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医師の勉強録;誰かいませんか!!緊急事態!!宇宙における心肺蘇生行為!!

宇宙環境では心臓マッサージをするのも難しい。なぜなら浮いてしまうから。多様な人材が宇宙に行くことが今後予想されるため、緊急事態への対応を開発していく必要があります。

誰かいませんか!

誰かいませんかーー!!
急に身体状態が悪化することはどのような人でもあります。
今後急速に拡大していくであろう宇宙での暮らし、
その中で医療ヘルスケアはなくてはならないものです。
直近のISSや月面探索においても最重要な課題として、
最も緊急対応で、致死的なものである、心肺停止状態について、
宇宙における心肺蘇生行為をどのように行うか、という問題があります。

そもそも心肺蘇生行為とは

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救急蘇生法の指針2015 
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000123021.pdf

心臓マッサージや人工呼吸を行うことを指します。
その上位概念として一次救命処置があり、
心肺蘇生行為(心臓マッサージや人工呼吸)、
心臓に対する電気ショック、気道異物の除去があります。

なぜ宇宙での活動に心肺蘇生行為??

アルテミス計画や前澤さんの宇宙旅行をはじめ、
宇宙飛行士の募集(① 2021年度末の時点で3年以上の実務経験を有する
② 医学的特性を有すること と広い門戸が話題になりました)
もあり今までになく、宇宙が身近になっています。
すると、新たな課題が浮かび上がってきます。
まずは多様な人材が宇宙へ行くことにより、
健康リスクが高い人も宇宙へいくことがあり得るということです。
また、月面や火星などより遠くへ、長期間、宇宙に滞在する
ことも起こり得ます。
1人年あたり0.06回の救急イベント(心肺蘇生行為に限らず)
が起こると地上では推定されており、
900日(火星までのミッションで想定)で6名で換算すると、
約1回救急イベントが起こりうると考えられます。
以上のことから救急対応が可能なことは宇宙へ向かう
場合に非常に大切です。
とりわけ、致死率の高い、心肺停止状態で迅速に正確に
心肺蘇生行為を行えるような環境づくりが必要となります。
そして心肺停止状態においては、迅速で正確な心肺蘇生行為
(特に心臓マッサージ=胸骨圧迫)が欠かせません。
幸いなことに機体破損を起こすような事故以外では
心肺停止状態の自体は生じていません。

微小重力環境下での胸骨圧迫

The restrained CPR method in the standard position
救助者と患者をCMRS(Crew Medical Restrain System
=乗組員の医療拘束システム。力を加えても救助者と患者の両方が
互いに浮き上がらないように拘束するための機器)で固定して行います。
具体的には救助者は、腰の周りと足に1本ずつの紐を装着し、
患者の胴体の側面から移動しないように固定します。
もっとも最初に考案された方法です。

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Russomano T, Rehnberg L. Extraterrestrial CPR and its applications in terrestrial medicine. Resusc Asp. 2017
https://www.intechopen.com/chapters/56577

In the straddling position of the restrained CPR method
救助者が患者にまたがった状態で行う
The restrained CPR method in the standard positionです。
宇宙船やISSなど限られた空間でも行いやすい点がメリットです。


Evetts-Russomano CPR method

救助者は、左足を患者の右肩に置き右足を患者の胴体の周りに置きます。
患者の背中の中央で足首を連動させることにより、
救助者は患者に身を寄せ押しのけられることなく
患者の胸に力を加えることができるようになっています。
この技術の利点は、CMRSで行えること、狭い空間でも可能なこと、
患者の気道へのアクセスが容易なことです。
しかし、CMRSがないため、離脱する危険があり、
技術的にも熟練を要します。
下記の写真は
A)Evetts-Russomano CPR method
B)Reverse bear hug CPR method
C)The handstand CPR method
です。

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Russomano T, Rehnberg L. Extraterrestrial CPR and its applications in terrestrial medicine. Resusc Asp. 2017
https://www.intechopen.com/chapters/56577

Reverse bear hug CPR method

救助者が患者の胸を後ろから囲んでいるハイムリック法
(気道異物に対して行う腹部突き上げ手技https://www.med.or.jp/99/kido.html参考)
を改良したものです。
患者と救助者を拘束する必要がないため、
心停止の部位ですぐに心肺蘇生行為が可能です。
一方、CMRSで固定してある場合は行えません。

The handstand CPR method

逆立ちで行うやり方です。
患者は、宇宙船の固い表面に背中を向けて置かれます。
次に、救助者は足を反対側の壁の面に置き、腕を頭の上に伸ばします。
救助者は腰と膝を曲げて伸ばし、患者の胸を圧迫する力を発生させます。
救助者の下肢の筋肉を使用するという利点があり、
より高い運動持久力が可能になります。
主な欠点は、患者と反対側の表面との間の距離、
および救助者の身長によって試行可能かが分かれる点です。

運用手順

緊急現場での最初の心肺蘇生行為には、
Evetts-Russomano法(ER)が推奨されています。
救助者がER法で適切な胸骨圧迫を行うことができない場合、
Reverse bear hug CPR method(RBH)に切り替える必要があります。
その後、患者がCMRSに固定された場合は、
The handstand CPR method(HS)を使用して
胸骨圧迫を適用する必要があります。
上記の流れの理由としては、最初は不完全で装備がない状態でも
とにかく胸骨圧迫を行うことが最優先されること、
準備が整った場合は、もっとも有効な手段へ移行すること
などが挙げられます。

自動胸骨圧迫装置(ACCD)


CMRSなどで固定された患者には、自動胸骨圧迫装置を使用できます。
ただし、その設置により、胸骨圧迫が遅れることは優先されない点に
注意が必要です。
手動の胸骨圧迫は多くの要因(身長、体重、トレーニング)の影響を受け、
トレーニングを受けた適切な救助者でも数分以内に大幅に質が低下します。
その課題を解決するために自動胸骨圧迫装置は開発されています。
しかしながら、現状で自動胸骨圧迫装置が手動の胸骨圧迫に有効性
を示せているデータはありません。
微小重力環境においては、人員や空間の制約があることから
より有効な手段となりうることが予想されていますが
今後の研究は必要です。

微小重力環境下での気管内挿管

胸骨圧迫の次に大切な気道の確保ですが、
気管挿管の専門的な訓練を受けた救助者がいない場合は、
声門上気道デバイスを使用することが推奨されています
(熟練した医療従事者がいる場合は気管内挿管が優先)。
また、CMRSなどで固定された患者に対してのみ行えます。

AEDなど電気的除細動

除細動器は、電気的に隔離され、
CMRSなどで固定された患者にのみ使用することが可能です。

感想

以上が宇宙における蘇生行為の一端です。
地上と様相が異なり、非常に興味深いものばかりでした。
今後月や火星へ人類が進出していくには
これらの技術革新も必須であると思われます。

【参考資料】
The American Journal of Emergency Medicine Volume 53, March 2022, Pages 54-58
Scand J Trauma Resusc Emerg Med . 2020 Nov 2;28(1):108.
Russomano T, Rehnberg L. Extraterrestrial CPR and its applications in terrestrial medicine. Resusc Asp. 2017
https://www.intechopen.com/chapters/56577
Resuscitation. 2018 Sep;130:182-188.
救急蘇生法の指針2015

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