見出し画像

医師の勉強録;め、目がー。宇宙における眼の困りごと。宇宙飛行関連神経眼症候群(SANS)

Space flight Associated Neuro-ocular syndrome(SANS)
=宇宙飛行関連神経眼症候群 は、宇宙飛行士の約40~60%にSANSが認められますが、その病態生理についてはほとんど明らかになっていません。
最近は徐々にその機序もわかってきています。

宇宙特有の眼の症状??

失ってからわかる眼の大切さ
それは地上でも宇宙でも同じこと
宇宙特有の目の症状があるので今回はその解説です

目の解剖

大人では直径約24mm前後の球体です。
眼は視覚を司り、光を取り入れその刺激を電気信号にかえ、
脳へ伝える光感覚受容器です。
眼はよくカメラに例えられます。
網膜はフィルムに相当します。
暗箱に当たるのが強膜・脈絡膜です。
絞りに相当し、光の量を調節するのが虹彩(茶目)、
レンズに相当し、光を屈折させるのが角膜(黒目)と水晶体です。
光が角膜、前房、瞳孔(ひとみ)、水晶体、硝子体を通って、
フィルムに相当する網膜に当たると、
網膜はそれを電気信号に変えて、
視神経を介して脳に刺激を伝え、見える、ということになります。

3_1.立体眼球断面

https://www.nichigan.or.jp/public/disease/structure/item01.html

脳脊髄液の模式図

脳・脊髄のそれぞれ部位に腔があり脳室系を形成しています。
脳脊髄液は脳室に存在する特殊血管(脈絡叢)で産生、
脳室を①〜⑥の順に流れます。
脳脊髄液は頭頂部に多く存在するくも膜顆粒を介して,
上矢状静脈洞(硬膜静脈洞)へ吸収されます。
脳脊髄液の産生過剰,通過障害,吸収障害は水頭症の原因となります。

スクリーンショット 2022-01-10 21.38.48

http://www.chugaiigaku.jp/upfile/browse/browse1826.pdf

宇宙飛行関連神経眼症候群(SANS)


微小重力に人体がさらされると、短時間でも長時間でも
視神経に異常をきたします。
これを、
Space flight Associated Neuro-ocular syndrome(SANS)
=宇宙飛行関連神経眼症候群

と言います。

2011年に短期もしくは長期宇宙飛行後の宇宙飛行士に
SANSが初めて指摘されました。

宇宙飛行士の約40~60%にSANSが認められますが、
その病態生理についてはほとんど明らかになっていません

具体的な症状や検査の所見は、
宇宙飛行後に視力の変化、網膜損傷、
眼球の平坦化、視神経乳頭浮腫、頭蓋内圧亢進を呈するなどです。

SANSと診断された宇宙飛行士のほとんど症状が改善しましたが、
一部の宇宙飛行士は、地上に帰還後の数年間、
持続的な屈折異常の変化があり、
それはフォローアップのMRI、超音波、OCT、および眼底検査でも、
持続的な構造変化がありました。

SANSの推定されている要因

2つの仮説があります。
宇宙飛行による頭蓋内液シフトによる頭蓋内圧の上昇
脳の上方移動に伴う力学的作用

です。順番に説明していきます。

宇宙飛行による脳脊髄液シフトによる頭蓋内圧の上昇

地上では、脳脊髄液は主に脈絡叢で生成され、
圧の低いの静脈血管系に排出されます。
脳の血管は多少の血圧の上がり下がりに対応できるような仕組みがあります
(そうでないと例えば運動時に血圧が上がりすぎて血管が裂けてしまいます)
しかしながら宇宙ではこの自動調整能力の障害の可能性が
指摘されています。結果的に頚静脈の膨張が生じていることが、
微小重力環境で報告されています
(地上で頭を下げた状態も同様に)。
一方でいくつかの研究では、静脈圧が実際に逆に低下する
可能性があることを報告した研究もあります。

宇宙飛行によって誘発される静脈系への脳脊髄液排液の減少
と脳静脈うっ血は、
特発性頭蓋内圧亢進症という病気と似た病態が推定され、
共通の課題解決となる可能性もあります。

脳の上方移動に伴う力学的作用

画像1

https://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-STIH6-4-00234.pdfより引用

宇宙飛行士の視神経乳頭浮腫(眼底の視神経が腫れた状態)は、
頭蓋内圧の亢進によってのみ生じると説明されてきましたが、
眼球の後ろ部分が平たん化すること、
視神経を取り囲む鞘視神経鞘の異常な拡大については、
頭蓋内圧亢進だけでは説明できていませんでした。
これを説明しうる別の病態が提唱されてきています。
それは脳の上方移動に伴う力学的作用です。
順を追って説明します。
微小重力環境により、大脳の上方移動が起きる→
視神経は眼の後ろにある骨(眼窩)の隙間を通って後ろに引っ張られる→
視神経を取り囲む硬膜は眼窩の骨膜とつながっている→
作用反作用で硬膜が眼球を押し戻す
という病態です。
眼科学、脳神経学、物理学などの専門家合同で紡ぎ出した成果です。

最近の話題

SANSを生じた宇宙飛行士では、
飛行前と比較して飛行後で頭蓋内硬膜静脈洞容積が増加した
とする報告がありました。
被験者数が少なかったこと、
頭蓋内圧と静脈内圧との相関関係やSANS対策法の使用に関するデータ
が不足していた点が報告の限界ではあります。

宇宙飛行関連神経眼症候群の状態評価をする小型OCTの開発受託契約
窪田製薬とNASAが2019年に締結、開発を続けています。
SANSの診断、経過観察には、網膜の状態の正確な定量・定性的計測
可能なOCT(光干渉断層計Optical Coherence Tomography)不可欠です。
国際宇宙ステーションで使われている市販のOCTは、
診断や検査には不要な機能が多く搭載されていること、
操作が複雑であること、
二人がかりで撮影する必要があること、
耐放射線性に弱く大きすぎるため、
月や火星などへの長期宇宙飛行時に使用には適さないこと
などの課題があります。
これらの課題解決に向けて共同開発を進めている模様です。

地上でどのように役立つ可能性があるか

頭蓋内環流経路の解明、類似病態(特発性頭蓋内圧亢進症、
倒立で生じる視神経障害など)などに役立つ可能性があります。

対応策

現在のところありません。病態、検査方法含め大きな課題です。

最後に

長年のSANSに関連する研究にもかかわらず、
・SANSの解剖学的変化に見られる潜在的な優先的左右差(右側に症状が強い)
・SANSにおけるCO2または放射線の役割
・SANSの発生または重症度の素因となる宇宙飛行士があるのか
より長期ミッションでの影響
など不明な点が多いです。
今後、人類がISSより先、月、小惑星帯、または火星への
さらに長期間の有人ミッションの可能性に備えているため、
SANSのメカニズムを解明と克服が重要です。


【参考資料】
NPJ Microgravity. 2020 Feb 7;6:7.
Eye Brain. 2020; 12: 105–117.
JAMA Netw Open. 2021; 4:e2131465.
JAMA Ophthalmol. 2018 Sep 1;136(9):1075-1076.
https://www.kubotaholdings.co.jp/ir/docs/20200203_JP_NASA%20mtg_%28final%29.pdf
https://www.nichigan.or.jp/public/disease/structure/item01.html

いいなと思ったら応援しよう!