令和島目指して来たら平和島
社会保健に加入することになりました 保険証が届くまで1、2週間かかります この空白期間に発熱しました タイミングよ 風邪かコロナかインフルか とりあえず葛根湯を飲んでみます 38度が平熱だっけ? と勘違いするぐらい元気なのですが 熱でハイになってるのかもしれません 黙っていれば出勤してもバレないだろう むしろパフォーマンスが上がるかも とも思いましたが 熱は一向に下がらず 脳味噌が発酵がしそうなので 病院に行って検査しました 保険証がないので10割負担です 保険証のありが
松屋大森駅北口店は駅から徒歩1分です。 大森駅の中央改札を出ると 東口 西口 北口は西口を出て右に200m の表示があります。 表示に従って西口を出ると松屋がありますが、大森駅北口店ではありません。 松屋大森駅北口店は 大森駅の北改札を出て東側にあります。 Omori trap Matsuya Omori Station North Exit Store is a 1-minute walk from the North Exit. When you exit
お菓子の包みを見つけた。 賞味期限を確認。 開けて食べようとすると、 猫の鳴き声がした。 掃き出し窓の外に猫がいた。 アメショっぽい顔つきだが、 色は白っぽくて体はデカい。 ゴスロリっぽい黒いリボンの首輪をしている。 どこかの飼い猫だろう。 案の定、程なく5、60代の女性が 猫を呼んで連れて行った。 入れ替わりに 犬を連れた30代ぐらいの女性が玄関に来た。 ダックスが私の膝にマウントしてくる。 「え?かわいい…」 と思わず口から漏れかけたところ、
クリスマス。 独居の母が発熱。 最初の2日は動く気力がなく、そこら辺にあった風邪薬を飲んでしのいでいた。 3日目に最寄りのクリニックに電話したところ、翌日の7:30に来てくださいとのこと。 私は予定を早めて帰省した。 最寄りのクリニックは、 距離にして1kmぐらい。 弱った母が歩くにはちょいとキツい。 タクシーならギリ初乗り程度。 1時間に一本のバス。乗る人は少ないが、 その時間は通勤通学の人が乗っている可能性大。 彼女がそのクリニックに行ったのは数年前に一度きり。その
お世話になった病院のレビュー(未遂) 血便が出て受診しました。 初診時44才。 潰瘍性大腸炎の診断を受け、 内視鏡検査6回。 7年間お世話になりました。 最寄りの内科で紹介状をもらって大きい病院に行くのが筋ですが、新しい仕事に就いたばかりで休暇を確保できる目処が立たず、土日に検査できるこちらを受診しました。駅に近いので通院にも便利です。 がんを匂わせておいて痔でした。 そんなオチを期待していましたが、まさかの難病。内視鏡検査と検体検査で診断が確定し、定期受診することにな
ピピピッと電子音が鳴っている。 ピピピッと鳴るものだらけの家で母は音源の特定に一日を費やした。 実家の火災報知器の電池が切れた。 設置が義務化された際に地域の自治会でまとめて設置してくれていた。 説明書がなくメーカーもわからない。 脚立に登っても字が小さくて見えず外そうにも手が届かない。 と、電話の向こうの母は言う。 メーカーがわからないとどの電池かわからないし。 困ったなー。 検索しながらあれこれ考えていたら、 母は双眼鏡でメーカーを特定した。 その発想はなかった
宴もたけなわではございますが、 そろそろ御開きとさせていただきます。 おめでたい席では 『おしまい』じゃ縁起が悪いから 『おひらき』と言い換える。 昔の人のセンスは、自動翻訳泣かせだ。 『ハワイ』を『ワイハー』と言うギョーカイ人に似ている。 『キョート』から『トーキョー』への遷都も、ギョーカイ人的に豪快な昔の人々のノリとセンスに因るところが大きい。 記憶は空の上の雲に置く時代になった。 川に蓋をした暗渠の上に発展した渋谷は、今も工事が進んでいる。今度は空中回廊で地上に
渋谷には暗渠がある。 街の発展に伴い、 川に蓋をして水路を残しつつ、 その上に道路と街が造られた。 その話は以前から知っている。 かつて渋谷のギャルだった祖母が、 会うたびにその話をしていた。 彼女は同じ演目を繰り返し演じる 落語家みたいだった。 一方、彼女の娘、 二代目はちょくちょく新ネタを出してくる。 若手お笑い芸人みたいだ。 彼女の孫にして三代目の私。 ナスのヘタを歯磨き粉にする、 という話を耳にした。 以前、姉から聞いた気がしたのだが、 姉は言ってないと言う。
バブル世代の彼女は比較的真面目な方だった。派手なのは苦手。目立ちたくない。普通でいい。 しかし彼女の運命は思惑と外れ、 選択はなぜか裏目に出る。 生まれつき肌は色白で髪の色は明るめの天然パーマ。天使のようだった。 しかし学校では黒髪のストレートが普通とされる。その後もずっと髪にコンプレックスを抱え続けることになる。彼女はコンビニのバイト代を縮毛矯正やパーマやシャンプーに注ぎ込んだ。 古風で地味めな女子大を選択した。農家並に早起きして通った。実家から通学しないと就職に不
1984年。 M監督の映画『風の谷のNシカ』 を観に新宿の映画館に行った。 父がついてきた。 思春期の子どもにとっては敵でしかない。 父は子どもの見る映画に興味はないが、新宿のデパ地下の食品売場には興味津々だった。 奇跡的に利害が一致した。 姉と私を映画館に置いて、 父は昼の新宿の街へと消えていった。 映画が終わると父が待っていた。 そして、 親子の利害が一致する奇跡的瞬間が再び訪れた。 黄色のMだ。 子どもは食べたい。 父はさっさと帰りたい。 この瞬間ファストフードが勝
節約のためなのか、 父は家で散髪をしていた。 道具は揃っている。 やるのは母である。 母にできる髪型はふたつ。 刈り上げか、丸刈りか。 父には変なこだわり(もしくはトラウマ)があって、父的には、 刈り上げ > 丸刈り。 家長がそんな感じなので我が家の男子は必然的にその髪型を継承することになった。 「なんだその髪型は。ふざけてんのか?」 中学生になった兄は学校から教育的指導を受けた。 流行に疎い母はこの髪型の何がイケナイのかわからない。 教育熱心な父がこれを聞い
片田舎の高校生だった私は、毎日無人駅を利用していた。駅まで自転車で30分。田んぼの中の道を行くと途中に川があり、橋を渡る。朝もやの中、蓮根畑の花が咲いた日には、ほぼ極楽浄土と化す。 たまに蛙や亀や蛇や獣に遭遇する。生きていることもあれば車に轢かれて死んでいることもある。車は滅多に通らないのになぜ事故る?都会はあんなに車が多いのになぜ事故らない?未だに謎。 駅には簡素な待合室とトイレがあったが、虫の巣窟なので遠慮したい空間。いつからか、壁に落書きがあった。スプレーで描かれた
アイスクリームが31種類もなかった頃。 スーパーの入口にあるアイスクリーム屋さんで、珍しく父がアイスクリームを買ってくれた。そして、そそくさと行ってしまった。 私は、おいてけぼりにされるのかと思って、あわてて父を追いかけたら怒られた。 ここで待ってなさい! 私は半分泣きながらアイスクリームを食べた。アイスクリームの味なんて知ったこっちゃない。 珍しく母の不在。父はミッションをサクッと済ませたかった。子どもがアイスクリームを食べている間に買い物を済ませる速攻作戦。せっか
『トーヨコ』って、渋谷じゃないの? 渋谷の『トーヨコ〜のれん街♪』を真っ先に思い浮かべる私には衝撃だった。 今日日、『トー横』と言ったら新宿なんだとか。ギャルの渋谷は大人になり、大人との関係を拗らせたキッズの居場所は新宿になったらしい。 そんなニュースを見た後に Sinead O’Conerの訃報を聞いた。 『Nothing Compares 2 U』 という曲を10代の頃に聴いて、とても印象に残っている。歌詞の意味までは理解していなかったが、あらためて聴いてみたら、まさに
庭でデカいカマキリをみつけた。 5さい児の私は畏れというものを知らない。 小首をかしげてこちらを見つめるカマキリにときめいた私は、カマキリを捕まえて虫かごに入れた。ずっとみていられる。 昼ごはんの時間になり、虫かごを外において家に入った。 ごはんを食べて戻ると無残な光景が待っていた。虫かごの中で自由を奪われたカマキリは、アリに襲撃されていた。全身がゾワワワワとなった。私がごはん食べている間にカマキリがアリのごはんになっちゃった。私のせいだ。ごめんなさいごめんなさいごめんな