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自宅のトイレが突然詰まってから解決するまでの記録

7月のある日、自宅のトイレが詰まった。全く心当たりがない。
念のため言っておくが、大便を詰まらせたと書くのが恥ずかしくて嘘をついているわけではない。私は清純派ライターだからうんこなんてしない。というのはもちろん冗談で、何を隠そうここ数日は便秘なのだ。詰まっているのはむしろ私の方である。

この時すでに深夜だったので、とりあえず放置することにした。
翌朝、自然に直っていることを期待して流してみたが、同じように詰まっていた。幸い溢れはしないので完全に詰まっているわけではないが、トイレットペーパーが全く流れず溜まっていく一方だ。
ネットで調べてみると、便やトイレットペーパーが詰まった場合は数時間で自然に溶けて流れるらしく、自然に改善しない場合は水に溶けない何らかの固形物が詰まっていると考えられることがわかった。
すでに8時間は経っている。一体何が詰まっているのだろう。特に詰まるようなものを流した覚えもないし、今まで住んだり泊まったりしたどの家でも詰まらせたことは一度もない。しかし記憶にないだけで、トイレットペーパーの芯や生理用品を間違えて流したという可能性もなくはない。

ついこの間、菅田将暉も自宅のトイレが詰まった話をラジオやテレビで披露していた。寝ぼけながら人間ドック用の採尿をしたところ、うっかり検尿カップを流して詰まらせてしまい、業者を呼んだら便器自体を取り外す大がかりな修理が行われ、27万円を請求されたという衝撃的なエピソードである。原因は詰まった後も何度か流したせいで検尿カップが排水管の奥の方に引っかかってしまったことで、しかも検尿カップがもう少し進んでいたらマンションの下水道が止まり、損害賠償まで請求されるところだったらしい。
菅田将暉にとっての27万円は一瞬で稼げる額かもしれないが、私が27万円を稼ぐには2ヶ月はかかる。ということで、直るまでは近所の公共トイレを使用することにした。

夕方になっても改善が見られず、仕方なくラバーカップを買うためドンキへ向かった。
私が通っていた小学校では、ラバーカップを「うっぽん」と呼んでいたが、全く一般的な呼称ではないことを初めて知った。おそらく誰かがラバーカップの俗称「すっぽん」と「うんこ」を合わせた造語を提唱したのが起源なのだろう。
そんなことはどうでもいい。今大切なのは、ラバーカップには色々種類があるらしいということだ。トイレ用だけでなく、シンクや風呂場の排水溝用、その両方に対応しているタイプがあり、さらにトイレ用にも洋式用と和式用、和洋兼用がある。
近所のドンキには洋式用が売っていたものの、ケース付きが売り切れだった。
ケースがないとどうなるのか。便器に突っ込んだラバーカップを直接床に置くことになってしまう。それはできれば避けたい。
袋などに入れて置いておくのはどうかと考え、洋式用ラバーカップを床に立たせてみると、不安定で自立が難しそうだった。まるで私みたいだ。
ある程度高さのあるプラスチックのゴミ箱のようなものをケース代わりにすることも考えて探してみたが、ちょうど良さそうなものがなかったので諦めて、翌日ケース付きのラバーカップを買いに行くことにした。

帰宅して再びレバーを引っ張ってみたが、当たり前のように詰まっている。徒歩圏内のコンビニのうち、トイレを貸しているのは2軒。寝る前にそのうちの近い方に行ったところ、22時〜6時までは貸出していないことが判明。もう一軒に行ってみると、「新型コロナウイルス感染予防の観点から貸出中止」の貼り紙があり、仕方なく公園のトイレを使うことにした。
都心の公園のトイレは綺麗なところが多くて本当に助かる。子供の頃は公園のトイレといえば汚い和式だったが、ああいう感じだったら多分、今頃泣いていたと思う。


トイレが詰まって1日半が経った朝。一応流してみるも全く変化なし。近所のコンビニのトイレを貸してもらう。家にいてもトイレが使えないのですぐに外出の準備をして、夕方からの用事の通り道である池袋でラバーカップを買うことにした。

ラバーカップがどこで買えるのかよく知らないが、こういう時はとりあえず東急ハンズに行けばなんとかなると思っている私は、昼食を兼ねて中華料理屋でトイレを済ませ、東急ハンズ池袋店のトイレ用品コーナーへ直進した。
ラバーカップは3種類ほどあったが、ケース付きは一つしかなかった。その名も「パッコンバー」。心の汚れたインターネットユーザーなのでついエロいことを連想してしまうが、そんなことはどうでもいい。問題は値段だ。3000円もするのである。他のケースなしのラバーカップも2000円近い。昨日近所のドンキで見た1000円前後のラバーカップですら、意外と高いと思ったというのに。

ひとまず、パッコンバーについて調べてみる。

♪ パコンバ パコパコ パッコンバー

♪ 恋の駆け引きは難しいけど パッコンバーはそっと押して 思い切り引くだけ

Amazonのレビューなども見た感じ、高いだけあって性能は期待できそうだ。とはいえ私にとっては3000円ですら大きな出費。トイレの詰まりを直すためだけの、しかも今後また詰まるのかもわからない、つまり1回しか使わないかもしれないものに、3000円も投資できるのか。
そもそも、トイレの詰まりを直すのにお金がかかること自体をまだ受け入れられていない部分もある。なぜお金を払って不快な思いをしなければならないのだろう。

他にラバーカップが売っているところはないのか。こういう時、東急ハンズがダメならニトリが解決してくれると思っている。
まだこの時の私は、ニトリに向かう途中で見かけたサンシャインの水族館のクラゲの広告を見て、ラバーカップを買ったあと空いた時間でふらっと一人で水族館に寄るのも粋だな、などと呑気に考えるくらいの余裕があった。
しかし、ニトリサンシャイン池袋店のトイレ用品コーナーには、ケース付きどころかラバーカップ自体一つも売っていなかった。ニトリのサイトでラバーカップの在庫を確認してみると、都心の店舗だと目黒まで行かなければならない。

ドンキ、東急ハンズ、ニトリのトイレ用品コーナーを回って知ったのは、ラバーカップは少なくてもトイレ掃除用のブラシは充実しているということだ。驚くくらい種類がある。つまり世の中の人は、トイレを詰まらせないが掃除はするのだ。
そう考えると、認めたくないが、私がトイレ掃除をサボりすぎたことが原因という説も出てくる。何せトイレ掃除をするのは半年〜1年に1回くらいなのだ。

私は投げやりになって「池袋 ラバーカップ」と検索窓に打ち、こう書くと池袋という街全体がトイレみたいだな、と思って一人で笑った。

どうやらラバーカップは100均にも売っているらしく、ダイソーとキャンドゥは和式用のみ、セリアに洋式用があるという情報を得たが、いずれもケースはないらしい。しかも100均のものは棒とラバーカップ部分が取れやすいという口コミもあった。
私は想像した。これでようやく解決できると胸をなでおろしながら便器に突っ込んだラバーカップの棒が取れてしまい、ラバーカップだけが便器内に取り残されるところを。
もしそうなったら、手を突っ込んでラバーカップを救出し、テープなどで棒をくっつけ直して使うか、また他のラバーカップを買い直さなければならない。最悪の場合、ラバーカップが詰まって取れなくなるという、ミイラ取りがミイラになる、もとい「詰まり取りが詰まりになる」こともあり得るのではないか。ここは、安物は避けた方が賢明だろう。

というか、これだけ探しても見つからないということは、やはり今時の洋式トイレはそんなに詰まるものではないのではないか。
菅田将暉だって、おそらくラバーカップは常備していなかったはずだ。いや、菅田将暉の家にラバーカップはあって欲しくないので、それはそれで良かったかもしれない。
考えてみれば、私が子供の頃は公共トイレが詰まっている光景をたまに見たが、いつのまにか見なくなった気がする。
こんなことなら、昨日のうちにAmazonで注文しておけばよかった。その辺でサクッと買ってサクッと詰まりを取れるものだと思い込んでいたので、こんなに下調べが必要だとは思いもしなかった。

改めてラバーカップについてちゃんと調べようとすると、「ラバーカップ オシャレ」というサジェストが目に入った。便器に突っ込むだけの棒とゴムにオシャレさを求める人が一定数いるらしい。まあ、常時トイレに置いておくものなので確かに見た目が良いに越したことはないかもしれない。検索してみると、若干スタイリッシュなケース付きのラバーカップが表示されるだけであった。

こうなったら、絶対に池袋でラバーカップを手に入れてやる。

私はラバーカップに執念を燃やしていた。そして用事をキャンセルして向かった池袋西武のロフトで、ケース付きのトイレ用ラバーカップを発見した。
説明を読むと、和洋兼用タイプで、洋式に使う場合はカップの先端を手でつまみ出して使い、ケースに入れるときは戻してから入れなければならない旨が書いてある。
一般的に洋式用はカップの先端が出っ張っていて和式用は凹んでいることまでは知っていたのだが、和洋兼用タイプの場合こういった問題が生じる可能性があることはこの時初めて知った。つまり、便器に突っ込んだラバーカップに触れなければならないということだ。できればゴム手袋や袋越しでもやりたくない。あとで手を洗えばいいという問題ではなく、気持ちの問題である。それを避けるためには、先端をつまみ出したり戻したりしなくて済むタイプを探さなくてはならない。

しかしもう池袋ではどこで手に入るのかわからない。
近所のコンビニでラバーカップを借りるというアイデアも目にしたが、それは恥ずかしすぎる。店員に頼む際に「あ、この人トイレ詰まらせたんだ」と思われ、その後そのコンビニの店員の間で「家のトイレが詰まってラバーカップを借りに来た人」として定着し、裏で「ラバーカップ」というあだ名を付けられる覚悟が、私にはできない。

いろいろ調べたところ、ヨドバシカメラ新宿西口本店に1000円くらいのケース付き洋式用ラバーカップの在庫があることがわかった。

懸念事項は、やはりケースに入れる際にカップの先端を手で引っ込めなければいけないタイプなのではないかという点だ。公式の使い方の動画を見てもそこは不明だったので、YouTubeで「ラバーカップ」を検索してみる。
最初に見た動画が、和洋兼用タイプを使って詰まりを取った後、素手でおもむろに先端を戻していて衝撃を受けた。次に再生した動画も、使った後洗わずにケースに入れていて衝撃を受けた。最低でも1回は流して便器の中でジャバジャバと洗うくらいはするものだと思っていた。意外とこんなものなのだろうか。
ただこの2番目の動画が、おそらく目当ての山崎産業のものと思われるラバーカップを使用しており、先端を戻さずにケースに収納しているところがバッチリ映っていたため、せっかくここまで池袋で探したのだから池袋で手に入れたいという想いを捨てて新宿に向かった。

ヨドバシカメラ新宿西口本店に着き、風呂・トイレ回りコーナーにて山崎産業のケース付き洋式用ラバーカップを確保。デフォルトで先端が飛び出ていることをしっかり確認してから購入。袋から棒が20cmほど飛び出している状態で渡される。

駅に向かう途中でナンパ師らしき男に「待ち合わせ?」と声をかけられたが、新宿でラバーカップを持って待ち合わせをする人なんているのだろうか。

その後も「お姉さんホストどうすか? 1時間だけ! どう?」と声をかけられて無視していたら「ごめんね。気をつけてね」と言われ、もう5ヶ月くらい人に会っていなかった私は、久しぶりに人の優しさに触れた気がして温かい気持ちになった。
しかし髪を4ヶ月も切っていない、すっぴんマスクで白Tにジーンズ、スポーツサンダルにヨドバシカメラのでかい袋から何かの棒が飛び出している猫背の女が、ホストなんか行くと思うのだろうか。やっぱり今は相当客が減っているのだろう。

新宿駅近くで自動販売機と建物の間の1mくらいの狭いゾーンにはまってキスをしているカップルを見かけて、反射的に「詰まってるな」と思った。ラバーカップにかけて何か上手いことが言えそうな気がしてしばらく考えていたが、何も思いつかなかった。

帰宅する頃には、トイレが詰まってから丸2日が経っていた。
私は早速作業に取り掛かった。ラバーカップを引く時に便器内の水が飛び散るのを防ぐため、真ん中に穴を開けたポリ袋をかぶせ、その穴にラバーカップの棒を通して押し引きを5回ほど繰り返すと、一気に流れていった。
ラバーカップを手に入れるまでの苦労とは比べ物にならないくらい簡単だった。

あれから5ヶ月が経過したが、再び詰まる気配は全くない。何が詰まっていたのかは未だにわからないが、あれ以来、流してはいけないものを流さないように細心の注意を払っている。

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