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vol.027「制約のある状況で、事前に準備して話す:矢野香さん【後編】~間(ま)とはなにか。そして、『黙る勇気』~」

コロナが世界を変え、オンライン前提となったことで学びの場、新しいコミュニティへの参加の機会が増えました。それはすなわち、人前で話す機会が増えるということでもあります。ここ数か月で、「初対面の大勢の前で、時間制限ありで話す」機会が何度かありました。
 
制約がある と前もって告げられた状況で、準備して、話す」、といえば、スピーチコンサルタントの矢野香さん。
肩書きは「スピーチコンサルタント」だけども、それにとどまらず、計画を立ててマネジメントすること、練習すること、セルフフィードバックを行うこと、いかに削り減らすか、、、多くのことを教わりました。
 
シェア、後編です。

<参考>矢野香氏・・・スピーチコンサルタント。元NHKアナウンサー。『その話し方では軽すぎます!』『NHK式+心理学 一分で一生の信頼を勝ち取る法』『たった一言で人を動かす 最高の話し方』ほか著書多数。(参考:株式会社オーセンティ・矢野香事務所


1.「一瞬で相手を動かす会話術」


矢野さんを初めてライブで観たのは10年前。メモによると、2012年の春、一冊目の著書の出版記念セミナー。
当時のメモに、「おそらくはすごい精密な練習を重ねて、「鉄板ネタ」として磨かれている感がひしひしと伝わり、落語の定番中の定番の演目を聴いているような安心感でした」とある。なんだか偉そうなことを言ってるけど、とにかく「落語家」に喩えている。一人芸を修行し、一人で話す技術のプロ、という意味だった―。 
 
5年経って、2017年の春。何度目かのセミナー「一瞬で相手を動かす会話術」を受講しました。 「術」というところがポイントで、「センス」や「才能」ではなく、「(習得可能な)技術」で、情報発信は上達しますよ、という内容です。公式Facebookで、今回の内容を一部盛り込んだ書籍が今年出版される予定だ、との告知がなされていました。

◆プロの仕事とは、「面倒で、手間のかかるもの」である。

この日の参加者は、主催者発表によると約60人。授業は1対Nの双方向型で進んでいきます。

・引き込むための質問と挙手、発言うながし、その後につながっていくまとめ。
・お題(ドリル)に取りかかる、ペアワークの指示、内容理解の確認、例外的なケースへの補足、時間測定、終了して引き戻し。
・ワークの解説(謎解き)、質問と挙手と返し、後半のお題の発表、ドリル、ペアワーク、時間測定、引き戻し。ときどきオチ。
・振り返り、今後へのヒント、全体の総括、質疑タイムと解説。終了後の応対。

うーん。この人、今日のために、どれだけ準備してるんだろう」というのが率直な感想。
プロが、アマチュアと違うのは、「面倒で手間のかかることを当たり前のようにやっている」。「アマチュアが届かない高いレベルを安定的に維持できる」。"ザ・プロフェッショナルの仕事"でした。
いわゆる 上から目線 ではなく、「プロスポーツの試合や歌手のライブをみているいち視聴者」の感覚です。

◆セミナーとは結局、「持ち帰ることができるか」である

二人一組で意見交換する、グループでワークを行う、は、よくある。その場合、「なるべく遠慮なく指摘してくださいね。そのほうがお互いためになりますよ~」と促されるぐらいです。それでも、苦笑いしながら、まあまあ堪(こた)えながら、省みさせられるもの。一定の満足度が得られるもの。
 
この日のプログラムは、「そこまでやりますか!」というものだった。
簡単に紹介すると、①スマホで話している姿を自撮りして、②自分で見返す、③喋ったとおりに文字起こしする、という内容。
 
セミナーで、何かをフィードバックされたとき、「さっきのは、お題の意図が飲み込めてなくって」「前提条件が変わったから、何とも言えないけど」
などと、つい言い訳をしたくなることがある。
自分の意思で、自腹でお金を払って来ているにも関わらず、むくむくと心に湧き起こる、不思議な心理です。

自分のスマホで撮影して、自分で見返すのだから、その無意識の言い訳が通じない。「事実」に基づいた、いやでも気づかされるプログラムだった。
 
自撮りに、自分でチェックして、文字起こし?
ふつう、参加料3,000円/90分のセミナーではあの内容をやらないと思う。※賞賛の意味で書いてます。

◆「発見」した、新たな側面

矢野さんは「元NHKアナウンサーで、心理学専攻で、スピーチコンサルタント」。前述のとおり、「一面で、落語家にも通じる」というのがファーストインプレッションだった。
そこに、新しい印象が加わる。

今回のセミナーを観ての感想は、「プロスポーツ選手、アスリートみたいだ…!」。

投げかけたボールが、手元に戻っていくさま。
約50人がワークに取り掛かり、引き戻す術。
体脂肪率の低い、ストイックな、ムダの無さ。

マラソンの高橋尚子さんや、プロゴルフの有村智恵選手のインタビューを観て、「Qちゃん、よくやった!」とか「智恵ちゃん、応援してるぞ!」とか、無邪気に盛り上がる。と同時に、「いやいやいや。どんな修行をしてきたらそうなるの?」と、背筋がぞーーーっと怖くなることって、あると思います。あの感覚に似ている。

なにかの勉強に行くとき、目的は、
(1) 賞味期限が長く、再現性ある技術と判っていることを学ぶ
(2) 得体のよくわからない、不確実性の大きいテーマに触れる

のどちらかで、矢野香さんのコンテンツは、前者だ。

正確にいうと、
◯ 賞味期限の長さ:話し方、情報発信のしかた、表現する技術は、賞味期限が長い。ほかの知識やスキルに比べても、投資対効果がお得
△ 再現性:半分本当で、半分ウソ。自分で復習して、継続しないと再現しない。日常、いかに我流で、"自由にのびのびとやっているか"が身につまされた
で、再現性は、セミナーで「感動して帰宅」したあと、行動を起こさなければ身につかない

もちろん、毎日毎時、緊張感をもって、火の出るような修行をする、というのは、まず難しい。けれど、「視点に気づく・切り口を持つ」ということはできる。勉強をする意味の第一歩は、そこにつきると思います。

2.新著と、「矢野香のMとS」


半年後、矢野香さんの新著が発売された。(『たった一言で人を動かす 最高の話し方』Kindle版 ) 
春に開催されたセミナーの内容を、書籍として完成させたものです。

<超要約>
(1) コミュニケーションとは「伝えること」ではなく「伝わること」である。(2)「伝わる」とは、こちらが意図した行動を、相手がとることである。
(3) そのためには、①沈黙する/間をつくる、②一文を短くする ことだ。

誰かの前で話す機会のあるビジネスパーソンの方には有益な内容。つまりほとんどの人にご利益がある内容です。ぜひ読んでみてください。
 
以下、読んでの感想です。

◆「最高の話し方」のキーは、「MとS」である

伝わるには「間(ま)」と「一文を短くする」だけでよい。
最大のポイントは、華麗なテクニックや、高尚な知識が要らないこと。(※「準備と練習」は要ります。これが要らないノウハウなど存在しない。)
「間をつかう」「一文を短くする」だから、話す内容が(原稿に書いたら)同一でも、効果が出る。語彙を豊富にしたり、難しい学問を習得せずとも、効果が出る。この、「間(ま)」と「短くする」。

ためしに和英辞書を引いてみた。

・間(ま)は、しいていえば、pause。だけど、「とるものでなく意図的につくるもの」(P.44)とあり、ニュアンスが異なる。間=MA(ま)そのままとします。
・短くする/短くなる は、shorten。

MA=Mと、shorten=S。「MとS」と覚えました。

◆一流のプロフェッショナルの、本気の指導は、容赦がない

「矢野さんの真骨頂は」、というとなんだか偉そうな、批評家のようになってしまう。けれど、ほかに当てはまる形容が思いつかない。真骨頂が、この小節。

なんでも3つにまとめる癖・Aさん(男性)
<Before>「Aと申します。私は4月から部署を変わることにしました。えー、それはですね、大きく3つ理由がありまして、(中略)あっ、3つと言いましたがその1つで、えー、部署の名まえが聞いた人にイメージを持ってもらえないこと、1つはお金が取りにくいこと、もう1つは」(ここまでで1分)
話のポイントを3つにまとめるというのは話をわかりやすくするための常套手段です。しかし残念ながら、その3つの内容がまとまっていないので活かせていません。話したいことをまとめる前に話し始めてしまったようです。「一文一息」にするためには、話す前によく考えてから口を開く必要があります。

(『たった一言で人を動かす 最高の話し方』5章「間」をつくりだす最高の伝え方 より)

教えのひとつ「どんな場でも、無計画に話しはじめない」を具体的に示した例だけど、引用は、おそらくICレコーダーから正確に文字起こしした、そのまま。
そして指摘は、ものしずかに、事実を元に、専門家の視点で、容赦なく

「容赦なく」は、矢野さんのすごみのひとつ。春のセミナーで私もフィードバックを受けています。参加者約60人全員に返してるはずなのに、内容は上記よりさらに細かく、具体的でした(怖っ!)。
 
受講生に対して、改善点を指摘するとき。アウトプットするとき。矢野さんは間違いなく「S」だ。声色、トーン、言い回しを(戦略的に)駆使しているから、気づかれにくいけど、まぎれもない「S」だ。

◆「インプットはM、アウトプットはS」

もうひとつのすごみは、準備、というか、修行、修練。
一度、「どのくらい準備をしているのですか」と質問したことがある。「12時間続けてやってることもありますよ」とさらっと言われた。矢野さんは、自身へのインプットに関しては、完全に「M」である。
 
この「インプットはM。アウトプットはS」は、その道の一級のプロで、人に教える仕事をしている人たちに共通する属性だ。

一般人にとって決して安くない参加費を払って受講するとき。言い換えると、「受講生が受け取る成果への責任」が発生している場合、一流の指導者は、容赦がない。甘やかさない。「すぐ上達しますよ」「誰でもできるようになります」などのおいしい言葉をつかわない。耳ざわりの悪いことを言う。痛いところを的確に、ずばり指摘する。
意図的に、プロの仕事として、「S」を発揮している。

そしてそのために、駆り立てられるように勉強をしている。コストを投じて仕入れている。人と会っている。会わない人を決めている。仕込みの時間を確保している。やらないことを決め、捨てている。
自身へのインプット、自分の鍛錬に関しては、かならず「M」である。

本を読むなら、お金を払うなら、「インプットはM。アウトプットはS」の人だ。

◆白い衣装の秘密

なにかの媒体で、「新著では、衣装を白に変えた。その理由(ねらい)は何か」という話題を出されていた。2012年から2017年春まで、矢野さんといえば紺に白のラインのスーツだった。たしかNHKのアイコンにイメージを重ねているのだったと記憶している。
なぜ「白」か、考えてみました。

白は、blanca、つまり空白。白は、無色。
 
今回の著書について、「あれこれ言葉を紡がず、技巧に走らないこと。沈黙こそが、武器になる」というメッセージ、
または、矢野さんご自身について「いったんこれまでの実績や蓄積をリセットして、また再始動する」というメッセージ、
だと推測した。 
前著までと比べても、「沈黙、間をつくる。一文を、短くする」、つまり「話す技術」よりもなお、「捨てる・削る視点」がキーだから、「白」は本の表紙としてもマッチしてると感じた。

3.出版記念講演と、「黙る勇気。」

新著発売からほどなく開催された、出版記念講演、「人を動かす「話し方」講座」を聴講しました。

◆講義の骨子

講義パートでのメッセージは大きく2点です。

① 話し方の鍵は「間」(ま)である
・「間」は意図的につくるもの。つくるのに高度な技術は必須ではない
・おすすめは「行動をはさむ」手法。負担がすくなく誰でも「間」がつくれる(例:資料を使う、水を飲む、ホワイトボードに書く、物を取り出す、壇上を歩く)
行動をはさむことで(自動的に)「間」が生じる。真似しやすい。

②伝わるのは「一文一息」である(※「いちぶんいっそく」と読みます)
・「間」を(自動的に)つくるために、一文を息継ぎなしで話せる長さ(短さ)にする。
・一文の途中で息継ぎをすると、その言葉は弱く伝わる。そのメッセージの力は弱まる。
「良い・悪い」ということではない。現に、やさしく伝えたいときは、途中で息継ぎを入れる。


講座で教わったのはこの2つだけ。後半ではこれらを用いて、実際に練習します。

一文一足の長さは、「50文字以内」。横が50マスの特殊な原稿用紙を使って、話すことを書く。漢字かな混じりでかまわない、
「教わったのはこの2つだけ」と書いたけど、難しい。ふだんから文章を書いてる・人前で話している・それの「長さ」のことを考える習慣がないと、なかなか出来ない。

以下、受講しての感想です。

◆最強の「商品CM」

矢野さんの講演は、途中、かならず、そのときのテーマ、その新著の技術を"混入"させる場面があります。
売っている"商品"が「プレゼン」で、その宣伝をプレゼンで行う。商品(技術)そのものをその場で実演してみせる。最強の「商品CM」です。
 
(例)「間」をとりながら、「間」の重要性の話。接続詞を用いながら、接続詞の効果の話。ペアワークで会場が盛り上がっていたら、みんなが気づいてしずまるまで、「ロングの間」(※)で沈黙。(※本書P.111参照)
 
毎回、最大の楽しみのひとつ。矢野さんのマジックであり、いわばお家芸。目(ま)のあたりにすると、鳥肌が立つ。と同時に、今回に限らないけど、「どんな準備でこうなるの?」とぞっとする瞬間。


◆「そして、黙る勇気」

講座座の最後。
時計を見て、会場を振り返って、ニコリとして「残り10分。前に出て、いま練習した内容を実演して、指導を受けたい人がいれば、やります。希望者がいらっしゃらなければ、質疑タイムにします」と切り出された。
 
「皆さんの前で、私から、指導を受ける。指摘を受ける。恥をかく。受けてもいいな、受けたいという人。なぜ時間をかけて説明しているか、わかりますか?『心の準備をしてくださいね』ということですよ(笑顔)」
時計を見る。会場を振り返る。笑顔で見渡す。もちろん、すべて計算しつくされた演出。矢野さんの「S」が出動した瞬間です。

こう言われては、手を挙げるしかない。
ほかの希望者との選抜ジャンケンにも勝ち残り、前に出て、「一文50文字・約1分」で話し、指導コンサルを受けた。矢野さんのFeeから(想像で)換算すると、豪華な食事に何度かいけるくらいの授業料。それを、特別無料にしてもらったのにひとしい。※指導は「淡々と容赦なく」で、汗をかきました(苦笑)。
 
締めくくりに、一言
黙る勇気 です
と教えられた。
このワンフレーズだけですごい価値があると思う。
 
アンケートの選択肢を勝手に書き足し、「大満足です」と記入し、帰路につきました。

◆「矢野香」のすごみ、再び

矢野さんの凄み、ある意味でのおそろしさは、
(1) 成果の出る、高度な分野を、「簡単に見えるレベル」まで分解して、聞いている方が「できそうかも」と思えること、
(2) やわらかい話し方、振る舞いで、ものすごい準備量・エネルギー量を、一見感じ取らせないように管理していること、
だと考えています。

一文を、「50文字以内」にする。強調したいパートの前で、思い切って「間」をとる。
 
公開実験台になり、beforeとafterで明らかに(大きな)効果がありました。(私の主観だけでなく、終了後のアンケートでもそういった声が複数寄せられたとのこと)。また実際に、終了後に参加者の方から声をかけられ、ご挨拶させて頂いた。名刺を拝見するとビジネス書の著者の方でした。
実験台にならなければ、そして「矢野香マジック」による底上げがなければ、声をかけて頂くこともなかった。効果のほどがすこし想像いただければと思います。
 
そして、学ぶときの本当のキモは、食わず嫌いせず・バカにせず・知ったままにせず・面倒くさがらず・自分が不完全な人間であるという前提で、「実際にやってみること」だと、あらためて気づかされた次第でした。

<追記>この日は撮影カメラが入ってて、"実験台"の様子も後日リリースの有料動画内で公開されています。

以上、矢野香さんから学んだこと、後編でした。
 
「話す(プレゼンする)」、「捨てる(絞る・減らす)」は、『学校で教えてくれないのに、社会に出てみたら、大切なだけでなく、全体に占める割合もえらく大きい』ことの代表例です。
今後も定期的に仕入れて、試して実験して、なにか結果が出たらシェアさせていただきます。
 
長文を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 
(つづく)

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