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vol.026「制約のある状況で、事前に準備して話す:矢野香さん【前編】~すべてに目的と計画を持ちなさい~」

コロナが世界を一変させて、仕事でもプライベートでも、多くが、非対面・オンラインへと移行しました。特にプライベートでは、学びの場への参加など、オンライン前提となったことでかえって選択肢が増えた。
参加する機会が増えるということは、人前で話す機会が増えるということです。
 
ここ数か月で、「初対面の大勢の前で、時間制限ありで話す」機会が何度かありました。
 
制約がある と前もって告げられた状況で、準備して、話す」、といえば、スピーチコンサルタントの矢野香さん。
肩書きは「スピーチコンサルタント」だけども、それにとどまらず、計画を立ててマネジメントすること、練習すること、セルフフィードバックを行うこと、いかに削り減らすか、、、多くのことを教わりました。
 
すこし整理できたので、シェアしてみます。
 
矢野香氏・・・スピーチコンサルタント。元NHKアナウンサー。『その話し方では軽すぎます!』『NHK式+心理学 一分で一生の信頼を勝ち取る法』『たった一言で人を動かす 最高の話し方』ほか著書多数。(参考:株式会社オーセンティ・矢野香事務所

1.一挙手一投足に目的を持つ

◆一挙手一投足に目的を持つ

矢野さんのセミナーは、いつもこの問いかけから始まります。
 
「一挙手一投足に、意図がなければならない。
 なぜ、その言葉だったのか。
 なぜ、その表情だったのか。」
 
あなたがいま発信しているすべての情報は、「自分はどういう人物に見られたいか」と一致していますか? という問いです。自分がどう見られたいと思って行動することを、矢野さんは「戦略」と呼んでいます。
 
一挙手一投足に意図を持つ。
これを意識している人は、百人に一人はいないと思います。感覚的には、千人に一人、くらいでしょうか。
 
私自身は、そもそも「意図を持とうか、持つまいか」等と考えたことさえなかった。今でもすべて出来ているわけではもちろん無い。だとしても、この視点を持っている(セルフフィードバックの仕組みがある)のと、視点自体を知らない(無防備な状態で生きている)のとでは、人生の行き先が大きく変わる、とは言いきれます。
 

◆「自己開示」ではなく「自己呈示」

矢野さんの講義では、「自己開示ではなく自己呈示してください」と教わります。

「自己呈示」とは心理学の用語で、「他者から特定の印象で見られることを目的として行われる行動」のことです。つまり、他者に好印象をもってもらうためのスキルです。 

プレジデントウーマンvol.3『やりたいことをあきらめない「私プレゼン」の技術』より

「自己呈示」のポイントは2つあると考えてます。

①目的を持って、意図的に、計画を立てて、実行に移すものである
相手から見て どう見られたいという目的を達成できるものである
 
です。

自己開示は「警察の取り調べ」。何年何月生まれでどこそこ出身で、と、情報をただ無計画に並べて(さらけ出して)しまうこと。自己呈示は、どの情報を出すか(どの情報を出さないか)を考え、計画性をもって、相手に見せていくこと。

何を話して、何は話さないか。これも矢野さんの言葉、「どんなときも 無計画に話しはじめない」ということに尽きます。


2.「科学」であること


矢野さんのコンテンツの特徴のひとつが、「科学である」ということです。

◆コンサルタントでありサイエンティスト

矢野さんのプログラムでは、

―言語情報 
―非言語情報
  ―身体(視覚情報)
  ―音(聴覚情報)声(聴覚情報)

に分解して、たんたんと徹底的に、教え、コンサルティングしていきます。

一言でいうと、「科学」です。「音声」を「音」「声」に分けたところがポイントだと思う。詳しくは著書かセミナーでご確認ください。

このうち、特に「非言語情報」については、まともに教わる機会がほぼない。「学校で教わらないのに、生きていくうえでめちゃくちゃ重要じゃん!!教えといてよ!」シリーズの、巨大な1項目です。
 
私たちがふだん、たとえば仕事をしていて、「発信している情報」には、次のようなものがあります。
 
メールを書いて送る、資料を作成して渡す、
電話をかけて話す、対面で話しかける、
服装・身だしなみ、身振り手振り、
携行する筆記用具、会議での席の位置、
立ち姿、歩き方、
オンライン会議での画面うつり、声の質、声色、
行くお店、買うもの、SNSにアップした写真、
何の本を読んでるか、どんな人と一緒にいるか
etc.
 
 
一般的には、おそらく上から順に「考えて行動」しているはずです。
 
メールやプレゼン資料、謝罪の電話は、実際の行動の前段で、内容を考えている。「準備する性質の情報」(=非リアルタイムまたは非インタラクティブな情報)は、『目的に合わせて計画的に』発信しやすい。
一方、対面で話す内容や、身振りは、『計画的に発信』する人が少ない。立ち姿、歩き方、声 を目的と計画を持って行っている人には、なかなか出会いません。
 
ところが、メールの持つデータ量(テキスト文章)と、対面(オンライン含む)で与えるデータ量(画像+動き+音声)、どちらが大きいかといえば後者です。
つまり、「計画しない・意識しない情報発信」のほうが、相手に与える情報量としてはずっと大きい
 
矢野さんの問い「一挙手一投足に、意図があるか?」につながります。
 
※矢野さんの好きなところは、心がけや精神論を問うていないこと。「仕事は再現性であり、再現性は科学である」と言いきっているところです。業種や業界に関係なく実務で即、有益である点。そして「内包する熱量、鋭利さを気取らせない」という点では、随一の人だと思います。
 

◆三つの要因

人に好印象を与えるさまざまな要素。心理学の分野で、三つの因子に分けることができるそうです。

A「親しみやすさ」・・・話しかけやすい、優しい、親切な、明るい、元気な、外交的な、面白い、など
B「活動性」・・・堂々とした、意欲的な、積極的な、鋭い、リーダーシップのある、強い、など
C「社会的望ましさ」・・・信頼できる、分別のある、きちんとした、誠実な、安心できる、知的な、大人っぽい、など

『その話し方では軽すぎます!』(すばる舎)より


 
あえてざっくりいうと、「三つの因子の、どれかを選んで(絞って)イメージを統一していったほうがいい」というのが、教わることです。

けれども、中には「どのタイプを志向すべきか」「他者からはどのタイプと思われるか」が一つに定まらない人も出てくる。「目指すべきは社会的望ましさ。でも得意な表現は活動性。どうしたらいいの?」みたいなことです。
少人数セミナーではそんな具体的な相談ができる。「なるほど...!」と納得するアドバイス、思わぬ指摘を受けることもできる。セミナーは、「質問した者勝ち」の一面があります。
 
もちろんうわべだけ印象管理のテクニックを真似てもすぐ見抜かれる。かえって評価が下がるから、結局はその印象と一致する、行動や実績を積む必要があります。


3.「矢野香」のすごみ


矢野さんは、「自身を計画的にマネジメントして自己提示する」という意味をこめて「矢野香」(カギカッコ付きの やのかおり)という表現を用います。自分で自分を、後頭部の上あたりから観察して、操作してる感覚なのだと思います。
「矢野香」のすごさを、「再現性」で説明してみます。

◆再現できること:理論+反復練習

なにかの勉強に行くとき、目的は、
①賞味期限が長く、再現性ある技術と判っていることを学ぶ
②得体のよくわからない、不確実性の大きいテーマに触れる

のどちらかで、矢野香さんが受講生に提供しているコンテンツは、あきらかに前者です。

※正確にいうと、
・賞味期限の長さ:話し方、情報発信のしかた、表現する技術は、賞味期限が長い。ほかの知識やスキルに比べても、投資対効果がお得
・再現性:半分本当で、半分ウソ。自分で復習して、継続しないと再現しない。日常、いかに我流で、"自由にのびのびとやっているか"が身につまされた
です。再現性は、セミナーを受けて、「感動して帰宅」したあと、復習と練習、つまり行動を起こさないかぎり、手に入らない。
 
そして、再現性が起きるのは2通りしかない。
 
(1) 物理の法則、身体の構造、心理上の要因などから、必ず(または統計的に)同じ結果が起きる
(2) 繰り返し訓練することで、覚え、自分のものにして、同じ結果を起こす

 
前者は、物を放り投げたら落ちてくる、急に背後から大声を出されたらびっくりする、といったこと。後者は、基礎練習や練習試合形式を(科学的に)繰り返し、本番でヒットを打つといったこと。科学的、という点では、もちろん(1)と重なる部分がある。
 
芸の達人やスポーツの一流選手といった人たちは例外なく(1)研究して、(2)練習することで技術を極めている。つまり両方やっている。矢野さんも同じカテゴリに入る人です。

◆再現【できない】こと:「矢野香」の名人芸

矢野さんの講演、セミナーでは、"芸"とよびたくなる場面がたびたび登場します。大道芸やサーカスの芸というよりは、しいていえば落語に近いものです。

①非リアルタイム、巻き戻し型の"芸"
しばらく何げなく話しておいて、「・・・ここまで喋ったのが何々です」と、種明かしをする。
聴く側は、そこではじめて気がついて、数十秒を頭の中で巻き戻し、あらためて反芻(はんすう)する。時間を巻き戻させる。あるいは威力を蓄積させる。
頭のなかが「?」となり、ついで「!」になる。

②リアルタイム、瞬発型の"芸"
いま説明していること、たとえば話し方を、【その話し方で】説明する。速い・遅い、高い・低い、全体・一点集中。その瞬間に実演する。
 
「遠くの人に声をぶつけることもできるし、近くにぶつけることもできます」(と言いながら同時に実演してみせる)
「話す速度やボリュームを調節することで、相手の耳をそば立たせる効果があります」(と言いながら同時に実演してみせる)
 
聴いている側は、頭のなかが「!!」となる。
 
どちらも「スピーチのプロ」に合致したサプライズ、技術。「さすが」「すごい」と引き込まれます。
これは本当にすごい。超一級の"見物(みもの)"として、一度は体験の価値ありです。

※受講者の脳に、空白、一旦停止ボタンを押すことで、キラーコンテンツを落とし込む「空きスペース」をつくる狙いもあるのだと思います。

◆プロは「質問に即答」する。

矢野さんのセミナーには、様々な人が参加されています。「受講生が多彩である、かつ場に心理的安全性がある」は、矢野さんに限らず"一流の先生"の共通項です。
 
講義を何度か受けているであろう人。
今回が「はじめまして」だという人。
独立して、自身が経営者だという人。
会社・起業に所属する、組織の一員。
部下を持っている男性の中間管理職。
男性の上司陣と仕事で対峙する女性。
 
矢野さんは、どんな参加者の、どんな質問にも即答する。
 
即答できるわけは、たぶん二つ。

①レベルの差で、即答できる。
その分野の専門家であって、受ける質問内容は、回答が瞬時にわかる。過去に何千人、何万人と観察し、質問を受け、答えて教えている。レベル、居るステージが違う。「ちょっと考えるね」という質問は、まず来ない。

②「即答する」と決めている。
「質問を受けたら迷わない。保留しない。言い淀まない。即答する」と決めている。決めているから、発言者が質問をしているあいだに「なんと答えるか(何を言うか)」が見つかる。そのトレーニングを常にしている。
 
「即答できる」は、一流の先生(好きになる先生)に共通する要素だ。


こういう人たちは、逆に「長く問答する」「考え続ける」こともできるはずで、おそらく、一般の受講生の知らないところで、「なるほど、ちょっと考えさせてください」という質問、火花の散るようなやり取りがなされているのだろう、と想像している。
 
我々凡人も、このレベルには今すぐ行けなくても、「間髪いれず応じよう」「笑顔で返そう」「質問しよう」など、あらかじめ決めておくことはけっこう効果があります。


以上、矢野香さんから学んだこと、前編でした。
 
後編では「計画をもって、話さない~黙る勇気、間(ま)とはなにか~」をお届けします。

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