【短編小説】晩ごはん何食べる
ぴい、ぴい、ぴい
「どうしたの?」
ぴい、ぴい、ぴい
「……そっか」
ぴい、ぴい、ぴい
ぴい、ぴい、ぴい
ぴい、ぷー
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死に損ないのギリシア人が何と言ったかは知らないが、結局のところ生きるとはメシを食うことでしか無い。
善く生きると言うのが粗悪なタンパク質と脂質によって成り立たない事はどうにか分かるが、仮にニコスマスバーガーと言うものがあるとするならそれはどんなものだろうか。
「ヴィーガンバーガーかな?」
「まさか、あれが理性から一番遠いのに」
君は笑って、ローストビーフバーガーを口に押し込んだ。
頬袋が膨らんで果実の様な赤らみを見せる。
「いつまでハンバーガーなんか食べていられるのかな」
ジンジャーエールでローストビーフバーガーを流し込んだ君が俺に訊く。
「それは肉体的に?それともご時世と言う意味で?」
「両方」
ハインツのケチャップで赤くなったポテトがフォークに串刺されていく。
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近所の牛丼屋が潰れた事をきっかけにした訳では無いが、以前に比べて不摂生が減った。
しかし、蒸したブロッコリーと鶏ササミ肉が健康的なのか、ニコスマスな晩餐なのかと問われるとプシュケーは反目する。
死に損ないのギリシア人なら何と言うか。
それは君がいなくなってからも変わらない。
不摂生な食生活に戻った訳じゃない。ただ考える事をやめただけだ。
晩飯を固定してしまえば、悩んだら考えたりする必要がなくなる。
どうせこの世にある全ての料理を食べる事なんて出来やしない。
それなら最初からネグレクトな態度で死ぬまで過ごすのだって同じだろう。
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それが君では無いと言うことは分かっているのだけど、インターホンが鳴る度に「もしかして」と思わざるを得ない。
もし今夜、君が帰って来るとしたら何を食べたいだろうか。
「暖かいスープでも作ろうか」
「あなたが食べたいものが食べたい」
きっとそう言うだろう。
ブロッコリーと鶏ササミを蒸している俺を君は笑うだろうか。
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ロックしたリアタイヤは横に滑り、それでも止まらずに激突した。
痛みはなかったけれど、プロテクタージャケットの隙間から入る風が厭に寒かった。
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ピンポーン
インターホンが鳴る
おかえり
寒かったでしょう
風呂沸いてるよ
晩ごはん、なに食べる
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自分でご飯を食べられなくなったら終わり、そう言ったのはあなたなのに。
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