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[読書メモ] 三十一日 / 宇佐見りん

三十一日

三島賞・芥川賞を20代前半で受賞した令和の天才作家 宇佐見りん氏のデビュー作「かか」の文庫化にあたって書き下ろされた短編小説。飼い犬の死に立ち会えなかった尚子が、墓参りをしながら後悔の扉と向かい合う。

倒れていった赤い自転車、――の前輪と後輪がから回るあいだ、自転車から立ちのぼる不可思議な余韻は尚子を縛りつけ離さない。

かか|P.139

作品の全貌が全く見えないように計算された書き出し。自転車が倒れるさまを走馬灯のように描写することで何か死を連想させる。

火葬場で送り出したときの記憶に至りそうになり、尚子はそれを慎重に避け、合わせた掌が汗ですいつく感触を追った。

かか|P.142

大切な飼い犬を自分の納得のいく形で看取れなかった後悔が、当時の記憶を意識的に避けるようしている。この心情を文章にするのは難しいと思うが、短い文章で的確に描写している。

立ち上がったときによろめいて黄色い花をつけた草を踏んづけた。<中略>わざとだったかもしれない、と柄杓と桶を返却し、本堂のあたりまでのゆるい坂を下ってきてから思った。

かか|P.143

花を踏む瞬間、避けるときと避けないときがある。さらに避けないときは、どうにか避けられるのに避けない場合がある。少し注意すれば避けられたのに避けられなかったという行為が、もっとしっかり飼い犬を看取れたかもしれないことを後悔していることに繋がっているように思う。

尚子を想像が突き刺した。<中略>一匹、世界から意識が消えいる瞬間犬は何を思ったろうか。<中略>なぜ誰もやってこないのだろうと思いながら息絶えたのではないか。

かか|P.149

愛犬が孤独な環境で死んでしまったとき、死に際に犬の立場で何を思ったか考えてしまうことは、愛犬を失った経験のある読者の共感を誘う。「ちょっと目を離したときに」「まだ大丈夫だろうと思ったのに」からの後悔。すれ違いで愛犬を看取れなかった人は、死に際の犬の気持ちになって思い出すことでその償いをするのかもしれない。

短い時間軸を交錯させながら、後悔の念を潜ませながら愛犬の墓参りをする尚子の心情描写がとても見事な短編。

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