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腸内細菌と概日リズム 〜マイクロバイオームは日々変わる?

腸内細菌の状態がある一定の期間を通じてまったく変動しないことはありえない。
彼らが生きものであり、腸内細菌が生態系を築いている限り、そこには動きがある。

では、菌たちは一日という短いスパンで見て変わりうるだろうか?
そして、その動きは私たち人間が科学の力で可視化できるほどの動きなのだろうか?
答えはYESだ。

※本記事は「腸内細菌の驚くべき変動と回復力:わたしのマイクロバイオームは変わるの?」の続き記事です。
最初から順番に読んでいくと、腸内細菌がどの程度柔軟に変わりうるのか、より理解が深まります。


・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
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概日リズムって?

本題に入る前に、概日リズムという概念について少しだけおさらいしておきたい。(とかなんとか言いながら、私も詳しいことは今回調べるまで知らなかったです)

概日リズムとは、主に内因性(体の中で刻まれる)の時計のようなもので、私たちヒトの場合はおよそ25時間弱で一周するとされている。
そのリズムは末梢神経やホルモンなどの情報によって刻まれ、中枢神経が日光を感知して調節される。

概日リズムは生命活動のプロセスに大きな影響があり、代謝や免疫にも関わっている重要な機能だ。

ひるがえって現代の生活は、概日リズムが崩れやすい。
日が暮れてから家に帰れば、照明なしで入浴や食事を済ませることはできないだろう。
都会では、遮光カーテンをしなければ、深夜も外が明るくて眠れないかもしれない。
布団の中でスマホ動画を見てから眠る人もいるんじゃないだろうか。(安眠ヨガだって初心者にはスマホが要るもの)

そして、夜勤や海外出張など、物理的に体内時計が狂いやすいライフスタイルの人もいる。

概日リズムが狂うと、肥満、Ⅱ型糖尿病、がん、心疾患、感染症にかかりやすいなどのさまざまな疾患のリスクが高まることがわかっている(1-5)。

こういったさまざまな疾患リスク。何かが乱れることでもリスクが高まるのではなかっただろうか。
そう、腸内細菌だ。

細菌の概日リズム

細菌は、ヒトと違って世代交代が早い。
例えば大腸菌は、条件が良い場合には20分で一度細胞分裂をする。

そういった事実も手伝って、長いあいだ細菌には一日という(細菌にとっては)長い時間でリズムを刻んでいるとは考えられていなかった。

その考えを覆したのは、シアノバクテリアという光合成をする細菌に関する研究(6)だ。
細菌は光を感知して、リズムを刻んでいる。
彼らは転写因子だけではなく、そのあとの転写・翻訳過程においても調節を受けていた。

腸内細菌の概日リズム

では、闇の中で生きている細菌にも概日リズムはあるのだろうか?
例えば腸内細菌は、腸という暗闇の中で暮らしている。
彼らには、体内時計を調節するための日光が届かない。

イスラエルのワイツマン科学研究所に所属する研究者らによるマウスを使った研究(7)では、マウスの腸内細菌の15%以上の細菌種(数でいうと60%)が一日周期で変化しており、ヒトの場合も10%程度の種類が変化していることがわかった。

とてもおもしろい研究なので、少し詳しく紹介したい。

マウスの腸内細菌の概日リズム

研究者たちは、マウスを12時間ごとに照明にさらし、昼と夜のリズムを再現した。
そして6時間おきにマウスの糞便を採取し、16S 菌叢解析を行って細菌の顔ぶれを調べた。

すると、15%の細菌種において概日リズムが存在することがわかった。これを種類の数ではなく、細菌の豊富さの数で見ると、なんと60%もの細菌がリズムを刻んでいた。
特に、目レベルではClostridiales, Lactobacillales, Bacteroidalesなどの細菌が変動しており、種レベルではLactobacillus reuteriやDehalobacterium spp.が抜きん出て変化していた。

では、細菌の顔ぶれではなく遺伝子の機能で見るとどうだろうか。
推測できた機能のうち、23%の機能で概日リズムが見られた。

【夜間に活発になる遺伝子の機能】
・エネルギー代謝
・DNA修復
・細胞増殖

【昼間に活発になる遺伝子の機能】
・解毒
・運動
・環境の感知

昼間に活発になる遺伝子は、ひと言でいうと「メンテナンス系」の遺伝子たちだ。

マウスは夜行性なので、ヒトの場合はこの逆になることが同じ研究論文内で述べられている。

概日リズムの狂ったマウス

続いて、概日リズムを調整する遺伝子を欠損したマウスを使って同じことをすると、16S 菌叢解析で見る細菌の顔ぶれから概日リズムが消えた。
遺伝子機能も同じく、概日リズムを刻まなくなってしまった。

さらに、遺伝子欠損マウスでは、通常の健康なマウスに比べて腸内細菌の多様性が低く、いわゆる「ディスバイオシス」状態になっていたことも注目に値する。

食事時間と概日リズム

概日リズムの狂ったマウスを観察していた研究者たちは、あることに気がついた。
マウスはゲージの中でいつでも好きな時に食事をすることができる環境だったのだが、遺伝子欠損マウスは「食事のメリハリ」がなくなり、不規則な食生活になっていたのだ。

ここに目をつけた研究者たちは、食事のタイミングが腸内細菌の概日リズムに影響を及ぼすのではないかと仮説を立てた。
光が当たらず、温度変化もさほどない腸内環境では、食事がもっとも大きな「外部からの刺激」になるのだから、納得な仮説である。

次なる実験群が作られた。

  1. 明るいタイミングのみで給餌されるマウス(マウスにとっては本来寝ている時間)

  2. 暗いタイミングのみで給餌されるマウス

  3. 自由摂食のマウス(これはすでに実施した実験データから)

すると、興味深いことにいくつかの細菌群では、1と2で増減のタイミングがまったく逆転した。つまり、腸内細菌の概日リズムは食事のタイミングに大きく影響されていたのだ。

ただし、1と3よりは2と3のほうがパターンが似通っていたので、食事のタイミングは重要ではあるが、原因のすべてであるというわけではなさそうだった。

この実験に続いて、遺伝子欠損マウスであっても食事のタイミングを調整してやれば、腸内細菌の概日リズムが正常に近づく可能性が試された。
結果はYESだった。

食事の時間と腸内細菌、そして代謝の変化に関する同様の実験(8)は、アメリカの研究チームも行っている。

時差ボケと腸内細菌

ヒトの場合、概日リズムを刻む遺伝子が欠損していなくても概日リズムが狂うことがある。
それがいわゆる「時差ボケ」状態だ。

海外旅行に行くと経験することのある現象だが、実は夜勤シフトのある仕事に就いている人にも起こりやすい。
もちろん、仕事で海外出張を頻繁にする人も慢性的な時差ボケになりやすい。

時差ボケ状態になると、正常な睡眠リズムが崩れ、概日リズムも崩れやすい。そこで研究者たちは、マウスに時差ボケ状態をつくりだし、腸内細菌への影響を調べることにした。

マウスたちはまず、夜10時に点灯、朝10時に消灯という環境を経験し、3日後に朝6時点灯、夜6時消灯、3日後にまた夜10時点灯に戻るという、典型的な海外出張や夜間勤務に似た8時間の時差ボケ状態にさらされた。

4週間後、マウスの腸内細菌に変化が見られ始めた。これは昼夜の一時的な変化ではなく、6時間ごとに採取した便の経時的な変化だ。
16週間後、時差ボケマウスの腸内細菌は明らかなディスバイオシス状態に陥っていた。しかも彼らは通常のマウスと同じ量の食事しかしていないのに、より太っていた。
海外出張の多い人や夜勤勤務の多い人は、体重に悩みを持っている人が多いかもしれない。けれど彼らは、必ずしも食べすぎているわけではないのだ。

さらに、この時差ボケマウスの便を移植した通常マウスは、体重を増やし、糖耐性が落ちていた。時差ボケによって変化した腸内細菌が、宿主の代謝に影響を与えていることを示唆している。

ヒトの場合は時差ボケでどうなる?

この研究では、被験者二名と少人数ではあるが、ヒトの場合の時差ボケ腸内細菌も解析している。

まず、時差ボケを起こしていないヒトの腸内細菌にも、概日リズムがあることを確認した。全体の種数のうち、およそ10%が昼夜で変動していたのだ。

遺伝子機能で見ると、夜行性のマウスの場合とは逆に、昼間にエネルギー代謝やタンパク質合成などの機能が活発になり、夜間に解毒の代謝が行われていた。

次に、アメリカ中央部または西部からイスラエルの、8時間から10時間の時差ボケを体験したヒトの便を解析した。
すると、以下のように「時差ボケをしている間」の腸内細菌にはFirmicutes門の割合が増えていた。

Thaiss CA, Zeevi D, Levy M, et al. Transkingdom Control of Microbiota Diurnal Oscillations Promotes Metabolic Homeostasis. Cell. 2014;159(3):514-529. doi:10.1016/j.cell.2014.09.048

Firmicutes門の割合が増えている場合、肥満や代謝系疾患のリスクが高まることが、マイクロバイオームの初期の研究で知られている。(※この法則は日本人には必ずしも当てはまらないことがわかっている)

この一致は偶然だろうか…?

ヒトの時差ボケ腸内細菌を無菌マウスに移植すると、果たせるかな、マウスたちの体重は増え、血糖値が上がった。
さらに恐ろしいことに、この代謝機能の低下は、移植後25日経っても元に戻る気配はなかった。無菌マウスは自分のもともとの腸内細菌がないから、時差ボケ腸内細菌が開拓者として腸に生態系を作ってしまったのだ。

腸内細菌と概日リズムの研究から立てられる仮説

腸内細菌も概日リズムがある。
それがわかっただけでも面白いが、そこから今のマイクロバイオーム研究全体に活かせるいくつかの仮説がある。

まず、マイクロバイオーム研究の被験者から便サンプルを採取するときは、採取した時間も考慮する必要がありそうだということだ。
そうでないと、腸内細菌の変化を過大評価してしまい、その変化が被験者のディスバイオシスではなく一時的な変化に過ぎない可能性を無視してしまうことになる。

ほかにも、概日リズムに左右されない細菌もあぶりだされてきた。
これらの細菌は、ハイスキーピング遺伝子としての機能を担っている可能性がある。つまり、寝ても覚めても必要な機能ということだ。

イスラエルの同じ研究チームは、今回の実験をさらにまとめた論文(9)も出版している。

夜間に活動する細菌たち

さらに同じ研究チームは、概日リズムに応じて活動する細菌たちがどのような形で代謝に関わっているのか、そのメカニズムを掘り下げる研究結果(10)を発表した。

彼らは、走査電子顕微鏡を使って大腸上皮細胞付近にある細菌を見える化した。

Thaiss CA, Levy M, Korem T, et al. Microbiota Diurnal Rhythmicity Programs Host Transcriptome Oscillations. Cell. 2016;167(6):1495-1510.e12. doi:10.1016/j.cell.2016.11.003

さらに定量PCRによる細菌数のカウントを併せて考えると、どうやら大腸上皮細胞付近にある細菌の数に一日周期の変化があることがわかった。
16S 菌叢解析をしてみると、数だけではなく種類の変化もあることがわかった。

私たちの腸は、長いトンネルである。
その長いトンネルの壁には、無数のひだがあり、そのひとつひとつを粘液層が二重に覆っているために病原体は容易に侵入できないようになっている。

最近の研究で、免疫細胞の働きなどによって、その粘液の中へ侵入を許される細菌がいることが明らかになっているが、この研究では一部の細菌が粘液層の最下部まで入り込んでいることがわかったのだ。
しかも、夜間限定で。

これはどういうことなのだろう?

実は、これらの細菌は血液を通して小さな信号を肝臓に送ることで、肝臓での解毒代謝を促していたのだ。

Thaiss CA, Levy M, Korem T, et al. Microbiota Diurnal Rhythmicity Programs Host Transcriptome Oscillations. Cell. 2016;167(6):1495-1510.e12. doi:10.1016/j.cell.2016.11.003

宿主の概日リズムが細菌叢に影響を与えるのみならず、細菌の概日リズムが宿主の代謝機能に重要な役割を果たしていることがわかったのだ。

まとめ

  • 腸内細菌の顔ぶれや機能にも概日リズムがある

  • 概日リズムが崩れると、腸内細菌のバランスが乱れる

  • 腸内細菌の場合、食事の時間が細菌の概日リズムに直接影響する

  • 時差ボケ腸内細菌は、代謝機能に悪影響を与える

  • 腸内細菌の概日リズムは、宿主の代謝機能を支えている

Thaiss CA, Zeevi D, Levy M, et al. Transkingdom Control of Microbiota Diurnal Oscillations Promotes Metabolic Homeostasis. Cell. 2014;159(3):514-529. doi:10.1016/j.cell.2014.09.048

朝起きたらお日さまの光を浴びよう、寝る前はスマホを見ず夜ふかしもやめよう、という健康Tips的なアドバイスは、そこら中にある。
さまざまな事情で、そういったライフスタイルが叶わない人もいる。

けれど、腸内細菌たちもお日さまのリズムに左右されているという事実を知った今、なにか自身の行動を変えられるいいきっかけになれば嬉しいです。

腸内細菌と概日リズムに関する研究は、他の研究チームも盛んに行っている。さらに、細菌以外のマイクロバイオーム、つまりウイルスや真菌などとの関連もさらに解明されていくだろう。

1. Archer SN, Laing EE, Möller-Levet CS, et al. Mistimed sleep disrupts circadian regulation of the human transcriptome. Proc Natl Acad Sci. 2014;111(6):E682-E691. doi:10.1073/pnas.1316335111
2. Buxton OM, Cain SW, O’Connor SP, et al. Adverse Metabolic Consequences in Humans of Prolonged Sleep Restriction Combined with Circadian Disruption. Sci Transl Med. 2012;4(129):129ra43-129ra43. doi:10.1126/scitranslmed.3003200
3. Fonken LK, Workman JL, Walton JC, et al. Light at night increases body mass by shifting the time of food intake. Proc Natl Acad Sci. 2010;107(43):18664-18669. doi:10.1073/pnas.1008734107
4. Scheer FAJL, Hilton MF, Mantzoros CS, Shea SA. Adverse metabolic and cardiovascular consequences of circadian misalignment. Proc Natl Acad Sci. 2009;106(11):4453-4458. doi:10.1073/pnas.0808180106
5. Suwazono Y, Dochi M, Sakata K, et al. A Longitudinal Study on the Effect of Shift Work on Weight Gain in Male Japanese Workers. Obesity. 2008;16(8):1887-1893. doi:10.1038/oby.2008.298
6. Johnson CH, Stewart PL, Egli M. The Cyanobacterial Circadian System: From Biophysics to Bioevolution. Annu Rev Biophys. 2011;40(Volume 40, 2011):143-167. doi:10.1146/annurev-biophys-042910-155317
7. Thaiss CA, Zeevi D, Levy M, et al. Transkingdom Control of Microbiota Diurnal Oscillations Promotes Metabolic Homeostasis. Cell. 2014;159(3):514-529. doi:10.1016/j.cell.2014.09.048
8. Zarrinpar A, Chaix A, Yooseph S, Panda S. Diet and Feeding Pattern Affect the Diurnal Dynamics of the Gut Microbiome. Cell Metab. 2014;20(6):1006-1017. doi:10.1016/j.cmet.2014.11.008
9. Thaiss CA, Zeevi D, Levy M, Segal E, Elinav E. A day in the life of the meta-organism: diurnal rhythms of the intestinal microbiome and its host. Gut Microbes. 2015;6(2):137-142. doi:10.1080/19490976.2015.1016690
10. Thaiss CA, Levy M, Korem T, et al. Microbiota Diurnal Rhythmicity Programs Host Transcriptome Oscillations. Cell. 2016;167(6):1495-1510.e12. doi:10.1016/j.cell.2016.11.003



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