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【小説】Too Fast 2 Die ;属 女子高生Kamen

「あんたが女子高生になるんだよ」
 俺は文字にならない絶叫をして目を覚ました。
 遮光カーテンの隙間から射した光が足を通って本棚に伸びている。
 剃刀の様に薄い光は部屋の埃を輝かせている。汗で張り付いたシャツを脱いで窓を開けると生ぬるい風が肌を撫でていった。
 その不愉快さに顔をしかめながら灰皿から比較的長い煙草を拾って火を点けると、とりあえず今日が始まったんだなと思った。
 昨夜に飲み残した缶コーヒーは薄くて麦茶みたいな味がすると思った。
 

 着替えてから階下に降りると父親は新聞で絶対領域を展開していたし、母親は満面の笑顔を浮かべたマシーンの様に朝食をサーブしていた。
 茶碗には白米が盛られていた。
 恐らく朝食用の軽い触感の品種だ。みそ汁は玉ねぎと豚肉。三つ葉が浮いている。焼き魚は子持ちししゃも。卵焼き、それに梅干しが添えてあった。湯飲みにはほうじ茶が注がれており、湯気が立っている。
 その湯飲みに手を伸ばす前に、目の前に置かれたコップの水を一気に飲み干した。

 隣に座った弟はどんぶりに盛られた白米の上にツナ缶を開けるとマヨネーズを絞り、一味を瓶の半分ほどかけて赤く染めると一気に流し込んだ。
 あぁ、幸福だな。
 両手で箸を持ち上げてから、みそ汁をひとくち飲むと茶碗に盛られた口当たりの軽い白米を噛みながら心から思った。
 自家製の梅干しは色こそ深紅でないものの塩辛く、甘い卵焼きとのコントラストが際立っていた。
 嬉しくなって子持ちししゃももひと口噛んだ時に、世界は綺麗に反転した。

 そう、季節外れの革命がやってきて生活を蹂躙していったのだ。
 ガスも電気も止まっている。風が強く吹いている。
 太陽は照り付けている。
 ソーラーカーがゆっくりと走っていく。
 長い渋滞の先頭にいるのは何かわからないけれど、歩いた方が早いんじゃないだろうかと思う。

 茶色いローファーの踵をすり減らして歩く。
 自転車は速いが、動きが直線的になるのと咄嗟の回避行動が難しいのでできれば乗りたくない。
 原付も今じゃ超が付くほどの高級品だし、スケボーは音が大きすぎる。結果的に歩くのが一番効率的になるが、やはり歩行と言う移動手段の致命的な遅さにはいつまでたってもイライラする。

 しゃがんでルーズソックスのヒダに隠した煙草を取り出すと、同じように隠していた燐寸で火を点けた。
 青白い煙が月明り照らされて紫色に光った気がした。
 手帳を開いて目的のプリを探し出す。
 数ブロック歩いた先に古い道祖神が祭られている祠がある。そこにどんな歴史があるかは知らないが、結界が緩んでいるので張り直さなければならない。
 今夜はたまたま俺の出番であり、仕方なしに歩いているのが今だ。

 そう、俺は女子高生になった。
 茶髪に金色のメッシュ、肌は見回りをした結果で茶色く焼け付いている。茶色いベストは色が落ちて真っ白になっている。
 なんとなく、あの当時の女子高生じみた出で立ちだなと思う。もっとも当時の女子高生はくちびるの端に絆創膏を貼っていなかったと思うけれど。それに目元のストーンも無いし付けまつげも貼っていない。

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