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國學院大學で学んだ日本の宗教「神道」の多様性(?)

私は二十年ほど前に國學院大學の文学部哲学科を出ている。当時は國學院には文学部に神道学科というものがあり、神職を目指す人を中心に神道を専門に研究する学科だった。それが私の卒業した頃に、文学部から独立して神道文化学部という学部になったらしい。まあそれは國學院大學が神道を伝統的に研究する大学であるからわかるのであるが、私としては哲学科も文学部の中にあるのはおかしいと在学中に感じていた。先生のひとりも「哲学は本来理系の学問ですよ」と語っていた。私もその辺が気になっていて、哲学は文系と理系を繋ぐ学問であると思っていた。できれば哲学部として独立すべきだと思っていた。まあそんな話を今回しようと思ったのではない。
 
國學院では当時、必修科目として神道の授業をいくつか受けねばならないというのがあった。その中で、日本の宗教は、かつて八百万やおよろずの神の宗教であり、それが天皇が支配するために天照大神などの宗教として神々しんしん習合しゅうごうというものがあり、さらに仏教が入ってきて、それで国を治めるということになると、日本の神々とインドの神々を同一視する神仏習合があったと学んだ。そこで学んだのが、日本の宗教の八百万の神というのがいかに多様性があり、また、日本人は他の宗教をなんでも吸収して自分のものにしてしまう能力に長けていることだった。
 
しかし、八百万の神は多様性があると言えるだろうか?
他者を吸収し自分のものにすることは多様性ではない。
他者を自分ではないものとして尊重するのが多様性であると思う。
 
そもそも、「神道」という言葉を私は國學院に入ったときに知った。無知だ。「道」というのは、老荘思想から来る言葉ではないのだろうか?「神道」という言葉はいつからあるのだろう?そう思う私は無知なのだが、おそらく日本の宗教を外国の宗教に対峙させるときにできた言葉だろう。それが中国の宗教が入ってきたときか、仏教が入ってきたときか、それともキリスト教の入ってきたときか、私は知らない。悪名高い「国家神道」は明治維新後まさに欧米列強に対して、日本のアイデンティティを掲げるために作られたものだと思う。
 
八百万の神々とはそもそも宗教なのだろうか?神々習合の例が象徴しているように、国を統一するために利用する宗教としてはまずいものなのではないだろうか?無数に神々がいる、これは国を統一するのに適さない状況だろう。だからかもしれない。「神」では足りず、「道」を付け足して、それを学問として学ぶ國學院の神道文化学部などがあるのは。
 
私はこの文章を書く気になったのは、國學院大學の神道文化学部の学部長の記事を読んだことと、先日、富士吉田へ旅行に行ったことの余韻に浸って何か書きたいと思ったからだ。北口本宮富士浅間神社と新倉山浅間公園「忠霊塔」に行って、さらに温泉に入ってきた。浅間神社はさすがに重厚感があり伝統を感じさせるものだった。



一方、忠霊塔は、以前テレビで見た「絶景」を写真に写したくて行ったのだが、そこはほとんど外国人観光客ばかりだった。その塔は五重塔であるが、もちろんこれは仏教のものでちゃんと上には相輪などもあってそれっぽい形をしているのだが、近くで見ると、浅間神社を見てきた後ではずいぶんちゃちなものに見えた。いや、戦没者の慰霊塔なのだから失礼なことは言えないが、霊峰富士、五重塔、そして、青い木々、これらを写真に収めるのはここしかないだろう。長い階段を上がっていくと、その塔があり、その裏側にさらに階段があって、写真を撮るために作られたデッキがあった。やはり外国人しかいなかった。Mt富士と五重塔、やはり外国人にとってはまさに日本なのかもしれない。考えてみるとこれは八百万の神々が外国の神を取り込んだのとは逆に、日本の宗教文化が外国の文化の一部に取り込まれた例だろう。

そのあと、温泉に行き、食事をしてから湯に入った。その露天風呂から、富士の夏の雪のない頂がはっきりと見えた。私は登山をする人間であるので、日本の山岳信仰についても思いを巡らした。あの霊峰と対峙していると、体の芯から沸々と沸いてくるものがあった。たしかに山には神がいると思った。そんな思いが、日本の各地の山や木や石などに神が宿っていると昔の人が考えたゆえんだろうと思った。


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