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名探偵。

 朝。美緒が学校の正門をくぐる。
「…さむっ」
美緒の体を冷たい風が吹き付け、コートのポケットに入れたカイロに手を触れた。その日は、もう四月だというのに冷え込んだ朝になっていた。
「さむいね~」
正門の隣の、レンガ造りの大きな花壇。その中でキレイに咲く、たくさんの花にそう声をかけた。
「みおっ」
「わぁ!」
突然、後ろから両肩を掴まれた。振り返ると、友達の晴香がいた。
「あぁ、晴香。もう、ビックリさせないでよ」
「えへへ。おはよ」
二人で校舎に向かう。

 「今日、寒いね」
「ね~」と笑う。暑い日はそうならないのに、寒い日は笑ってしまうのはなぜだろうと思う。
「寒いにしても、あんたちょっと厚着しすぎじゃない?」
「そう?」と美緒が自分の姿を見る。コートを着てマフラーを首に巻き、両手に手袋をした、完全防寒のスタイルだった。晴香は「真冬じゃん」と笑った。
「ポッケにカイロも入れてるよ」
「それは、私も入れてるけどさ」
「晴香だって真冬じゃん」
そう言って二人で笑った。

 「美緒がこの時間に来てるって珍しいね」
校舎の玄関で、下駄箱から靴を取り出して言う。
「朝、ちょっとコンビニ寄ってきたの」
「コンビニ?お昼ごはん?」
「ううん、ワイン」
「ワイン?あんた、学校に酒持ち込むなんて、不良になったね」
晴香の一言に、「違うよ~!」と笑う。
「お父さんのプレゼントなの」
「プレゼント?」
「うん」
その日は、美緒の父親の誕生日だった。美緒の父親はお酒を嗜む。その父のために、おいしいワインをネットで探して取り寄せ、学校に来る前にコンビニで受け取った。
「放課後でも良かったんじゃない?」
「放課後、おかあさんとおとうさんと三人でそのままご飯に行くから、受け取りに行く時間なくて」
「そっか。いい家族だね」
「そうかな」と少し照れくさそうにした。

 靴を履き替えた二人が教室に向かう。
「でも、ビックリだね」晴香が言う。
「何が?」
「そんないい家族から、不良が生まれるなんてね」
「だから、違うって!」
「もう!」と美緒が晴香を両手で叩く。晴香の体を、かわいいダメージが襲う。

ころんっ。

その時、美緒のコートのポケットから何かが落ち、小さな音がした。

「あっ」

美緒が足を止め、戻って拾おうとする。が、そこに小柄な男性教師が現れ、それを拾い上げた。
「あ、すいません」
美緒が手を差し出すが、男性教師は美緒に返さず、それをまじまじと眺めた。
「…ライター?」
美緒が落としたものは、ジッポのライターだった。男性教師が、今度は美緒に睨みつけるような目を向ける。
「お前、何でこんな物持ってるんだ?」
「あ、う、えっと…」
厳しい口調で言われ、思わず、しどろもどろになってしまう。
「言えない理由なのか?」
教師が更に詰める。美緒は「いや、あの…」とまた言葉が出なくなる。やましいことがなくても、問い詰められると泣きそうになってしまう。
「お前、まさか、タバコ吸ってるんじゃないだろうな?」
「そんなっ…!」
「美緒がタバコなんか吸うわけないじゃないですか!」
晴香も弁解してくれる。しかし、教師は相手にしなかった。
「荷物を見せろ」
教師が美緒のカバンを示す。
「えっ…」
カバンの中には、父へのプレゼントのワインが入っている。見つかったら面倒なことになりそうだ。
「タバコなんて入ってません!」
「だったら、見せられるだろう」
「本当に違うんです!」
「このライター何に使ったんだ、言え!」
教師が怒鳴る。美緒は、泣き出してしまった。

「ホッカイロですよね?」

話に割り込む声が聞こえた。三人がそっちを見る。背が高く、端正な顔立ちの男子生徒がいた。合格発表の時、困っている二人に受付の場所を教えてくれた、あの人だった。
「何言ってんだ、お前」
男性教師が男子生徒を見上げる。教師が生徒を見上げる絵面は、みっともなかった。
「ポケットに入れてるんじゃないですか?」男子生徒が美緒を見下ろす。
「え?」
「カイロ。ポケットに入ってるんじゃないですか?」
美緒が、コートのポケットから手の平サイズの巾着袋を取り出した。「やっぱり」と男子生徒が笑う。
「どういうことだ?」
教師が聞く。しかし、美緒は泣きじゃくっていて説明できそうになかった。
「ちょっと、借りてもいいですか?」
ジンが巾着袋を受け取る。そして、中から、金属製の膨らみのある四角い容器を取り出した。
「貸してください」
ジンが男性教師からライターを受け取る。
「ここを、こう、開けます」
ジンがカイロのキャップを外す。ちょうど、真ん中から半分に割るような形だった。キャップを外すと、突起物が現れた。
「ここを、火で焙るんです」
そう言い、ライターでその突起物を焙った。そして、蓋を閉める。
「あったかいですよ」
ジンがカイロを先生に渡す。
「あっつ!」
男性教師が、思わず手を離す。カイロが地面に転がった。
「これ、持ってるとあったかいんですよ」
ジンがカイロを拾い上げ、巾着袋に仕舞った。そして、美緒の小さな手に持たせる。
「カイロは、防寒具です。持ってても何も問題ありませんよね?」
ジンが男性教師にそう聞く。
「カイロなら、私も持ってます」
晴香も自分のポケットから使い捨てカイロを取り出して見せた。
「…なら、ちゃんとそう説明しろ」
教師がそう言う。
「一応、謝っときましょうか」
男子生徒が美緒を見下ろし、「…すいませんでした」と頭を下げた。
「ったく」
教師がその場を立ち去った。三人の間に、安堵した空気が流れる。
「…ありがとうございました」
美緒がお礼を言う。
「急に怒られたら、ビックリしちゃいますよね」と男子生徒が笑う。その笑顔に美緒が安心し、涙を拭った。
「…でも、よくカイロだってわかりましたね」
「昔、ばぁちゃんが似たようなの持ってたんです。それで」
「それも、そうなんですけど」
「ん?」
「私がライターを持ってる理由がこのカイロだって、よく分かりましたね」
「よく見れば、わかりますよ」
「え?」
「相当、寒がりみたいなので」と両手を広げ、美緒の姿を示す。
「もう四月なのに、コート着て、マフラー巻いて、手袋して、真冬と変わらない格好をしてますし。それに、今日めちゃくちゃ寒いですしね」
そう言って笑う。
「それに、タバコを吸うような人にも見えませんし」
「…そうですか」美緒が微笑む。
「ちょっと、いいですか」
男子生徒が手を出す。美緒がその手にカイロの入った巾着袋を乗せると、両手で優しく包み込んだ。
「今日、寒いですよね」
「ですね」
二人が笑う。
「寒いと、何で笑っちゃうんでしょうね」
「ありがとうございました」そう言って、美緒にカイロを返した。
「じゃあ」
そう言って、男子生徒はその場を離れた。晴香と美緒がその背中を見送る。

 「まるで名探偵だね」と晴香が言う。
「え?」
「合格発表の時も、すぐ分かってくれたもんね」
「そうだね」
美緒の涙はすっかり止まり、笑顔が戻っていた。
「良かったね」
晴香が言う。
「え?」
「よく見てくれたんだって」
そう言うと、晴香が走りだした。美緒が「…もう!」と怒りながら後を追いかける。
「また怒られるよ!」
「じゃあ、また助けてもらえばいいんじゃない?」
「だから、やめてってば!」

 「おとうさん」
夜。母親と父親と、雰囲気のいいレストランでご飯を食べる。美緒が「おめでとう」と父親にプレゼントを渡した。
「おー、ありがとう!」
娘からの誕生日プレゼントに、父親の顔がほころぶ。
「…ワインだ」
「いつも、おとうさんが飲んでるのに比べたら安物だけど」
「そんなことは関係ないよ」
娘が自分の好物を選んでくれた事を父親が喜ぶ。
「せっかくだから、今飲もう」
そう言って店員を呼ぶ。持ち込んだワインだが、娘からのプレゼントを飲みたいという希望を快く受け入れてくれた。

「…うん、おいしい!」

父親が喜ぶ。
「どんな高級なワインよりおいしいな」
「そんな、大げさだよ」
美緒も微笑んだ。
「五年後の誕生日は、一緒に飲めるんだな」
「そうだね」
「…いや、待て、まず美緒の誕生日に飲めるんだな!?」
父親が笑顔でそう言うが、「それはどうかしら」と母親が意地悪く言う。
「なんでだ?」
「美緒に彼氏が出来ればそれは叶わないでしょ」
その言葉に、「え…」と言葉を失う。
「おかあさん、今日はおとうさんの誕生日なんだから」
美緒がそうフォローする。「そうだったね」と母親が笑う。
「五年後の誕生日、一緒にお酒飲もうね」
美緒が父親に笑顔で言う。
「それは、おとうさんの?美緒の?」
そう問い詰める父親を無視して、母親が「美緒、これおいしいわよ」とデザートのケーキを勧めた。美緒も「え、どれ?」とケーキに興味を示した。
「ねぇ、どっち?」
そう聞く父親を無視して、美緒がケーキを食べた。

「おいしい」

ケーキの美味しさに、美緒が笑顔になる。もし、彼氏が出来たりしたら。誕生日やクリスマスなんかには、おいしいケーキを一緒に食べたりするのだろうか。そんな事を想像していた。

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