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「読書感想文」フィンガーボウルの話のつづき

吉田篤弘さんのデビュー作、18年ぶりのリマスター版です。

「彼ら」の静かなテーブル
ジョン・レノンを待たせた男
シシリアン・ソルトの効用
閑人カフェ
私は殺し屋ではない
キリントン先生
小さなFB
白鯨詩人
ろくろく
ピザを水平に持って帰った日

目次より

本書ではじめに物語を書きあぐねている「吉田君」は、吉田篤弘さんご自身のリアルだとあとがきにある。デビュー作らしく、物語を書きはじめるまで、なかなか筆が進まず、軌道にのるまであれやこれやがあったという。センスにあふれた作者だけれど、そんな始まりだったのか、と親しみもわく。

さて、物語はビートルズの「ホワイトアルバム」を軸に、様々な人々の、様々な小さな物語が綴られていく。
「ホワイトアルバム」には、シリアルナンバーが降ってあり、本書の物語のタイトルのあとにも、そのシリアルナンバーがついている。「ホワイトアルバム」の所有者である、あるいは、かつて所有者であった人の話というわけだ。

読みすすめていくうちに、それぞれの物語同士が、少しづつリンクしているのに気づく。そのリンクの仕方が、さりげなくて良いのです。

例えば、「閑人カフェ」に訪れるレインコートの客人。いつも必ずしっとりと濡れたレインコートを着てくる彼が、ある時、いつものレインコートを着ていない。思わず話かけると、「レインコート博物館」へ寄贈したのだと言う。雨の日の多い町の、雨の日しか開館しない「レインコート博物館」。結局、彼はココアを飲んだあと、また新しいレインコートを買いに出かけるのだが。
(偶然にも、今日は外は冷たい雨が降っていて、「レインコート博物館」を訪れるにはちょうどいい日だ、と思いながらページをめくる。)
そのあとの「小さなFB」という別の物語。FB、RW、MUという彼らが働いているのが、なんとその「レインコート博物館」である。寄贈されてくるレインコートを仕分け、修繕し、アイロンをかける彼らのまた別の物語が綴られる。と、いう具合のリンク。

なんとなく「あぁ!」と気づくと嬉しくなるリンク具合。「レインコート博物館」気になってたんだよね、という気持ちが救われる。

「ろくろく」では、映画の予告編だけを作る映画監督になろうかなと言い出すろくろくが、「予告編」のプロットを語るシーン。

巨大な白鯨の幻想に誘われて詩を書く青年の話。博物館に住む奇妙な一家の物語。閑人ばかりが集まるカフェの話。世界の果てにある小さなレストランの物語──。

ろくろく より

と、本書で語られた物語に触れる。つい今しがた、「白鯨詩人」という物語を読んだばかりな私たちに、そのリンクは楽しい。

三日三晩、高熱と戦った病み上がりの頭に、この少し不思議で、とても個人的な愉しさに満ちた物語たちは、外の冷たい雨を見ながら飲むホットココアのように、甘く暖かい。

偶然に拾った電波で聴こえてくるラジオの声。ピザの箱の中のビートルズ。港町の食堂で聞いた女王様とフィンガーボウルの話。謎のジュールズ・バーン。

最後に忘れてならないのが、このリマスター版には、付録がついている。ぺらんと二つ折りの「金曜日のラジオ」という、紙の上で放送されるラジオ。吉田篤弘さんのこういう遊び心がとても好きだ。

子供のころ、「じゃあこれが○○ってことね」「で、こうしたら飛べるってことね」「で、ここに落ちたらサメがくるのね」と、どんどん広がる架空の物語の中で、いたって真剣に遊んでいた。
そんな遊び心を思い出す一冊。

〈金曜日の本〉というレーベルで、「チョコレート・ガール探偵譚」など何冊か出されているよう。ぜひ読んでみたい。

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