幻の「夏休みの宿題」
「おはようございます。ウサギのティースプーンのお時間です」小さなラジオブースの中で、ウサギはいつものように元気な声で番組を始めた。
「次は、リスナーの皆さんからの質問にお答えするコーナーです。最初に紹介するのは、ラジオネーム『図書館大好きカメさん』からです」
「『ウサギさんは、夏休みの宿題を早めに終わらせるタイプでしたか?』という質問をいただきました」
「夏休みといえば、プールやかき氷、そして花火。そんなものばかりに夢中だった気がしますね」とウサギは遠い記憶を手繰り寄せるように、どこか夢心地で言った。
「いえいえ、質問は宿題のことでしたね」と彼女は少し照れたように、笑いながら言葉をつないだ。
「あれ? でも、待って。私、宿題の記憶がほとんどないんです。きっとやっていたんだろうけど…」と言いながら、自分でも曖昧なその記憶に、ふわりと微笑みがこぼれた。
彼女の話をきっかけに、夏休みの宿題のやり方について、リスナーから次々と意見が寄せられた。
そして、意見が紹介されるたびに、「さっさと済ます派」と「ギリギリまで延ばす派」に分かれて番組は大いに盛り上がった。
「やらされる勉強って、意外と記憶に残らないものですよね。やっぱり、自分からやる気を出して学ぶことが大切なんだと思います。それでは、みなさん、次回もお楽しみに!」とウサギは番組を締めくくった。
放送を終え、ウサギはカメが待つ図書館へ軽やかに走り出した。閲覧席で静かにページをめくる彼を見つけると、ウサギはそっと彼の隣に座った。
イヤホンを外したカメが視線を上げた。
「僕は、夏休みの宿題をするとき、図書館の人にたくさん助けてもらった。それが嬉しくて、気がついたら自分も同じ仕事をしたいと思っていたんだ」とカメは静かに口にした。
「私も、あなたみたいな司書さんに宿題を手伝ってもらいたかったな。そうしたら、宿題のことを覚えていられたと思うの」と、ウサギがぽつんと呟いた。
二人は視線を交わすと、そんな世界をそっと思い描いた。
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