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【小説】違う、そうじゃない

 心臓の音とか血流の音を聞いた事があるか。
 俺はある。
 いま聞いている。
 耳の奥で心臓が全身に血を流している。血を送り出す強烈な圧縮と排出の音、隙間の無い管の中を押し流される血が全身で擦れて毛羽だった音を立てる。

 体内で響く音は酷く不愉快だったが止まる事は無いし耳を塞げばさらに酷く大きく聞こえる。
 どうしようもない。
 痛みを止める薬はあったとしてもこの音を聞こえなくする薬だとか止める薬だなんてのは存在しないだろう。
 あるのは全てを遮断して眠る為だけの薬だ。

 参ったな。
 ナースコールを呼べない。手足が動かない。指すらも動かない。
 熱、痒み、痛み、不愉快さ、焦燥の全てが同時に全身を襲う。俺はクソ硬いベッドの上で動けない。
 空腹と乾きもある。
 排尿もしたい。
 だがどうしたら良いのかもわからない。おむつかカテーテルでも挿してあるのか。余すところなく不愉快さが俺の脳みそを埋め尽くしていく。


 体温が上がっていく。焦燥が膨れ上がっていく。だがその行き場はなくひたすらに体内で増殖し続けるだけだった。
 シャーレの中にいる菌のように思考回路の隙間を焦燥と苛立ちが埋め尽くす。
 細胞の隙間すらもそれらが埋め尽くしていく。

 その頭が痒い。
 毛穴の全てに詰まった皮脂が不愉快さに変換されていく。枕に触れている部分は熱が溜まっていて余計に不愉快だ。
 重心を動かしたいがそれも出来ない。虫でも這い出てきたら発狂してしまうかも知れない。
 発狂したところで何も出来ないのだが、そこで意識を断絶できるならそれに越したことはない。

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