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サンタさんが消えて、サンタクロースが訪れる日

ずっと頭上でキラキラしていた銀杏の葉も、いつの間にか足元にばかり集まってしまいました。自然は落ち着きを見せる一方、人間は忙しなくしていますね。師走、ですね。

さて、今日はご存知の通りクリスマス・イヴ。
日本ではほとんどの方が、キリストとの関わりを持ち合わせていませんが…この1年、自分たちへのご褒美としてなのか、楽しげに「メリークリスマス」と言い合う様子は、どこか可笑しく、でも、どこか愛おしさも感じます。

先日、私の友達が「サンタさんが来なくなった年、別に分かってはいたけど寂しかったなぁ」と笑って話していました。

特別悪いことをしたわけでもないのに、いつの間にか"サンタさん"が来なくなる。大人と子供の境界線には、様々な出来事が考えられますが、子供にとって初めての「大人になるとき」は、もしかしたら"サンタさん"との別れなのかもしれません。

私もかつて"サンタさん"との別れを経験しましたが、その反面私は"サンタクロース"との出会いを果たした気がしています。(?)


この時期になると毎年観たくなる映画『ポーラー・エクスプレス』に、そのヒントは隠されているかもしれません。

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"The Polar Express" (2004)


本作はまさに、「サンタさんの存在を疑う子供」を主人公として、クリスマス・イヴの晩に不思議な体験をするというファンタジーアニメーション映画です。
当時小学生だった私は、本作を劇場で観てからというもの、クリスマスシーズンには毎年欠かさず観ている大好きな1本です。

本作の魅力は「サンタとは?」という問いに対し、すべての観客に優しく寄り添う答えを提示してくれるところです。


とは言うものの、劇中子供にとってはかなりブラックなジョークとして、サンタではないはずの大人たちが、サンタの赤い帽子を持っているというシーンがあります。笑
これに対し、やっぱりサンタはいないんだ、とか、商業ベースに乗せられたイベントだから、ということは思いません。私はこれも歴とした"サンタ"であると思っています。しかし、彼らはあくまで"サンタさん"であり、"サンタクロース"ではないと考えるわけです。

子供の頃には間違いなく"サンタさん"がいました。
それは本当にわくわくする出来事で、不思議で、喜びに満ちた存在に変わりありません。

しかしある時、子供は思うわけです。
一体このプレゼントはどこからやってくるのか・・・
なぜタダで欲しいものが降ってくるのか・・・
誰が行なっているのか・・・

この疑問が生じた時こそ、"サンタさん"が消え、"サンタクロース"に出会うかどうかの分かれ道ではないでしょうか。

それまで自分の喜びがすべてであった世界から、他者の存在を認知し、人を想うことを考える。そうして家族と過ごす時間、友達と過ごす時間、恋人と過ごす時間、様々な場面での「私とあなた」の時間が育まれる時、それは"サンタクロース"からの贈り物であると...そう信じられたら、なんて素敵なことだと思いませんか?


『ポーラー・エクスプレス』で語られる"サンタクロース"とは...クリスマスのシンボルであり、クリスマスの精神そのものだと言います。そして、そのことを"信じる"か否かだけであるとも。

「またそんなこと言ったって、サンタが赤い衣装を身に纏っている時点で、コカコーラの宣伝に騙されているだけだよ」と批判する者もいるかもしれません。
悔しいですが、私はこれも事実だと思います。
"サンタクロース"がクリスマスの精神そのものであるならば、その実体は存在しません。そんな姿形のない"サンタクロース"を、もし映画の主人公のように見たとするならば、多くの方が全世界で浸透した、あの赤いコスチュームのサンタが映るでしょう。

無論、どんな出で立ちのサンタが映るか、その人それぞれ異なるであろうことは言うまでもありません。

それを知ってか、映画では「サンタを信じるか?」という問いかけとともに、幽霊の存在についても子供に問いかける一幕があります。実体はないが、精神がある。目に見えない美しさが、クリスマスにはある。

"サンタクロース"が訪れた折には、いつかの"サンタさん"とともに食卓を囲むことができているかもしれません。

そして、そう遠くない未来、いつかの"サンタさん"から赤い帽子を譲り受ける時が来たら幸いです。

皆さんはどんなクリスマスを過ごしますか?
クリスマスの夜に『ポーラー・エクスプレス』おすすめですよ。


誰もが"サンタクロース"の存在を信じられる、素敵な週末を迎えられることを願っています。


それでは。
メリークリスマス。

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