対するだろう。そして、どこかで「自分だけで持っている情報」を創り出してシステムを台無しにするだろう。

BCCを入れてメールを打つ人たち、BCCで入ってくる情報を、極秘情報とばかりに大事に見て喜んでいる人たち、反省するべし。

私は、昔も今も、いっさいBCCは使わない。

すべての情報をオープンにすることに抵抗があるのは、情報の非対称性が力の源になるからだ。だが、それだから、個人や部門にとって最適な判断が、会社全体にとっての最適な判断にならないことはままあるし、正しい判断を妨げ、時には不正の温床となり、ひいては会社が傾くもととなる。何か問題が起こって原因を調査すれば、「根本原因は部門間の情報の共有ができていなかったことであって、これからは部門間の垣根をなくし、云々」などという振り返りは、よく見かけることだろう。

対策を打とうが打つまいが、根本の考え方を変えない限りは、いつまでたっても、問題は必ず残る。発生する問題の程度が変わったり問題の起こる場所が変わるかもしれないが。

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そういえば、日本でも副業禁止を解く会社が出てきたし、だいぶん前から実践してきた人もいるだろう。セムコも副業はOKだ。どんな様子か、ちょっと引用してみよう。

They're all free to work for other companies, although many don't have the time or the desire to do so. They are also free to work for our competitors, and a few do. After all, if we cannot trust someone to be ethical and decide what information is confidential, we shouldn't be hiring them in the first place. p.178
従業員の誰でも他社で働くことはできる。もっとも、多くはそんな時間がなかったりそんな気がないのだが。また、従業員の誰だって、競合他社で働くことだってできるし、実際に競合で働いている人もいる。つまるところ、どの情報が機密であるかも判断できない、とか、倫理に従って行動できない、など、そんな信用できない人物なら、私たちは、はなから採用してはいけないのだ。

コンペチで副業したってかまわない・・・ここまでするのか。

自律分散型の組織に転換、とか、ダイバーシティの重視とか、従業員の個々のスタイルに合わせた働き方、を標ぼうして、もし、それに忠実に実行するならば、ここまでいくはずだ。

Semco では、工場の組み立てラインにもフレックスタイムを導入しているそうだ。導入の際には「さすがにそれは無理だろう」という声も大きかったらしい。「なぜ?」と聞き返すと、「そんなの当たり前じゃないか」という答えが返ってきたという。しかし、作業者が自分の仕事を自ら台無しにするわけないじゃないか、うまくいかないわけないだろう、と確信を持っていた。反対の声も強かったので、導入にあたって、ラインが止まったりスケジュール調整などに問題が起こったりした万が一のときのために委員会を設置して、導入当月は1日に2回、その次の2か月は1日に1回、そして、そのあとの1年間は1週間に2回、の頻度で会議を設定することにした、という。

そして、その結果、何が起こったかというと。・・・委員会は一回も開かれなかった、ということだ。

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日本の会社では、例えば、パプアニューギニア海産という会社が近いことをやっているということだ。しかし、この会社も、パートのみで正社員まではそのような働き方を適用していないようだ。また、規則を細かく作っている点は、Semco とは違うように思う。それは、もちろん、会社が目指すところが違う、というか、そのような制度を導入する目的が異なるから、ということだと思う。

なお、パプアニューギニア海産については、工場長・武藤氏が、目的・目標、働き方、そして従業員の方々への目線など、ご自身の考えを note でも積極的に発信されているので、そちらを参考にされるとよいだろう。

さて、Ricardo Semlerは、Semcoを父親から継いだときに、自身の信念から、今日の経営スタイルを導入したということである。

Within days of taking over, I fired two-thirds of my father's most senior managers outright, A risky move that I felt was necessary to quickly implement reforms without foot dragging from the entrenched executives. I then spent the next two decades questioning, challenging, and dismantling the traditional business practices at Semco. p.11
会社を引き継ぐ間に、父を支えた上級支配人の 2/3 を解雇した。たしかにリスクはあるが、自身を守りたいだけの重役たちに足を引っ張られずに必要な変革を素早く導入するためには、必要な動きだと感じたからだ。そして、その後、 Semco の事業について、問いを投げかけ、追求し、解体することに、その後の20年間を費やした。

デモクラシーを導入するのにトップダウンというのも少し不思議な気もしてしまうし、Semcoも一日にしてならず、というところは示唆的だ。それだけ、現状と理想との乖離が大きい、そして、多くの経営者や従業員にとっても、実は現状のほうが居心地がよい、という部分もあるだろう。

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さて、そんな Semco 流のやりかたで上手くものごとが回るのだろうか。

まず、序文でこう書いている。

The seven-day weekend approach is an alternative that bridges the gap between the airy theories of workplace democracy and the nitty-gritty practice of running a profitable business. I warn you, it's messy, inefficient, and hugely rewarding.
7日間が週末、という方法は、職場の民主制という理想の理論と、利益の出る事業を回すという厳しい現実とのギャップを埋める方法だ。言っておくが、統制はとれないし、効率は低い、しかし、大きな見返りがある。

もちろん、簡単にはいかないだろう。「それで問題が起こったらどうするんだ?」「改善すればいい」「それでも問題が起こったら?」「さらに改善すればよい」ということだ。

「じゃ、工場監査の対応、どうするの?」と聞きたいむきもあろう。

監査は対応しない、ということだ。また、Semcoから監査を求めることもしないということだ。そのような Semco の価値観とオペレーション、そして Semco の製品とサービスを認める会社としか取引をしないのだそうだ。

Semcoの事業領域については次のように考えているという。

First, we look for complexity, which usually means "highly engineered." ...
Second, we demand that in each of our markets, we be the premium player. ...
And third, we want a unique niche in the market, one that makes us a major player in any given industry. p.15  
1番目に、私たちは高度な技術を要求する複雑さを求める。(中略)
2番目に、それぞれの市場でプラミアムであることを求める。(中略)
3番目に、それぞれの市場のニッチで唯一の存在であることを求める。

あれ?戦略ってなかったんじゃなかったっけ?というつっこみはとにかく、利益は上がって事業は世界中に拡大しているということだ。ネットで最近の状況を調べてみたが、なかなか有効な情報はなかったが、どうやら安泰らしい。

At Semco, self-organized employee groups have discovered that they can harness extra productivity by eliminating the immense daily waste of time lost to unclear goals, adolescent-style rules, infighting and gossip, even traffic jams. p.160
はっきりしないゴールや子供扱いのルール、内部のいさかいや噂話、あるいは、交通渋滞など、日常の時間の無駄をなくすことによって、Semocoでは、自ら組織したグループにおいて、自分たちが思ってもみなかった力を結集できているのだ。

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さて、「そもそも会社って何のためにあるんだっけ?何のために私たちは働いているんだっけ?」と、冒頭に書いた。

本書は、9章からなる。1. Any Day から始まり、2. Sunday, 3. Monday ... と続き、8. Saturday のあと 9. Every Dayで終わる。1章から8章の章末に3つづつ質問が書いてある。それぞれじっくりと考えてみるとよいだろう。

1.Any Day
 Why does a workweek have five days?
 Why does a weekend have two days?
 Why nine-to-five?
2. Sunday
 Why have an office?
 Why have employees?
 Why have rules?
3. Monday
 Why do the same job year after year?
 Why not retire at age forty, go back to work at sixty?
 Why wear a wrist watch?
4. Tuesday
 Why hire the best and the brightest?
 Why are credentials so important?
 Why not hire the "wrong" candidate to see what happens?
5. Wednesday
 Why grow at all?
 Why not shrink?
 Why is money so important?
6. Thursday
 Why not admit that you screwed up?
 Why bother going to the trouble of finding out what went wrong?
 Why are financial reportts impossible to decipher?
7. Friday
 Why is uniformity desirable?
 Why do we practice age segregation?
 Why not put the fox in charge of the hen house?
8. Saturday
 Why not make attending meetings optional?
 Why have a permanent CEO?
 Why are job titles important to the customer?

そういえば、25年前の私の上司は仕事にとても厳しい人だったが、そのころ、次のようなことを言っていたことを思い出した。

君たちは、職場を離れたら仕事のことなんか全部忘れ、仕事のときはプライベートのことはなしと考えているかもしれない。でも、これからの時代は、違う。たとえば、週末にゴルフに行く。アドレス、ショット、次の作戦を考える、そんなときはゴルフに100%集中だ。しかし、移動時間や、ぼんやり順番待ちの時間もあるだろう。そんな間は仕事の課題を100%考える。自分の時間は自分で管理する。高速切り替えのマルチタスクで、プライベートも仕事も、いつでもどこでも、全てに100%全力投球、それがこれからの仕事のしかただ。

キーワードは自律だ。今さらながら、慧眼な人だと思う。やっと時代がついてきたかという感じだ。

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The Seven-day Weekend.

土日祝日に e-mail や chat, SMS が入ってくる時代なのに、なんで 水曜日の午後に映画を見に行ってはいけないのか?今回は引用が多くなった。リーダーシップ論など、まだまだ、他にもトピックはある。すべてが目を見開く話ばかりなので、キリがない。是非、手にとって読んでほしいと思う。

最後に私が気に入った一言を引用しておこう。

Make it interesting and they will come.
p.82


■References

Semco Partners
http://www.semco.com.br/en/

SEMCO STYLE Institute
https://semcostyle.jp/

奇跡の経営を実現する方法(やる気研究所)
https://www.yaruken.com/7dwkenda1/

日本語訳版
「奇跡の経営 一週間毎日が週末発想のススメ 」リカルド・セムラー (著), 岩元 貴久 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/489346941X/


■注

(*1) Chief Enzyme Officer - 組織変革を媒介する酵素、ということである。

(*2) 給料を決めるプロセスは次のようになっているとのことだ。

会社がおかれている経営環境や、競合で働く同様の仕事をしている人がどれだけ給料をもらっているかわかるように、市場調査の結果を配布している。また、会社がどれだけの販売を上げているかオープンに提示し、会社があげる利益と今後の見込みについて、議論する。そのうえで、仕事の内容やワークライフバランスについての充実度や満足度、そして、パートナーやご近所や同窓生の稼ぎ、それら鑑み、自身の給料を決めてもらう。

(*3) 実行能力があると実行してしまうので、撤退しようにも撤退できない、ということがある。重点であろうとなかろうが、どんな部門でも人手が足りない、能力が足りない、要望した予算が全部通らず、訴えても改善されない、という悩みがあろう。10%という数字はテキトーで少々極端だが、まぁ、そんなイメージだ。実行能力を奪うことで組織の自然な縮小と解体を狙うのはよくあることだ。また、拠点の統合とか組織の一本化、というのもよくある整理の手段だ。


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