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【旅話】歩いて夜を明かせ

(前書き)
24時間歩行企画。歩き始めてから12時間が経ち、空が明るくなってくる。

午前五時半。僕らは公園のベンチに座ってぐったりとしていた。すぐ目の前には見飽きた瀬戸内海が広がっていて、徐々に明るくなっていく空を鮮明に映している。

企画開始から12時間。遂に歩いて夜を明かしてしまった。

近くをおじいさんが犬を連れて散歩している。早起きは大変結構なことだが、僕らは夜を徹して歩き続けたのだ。「よほど俺たちの方が健康的だな!」と、僕は半分喘ぎながら横に座っている友人に話しかけた。話しかけたが友人はうんともすんとも言わず、不審に思って横を向くと彼は白目を剥いて気絶している。どうもあまり健康そうには見えない。


……。

夜を徹して歩くことを、僕はあまり人におススメしない。
最初のうちは楽しい。徐々に更けていく夜の最中、黙々と歩くという行為。ふわふわとしていて頼りない非日常感に酔いしれていた時間ももちろんあった。

だが今はどうだろう。
腰は砕けそうに痛いし、足各部が変な方向に引っ張られているような気持ち悪い感触を味わう。歩き続けてもしんどいし、立ち止まってもしんどい。水も食料も喉を通らない。睡眠不足で頭は痛い。目も痛い。

こういうときに思うのは、「あぁ、まだみんなは夢の中なんだろうな」と。あと二日経てばGWが明けてしまう。大学生は疲労極まる心身をぶら下げて、総じて休眠のラストスパートをかけているに違いない。

それなのに僕たちは、知らない場所でこんなにも疲れ切っている。友達たちはきっと笑うだろう、「お前、ほんと無駄なことしかしないよな」。確かに無駄だ。金もかかるしせっかくの休むチャンスも失った。

ただ、それがほんの少し優越感でもある。

たぶん大体の人は予測がつくと思うが、夜間にろくに休みもせず歩き続けると、人はものすごくしんどい思いをする。「そんなこと分かりきっている。分かりきっていることは別にする必要がない。分からないことを経験する方が余程有意義だ。」と、友達は揃いに揃って僕をバカにするだろう。

その通りだと思う。

いや、本当にその通りだろうか。

今まで出会ってきた人のなかで、一体何人の人が徹夜して歩き続けたのだろうか?たぶん一人もいないだろう。仮にいたとしても、実際に24時間歩き続けた人って一体どれだけいるのだろうか?

24時間歩行企画自体は大して珍しいものではないと思う。が、ありふれた体験談であっても、ありふれた体験ではないはずだ。辛さ、しんどさ、興奮を五感で知覚した僕らは、有意義までとは言わないでも、面白い経験をしたとは言える。

雑多な情報で埋め尽くされる日々。思わず見逃してしまいそうになるたくさんの「愉快で面白そうなこと」を、今後も逃さず捕まえられたら良いなと思う。



さてそんな物思いに耽っているうちに、友人が伸びをして「じゃあそろそろ……出発しますか」と呼び掛けてきた。

コイツ、絶好の日の出スポットで、朝日を見ずに出発しようとしている……。

「ちょっと待てよ」とキムタクバリに呼びかけたが、僕のキムタクパワーが足りていなかったのか、友人はすたすたと先を行ってしまった。

まあいいか。繊細な情緒を持ち合わせていない僕らが朝日を見ても、大した感情は湧かないだろう。

僕らは一足先に今日を始めている。歩く僕らにとっても、眠っている人にとっても、まだまだ1日は長い。


……。

その後、道中で朝焼けを見た。やけに眩しすぎる陽光は、睡眠不足の僕らにとっては実に不愉快なものとして映った。

やっぱり、徹夜して歩くべきではなかったと思う。
うん、割りとマジで。



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