うさぎ神社と小さな願い
曇り空の下、ウサギとカメはひっそりとした商店街を歩いていた。足音だけが響く道を進んでいくと、やがて紅葉に染まった古い木々が視界に広がり始めた。
神社の門前にたどり着くと、時を超えたような静けさと、うさぎの姿をした石像が、二人を待っていたかのように佇んでいた。
「見て! 狛犬じゃなくて、うさぎがいるわ」ウサギは小さく声を上げると、微笑みながらそっと石像を指差した。
「ここはね、『つきじんじゃ』って言うんだ。『つき』にゆかりがあるから、月の動物であるうさぎが神様のお使いなんだよ」カメは静かに語った。
「だからうさぎがいるのね。でも…なんだかまだ違和感があるわ」ウサギはそう言いながら、辺りをじっと見渡した。
「普通の神社なら必ずあるものが、ここには見当たらない気がするの…」
「この神社には鳥居がないんだよ。昔、この神社は伊勢神宮に貢ぎ物を納める倉庫の中に作られたから、貢ぎ物の出し入れの邪魔にならないように鳥居を建てなかったんだ」
「倉庫の間に神社を作ったなんて、込み入った事情があったのかしらね?」ウサギは首をかしげながら、ゆっくりと歩き出した。
「このうさぎ、ずいぶんと大きいのね。しかも、口から水が出ているなんて……ちょっとびっくりしたけれど、なんだかほっとするわ」
「池の中にも、うさぎがいるのね。水面にふわりと浮かぶその姿が、なんとも不思議で、物語の中のようね」
「この神社は『つき』にゆかりがあるから、勝負ごとのパワースポットとしても知られているんだ。浦和レッズの選手たちもシーズン前にここで必勝祈願をするんみたいだよ」
「名前の読み方で、そんなふうに意味が広がるなんてなんだか不思議ね。神様を守るうさぎがここにいて、勝利さえも運んでくれるなんて…」そう呟きながら、ウサギは小さなお守りをそっと手のひらに乗せた。
「誰かに勝とうなんて、私、そんなことは考えていないの。ただ、あなたとずっと一緒にいられたら…」彼女はふと振り返り、ほんの少し恥じらうように微笑んだ。