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Re: 【小説】魔魔03~少年Aの場合~
「さぁ、時間だ」
それは何の感動もしていない声で事務的だった。実にファックだ。
「そっか、もうダメか」
「あぁ、決まっているからな」
わかったよ、と言いかけたところでゆっくりと地面が起き上がってきた。
ホーリーシット。
最後にスキップくらいしたかったな。
オーイェー。
✳︎✳︎✳︎
遠くで救急車のサイレンが響いている。
青空に重油を溶かしたみたいな真夜中の空。救急車の赤いランプ。
静寂を切り裂く知らない誰かの緊急事態。
「死ぬのかな」
机を照らすライトは白い。
小さなフォールディングナイフで机に彫っていく願いに影が落ちる。
みんな死ねばいいのに。
細かな不愉快さが募っていく。思い出す度に神経がささくれ立っていく。
鉛筆で机に書きこんだ呪いの文字たちが光る。それをナイフで彫っていく。
別に大したことじゃない。
イジメと言うには甘い。
だがイジリと言うにはあまりにも意地悪だし陰湿だ。
悪意と嘲笑。
やり返す気も起きない。
その分だけ削られていく机。
細かな木片がたまっていく。そして鼻息で揺れる。
開け放った窓から入る冷たい風が木っ端は部屋中に散らばった。
それは公園の先にある墓地を越えたあたりにいると見たのを思い出した。
インターネットで見た怪しい話だったけれど、神頼みよりはマシかも知れない。
駄目で元々の話だ。
別に何だって構わない。
玄関でスニーカーを取って部屋に戻る。
夜中だ。
家は眠っている。父親も母親も眠っている。
部屋でスニーカーを履いた。
やったことのない行為に興奮をおぼえる。
自分の頬が紅潮しているのがわかる。
窓から外に出た。
乾いた風が通り過ぎていく。
手に持った呪詛を書き連ねたノートは無意味かも知れないと思った。
全員死ね、その願いは心許ないほどに軽い。
真夜中の道は昼とは全然違う。
道すら眠っているようだった。
その道をたまに通る車が踏んでいく。
色んな家が眠っている道を歩く。まだ電気のついている部屋はまだ起きているのか、それとも今しがた起きたのか。
想像のつかない生活や世界がある。
道の反対側を老人が散歩しているのが見えた。
その老人が立ち止まり月を見上げた。
つられて月を見上げてみる。黄色みを帯びた白い満月だった。
公園の脇を歩いていくと底知れぬ怖さが背中を覆った。
誰もいるはずのない深夜の公園と言うのが異質だった。
普段は誰かしらがそこにいて、運動していたり遊んでいたりする。
真夜中には誰もいない。
そこを歩いている自分も異質だ。
道の反対側を歩いている老人すら恐ろしくなってきた。
今まで聞いた様々な怪談を思い出して身震いする。
街灯は頼りなく、次の街灯まで遠いのがまた怖かった。
その先の墓地を通らねばならない、と思うと帰りたくなってくる。
部屋で感じた冒険に対する興奮はすっかり冷めてしまった。
それでも、と呪詛ノートを握りしめる。
その怖さを我慢してでも全員死ねばいいのに、と思うと足は止まらない。
全員でなくてもいい、誰かひとりでも死んでくれたらいい。
公園の横を通り抜けて墓地に差し掛かると夜風はいっそう冷たくなった。
遮るものが無い道を細い風がどこまでも寂しそうに抜けていく。
果たしてそれはそこにいた。
墓地の中にある大きな木の下で座っているように。
こちらに背を向けたまま空を見ている。
「あの」
「その願いは、それなりに高くつくぞ」
それは背を向けたまま、突き放すでもなく諭すでもなく、当たり前の様に、抑揚のない声で言った。
「そのノートに載っている名前、5人全員である必要がどこにある」
しかしそれは諭すでもなく、単に訊いているだけと言う感じの声だった。
「ムカつくんだ」
手が震えていた。
怖かった。
「お前の残りの人生でそいつらと関わる事なんてそんなにないだろう」
「学校を卒業するまでまだあと二年もある」
いいから全員にいなくなって欲しい。
「そのあとはもう二度と会う事もない」
「止めるの」
もういいよ、と言う気になってきた。
「止めはしない」
「じゃあなんで」
「いまここでお前のその手の中にある願いを叶えたところでお前の魂は良くならない」
え?と言いかけた自分の声は喉に引っかかったまま口から出ることはなかった。
風が吹いた。
それとの距離は変わらないはずなのに世界がぎゅっと縮まった気がする。
それは少し楽しそうな声になって言う。
「いまここでお前に死なれても困るが、あいつらを死なせるのも困る」
「誰が困るのさ」
「色々とな」
それは背を向けたままだったが、何故だか笑っているのがよくわかった。
「幼いと選択肢が少ないから困る」
せんたくし、その単語が意味するところをしばらく理解できなかった。
「でももう会いたくないし、本当に厭なんだ」
「他にも方法がある。お前が喜び、その魂が肥え太る道がな」
それは言った。
死にも色々あるということを。
肉体的な死、精神的な死、社会的な死。
そこに至るまでの様々な苦痛を聞いているだけでうっとりしてしまった。
LEDの光は強く、目に刺さるようだ。
ファック、目が痛い。だがそれも喜びだ。
ユーノーワライミーン、わかるだろ?
街灯が白熱灯だとか水銀灯だった時代が懐かしい。グレイトフルオールドデイズ。
あの柔らかい光はもう二度と見られないのだろうか。ダークブルームーン、レインボーインザダーク。
喪服の黒いネクタイを緩めて煙草を吸った。
むかしは紫色に見えた煙もいまは銀色にしか見えない。
それでも煙草が吸えているだけマシなのかも知れない。ビューティフルプッシーシット。
愉しい葬式と言うのは初めてだった。
笑みをこぼさないようにするのが大変だった。
嫌いだった奴がチンケは犯罪で補導されたニュースを見た時は手を叩いて喜んだ。
余罪がバレて学校に居づらくなって転校した後は知らない。噂ではイジメられて引きこもりをやっているらしい。
同じように嫌いだった奴が怪我で味覚障害になったと聞いた時も、嬉しかった。
なにを食べても味がしないと言っていた。
保健室登校になってからは入院しているらしい。
自転車で無茶な運転をして大怪我を負った奴はいまだに歩くこともできない。
クラップヤハンズ。
パッチャヤハンザ。
そうやって学校での生活は少しずつ楽しくなった。ヘルトゥーヘブン。シティーヘブン。ヘルス。メンタル。ジャークオフ。
ジャーナリスト気取りの同級生が旅先でテテロリストに誘拐された時も嬉しかった。
だが今夜の葬式は格別だ。
長年つっかえていた喉の骨が取れたような爽快感があった。
思わずスキップをしそうになって足を踏み出すと、久しぶりの声が聞こえた。
「そろそろだ、行くぞ」
それは待ち侘びた風でもなく、嬉しそうでも楽しそうでもなく、乾燥して事務的なつまらなさそうな声だった。
ホーリーシット。
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