見出し画像

社会人になって、私は私を好きになれた。


5月末の部署配属から早3ヶ月。

8月1日に残業解禁を迎えたことで、ただでさえ忙しかったのにさらに業務が増えて、残業だらけの日々を送っている。



残業って、仕事ができない人がやることだと思っていた。定時の中で業務が終わることができないくらい非効率がゆえに起こることだと思っていた。

だけどこのチームに配属されて、それが世間知らずの認識だったことがよくわかった。

うちのチームは仕事ができる人たちが集まっているなと思う。今うちの部署で売られている製品ラインナップができる前、できた当初から売上を何倍何十倍にも伸ばして高い利益率を達成した実績が買われ、最短コースで管理職入りを果たした課長を筆頭に、その課長に鍛えられた主任(私のトレーナー)、その2人に鍛えられた先輩2人、一度も失注経験がなく課長からも一目置かれている主任(トレーナーの先輩)。うちの部署が注力していくと宣言し、今後10年20年の弊社を作るのは君のところだと言われるような、全社的にも力を入れる領域を任されているチームなのだから、当然とも言える。

彼らを見ていると、1人でいくつもの案件を抱えていて、定時の時間帯はすべて会議で埋め尽くされている。作業時間がない。だから残業をしないと仕事が終わらない。それでも必ず終わらせてきて+α以上の価値を作る。なにより、うちのチームはみんな仕事好きだ。誰1人、嫌々やらされている、なんて人はいない。シゴデキがゆえの残業、そこから生まれるアウトプットの質を見ていれば、残業は必ずしもマイナスなものではないのだと気づいたし、価値観が一瞬で変わった。

一方で、休みは必ず取らせてくれる。前日、いや当日に行ってもOKが出る。「休みを拒否したことがないのが自慢」と課長も言っていた。ちなみに残業も「やらないといけないことがあって、それを納得のいく質で完遂するためなら、法に触れるラインを超えない限り残業していいよ」の方針。

チームによっては【残業=悪】で事前に申請しないと絶対に許可が降りない、というところもあるらしい。世間がうちの会社に寄せるイメージと合うTHE・ホワイト。

それもひとつの正しさかもしれないけれど、試用期間中で残業ができなかったとき、それはそれでキツいことを知った。残業は嫌だと思っていたけれど、残業すれば稼げるし、なによりひとつひとつの仕事を納得のいく質でこなすことができる。定時の時間で終わらせるためにやっつけ仕事のようになるよりか、よっぽど誠実だと思う。


生成AIに関する営業コンサル。


このチームに来られてほんとうによかったな、といつも思う。同じ営業コンサルでもネットワーク系だったら興味なさすぎて死んでいただろうし、同じ生成AIに関わるものでもSEなら1週間で辞めていただろう。あるいは、今と同じことができたとしても、この課長・トレーナー・先輩方とでなければ心が折れていたかもしれない。このチームで食らいついて、彼らと仕事をしていれば、自分も仕事ができるようになるだろうな、といつも思う。

本気で尊敬できる人たちに囲まれて、好きな仕事ができる。そんな環境に辿り着けた奇跡を噛み締めて毎日感謝しながら、誇りを持って楽しんで働けることが幸せで仕方ない。



配属初日、トレーナーが出席する会議すべてに出席した。7.5時間の勤務時間中に8つの会議。それでも研修やPCセットアップしかやることがないような暇を過ごすより遥かに楽しかった。

しかし、2週目。
「もう少しゆっくり育成してあげたら?」と課長に言われたようで、突然の暇が訪れた。暇とはいえ、この1年でこなさないといけないと決まっているオンデマンドの研修があるので、それをひたすら受講した。

が、あまりに退屈だった。
これから専門になる生成AIと、一見かけ離れているネットワークの勉強に、何のモチベーションも見出せなかった。

そしてとうとう、あまりに退屈すぎて、トレーナーに「研修おもしろくないです。業務もっとやりたいです。会議だらけの方が遥かに楽しかったです。」と伝えた。

他の新人ならラクでラッキーと思うはずの研修を「おもんない」と切り捨てた私を見て、まじか、とプラスに受け取ったうちのトレーナーはその日からバンバン仕事を振ってくれるようになった。

曰く、「研修は大事だよ?大事だけどさ、正直、業務やってくれる方が何倍も助かるし、それでできること増えてくれたら俺の仕事も減るから、そっちのほうがいいんだよね(笑)」とのこと。仕事好きなトレーナーと研修より業務派の私の、仕事上の相性は花丸だったらしい。



その甲斐もあってか7月頃、議事録・会議依頼送信要員から資料作成要員に格上げされた(と思っている)。

社会人になる前は議事録も資料作成も、誰にでもできるつまらない仕事だと思っていた。だけど、全くそんなことはなかった。というよりも、これだけのシゴデキが集まっているチームで、自分にできること、自分がやらせてもらえること、役に立てることがあるのなら、それが何であれ喜んでやろうと思えるようになった。(「資料作成たのしいです!」と伝えると、トレーナーさんに「え"?一番面倒なのに」と言われたけれど笑)



それらと同時並行で製品説明をトレーナーさん向けにほぼ毎週実施させてもらい、その度にフィードバックをいただいていた。先日、トレーナーさんからの合格をもらった。明日、チーム向けに発表をする。それに合格したら、いよいよ社内のお客様、外部のお客様へ、説明を担当することになる。


トレーナーは、私を「1ヶ月で理解力あることはわかったよ。指示したら、それがどんなことを意図しているかまで把握して取り組めるね。国語得意だったでしょ?」「依頼文も議事録も変な文章書かないよね。情報の整理が得意なんだね。」、「でも瞬発力は弱い?製品説明聞いて、話すより書く方が得意なんだと思った」と分析した。

IT知識も生成AIに関する知識もほぼゼロで、すべてがわからなかった状態から勉強した内容を使って自分の言葉で「私たちの製品はこんな役割をしているものです」と語った1回目、
その内容を踏まえて実際の資料を使って説明した2回目、
トレーナーが新規のお客様に実施する説明を何度か聞いた上で臨んだ3回目、
流暢にしゃべれなくてトレーナーの説明を録画録音してそのシャドウイングと写経をして、その文字起こしをカンペに臨んだ4回目、

そのカンペすらなしに独力で臨んだ5回目。


3〜5回目は発表前に自宅でも練習したり準備したりと少々頑張った部分はあれど、ゼロからここまでこられたのは、トレーナーが私のことをよく見て、最短で成長できるように育成方法を考えてくれたからだと思う。


議事録も資料作成も、扱う製品が登場しないことなんてない。

しかも、作成を任された資料のうちの1つは、お客様向けの製品紹介の際に必ず見せることになる製品の営業資料のアップデートだった。

その中には今回新たにゼロから作るページもいくつかあって、開発の方に詳細な仕組みを自ら訊ねて、その内容を整理して、絵に起こしたものもあった。

思い返せば、一見ただの作業に見えるもののなかに常に「製品理解」の要素があった。だから、短期間でここまで成長できたのだと思う。

まだ3ヶ月だけど、トレーナーには感謝してもしきれない。




社会人になって、自分のことをやっと、少し、好きになれた。

この仕事に辿り着けたのは就活時代の私が「この先 40年近くの人生の大半の時間を費やしてもいいと思えるくらい、やりたいこと・やれることはなんだろう?」と考え抜いたからだ。そこで考えたことを入社前から一貫してブレずに伝え続けてきたからだ。それができたのは、今までの人生でたくさん失敗して、嫌なことがあって、その度に自分を見つめ直して、生きてきたからだ。そう思えた。



人は変わらない。
人は変わる。


どちらも正しいと思う。


もちろん簡単には変えられない部分だってある。

だけど、自分に合う環境に行くための努力を惜しまなければ、すぐにではなくてもいつか自分に合う環境にたどり着けると思う。

変わりたいと願っても、すぐには変われない。それでも、「変わりたい」と思いながら行動し続けていれば、ゆっくりと変わっていくことはできる。

22年生きてきて私が私に証明した。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?