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Re: 【小説】錯乱ズブロッカ読経BOYユビキタス脳死


 ディスポーザー「怠惰狂老人卍丸Z1000mk2改」に入っていく両親を見つめながら俺は煙草に火をつけた。
 老人介護施設と言うものが労働者にとっても利用者にとっても国費にとっても不健全なものだと言う事が閣議決定された。
 この状況なのは国家にとって不健全ですか、と野党が訊いたので与党が不健全ですと言う回答の方針を固めたと言う事だ。
 それ以上でもそれ以下でも無い。
 俺たちに親の面倒は見られない。


 社会保障費を肥大させ続けた老人たちと、それに従事する終末産業(末端産業)はかつての性風俗産業と同じ衰退の一途を辿った。
 施設の更新は認可されなくなり、働き手も減った。
 入居者が減り、施設の運営は立ち行かなくなった。
 各地で老人ホームは廃墟になり続けた。
 だが老人そのものが減る訳では無い。
 ゆかしく山に棄てる訳にも行かず、かといって海に放つ訳にもいかない。
 しかし手に負えないので発明されたのが人間ディスポーザー「怠惰狂老人卍丸Z1000mk2改」だった。
 汎用大型生物堆肥作成機で、機械に放り込んだ生物を堆肥にして植物を育成するマシンだ。
 

 長らく会っていなかった両親はすっかり老けていた。
 記憶の中に存在する両親は若々しく、溌剌としていた。それはもしかしたら俺がひどく幼い頃の姿なのかも知れない。
 両親と一緒に生活していない時間が一緒にいた時間を越えた時から俺の記憶が止まっているんだろう。
 それは彼らの中でも同じに違いない。
 たまに会えば、お互いの食がかつてより細くなった事を寂しく思うので記憶は長持ちしない。

 両親とは何だったのか、最期になっても分からず終いだった。

 その土地に生きて死ぬと言う事は、つまりその土地に顔を出して土に埋まり一体化する事を繰り返す事だ。
 それならば焼いて骨だけにするよりは堆肥にした方が循環効率として無駄が無いと言う事だろう。
 その思想の下で「怠惰狂老人卍丸Z1000mk2改」は各地に建造された。
 初期型は防音装置に不具合が多く、悲鳴が漏れ出やすいと言う歴史があるらしい。
 他にもエネルギー効率の問題だとかコスト面の改善などがあっと聞くが、細かいことは知らない。
 世界は差別を躊躇わなくなった、と高校時代の老教師は嘆いていた。
 老人、病人、障害者、犯罪者。
 彼らの存在は社会にとって非効率的だとされた。それは救済の対象であったが、その救済は優しさと余裕によって成立している。
 それが尽きたとき、社会はゆっくりと反転し始めた。
 どうにか自由主義社会の中で形成されたルールに反しない形で、それらをパージできないか。

 そこで定義されたのが先刻のそれだ。
 精神だとか魂の存在を証明できないのだから効率化としては当たり前の話だと思う。

 おそらく何十年かぶりに全裸になった両親が分厚いマジックミラーの向こうでこちらに手を合わせる。
 見えていない事を知りながら俺は頷く。
 係員が両親に錠剤と水を渡すのが見えた。錠剤を飲み下した両親は長い滑り台の縁に座る。
 天国へのヘルタースケルター。
 あとは眠って滑り落ちていくだけだ。

 青いランプが点灯した。
 両親の入眠が確認されたと言うことだ。
 ふたりの遥か下で、幾層にも重なった巨大な刃が回転を始める。
 分厚いマジックミラー越しでも、その威圧感のある音が響いた。足元に軽い振動を感じる。
 高速で回転している刃は磨かれているものの、やはり硬質な骨を砕いた影響だろう。歪な光を返している瞬間がある。
 あの中に両親が入り、肥料になる。
 
 強靭な国土。

 俺もいつかあの中に入るのだろうなと思う。
 生きて入るのと死んで入れられるのでは何がどう違うのかと考え始めたところで、両親の傍に立った係員が手を上げた。
 準備完了の合図だろう。
 どこかで見ている別の係員が両親の座っている台座を傾けた。
 二人の身体は回転する刃の中にゆっくりと滑るように落ちていった。

 家に帰ると妻が食事の用意をしていた。
「おかえりなさい、あなた。どうだった」
 エプロンで手を拭きながら俺に笑顔で訊く。
「あぁ、順調だったよ」
 俺はネクタイを外しながら答える。
 別に決まりではないが何となく喪服を着ていった。
 この習慣も、俺たちの子どもが成人する頃には無くなっているだろう。

「お父さんおかえり」
 子どもが足元に飛びついてつかまる。
「じぃじとばぁばの野菜はいつになったら食べられるの」
「そうだな、来年の春先にはじぃじもばぁばも元気で美味しい野菜を育てる土になるんじゃないかな」
「わーい。ねぇねぇ、お父さんはどんな野菜を育てる土になりたいの」
「そうだな、俺は」
 何の野菜を育てるか真剣に考え始めたところで妻が「そこらへんにして、みんな手を洗ってらっしゃいな。もう晩ご飯の支度は出来てますよ」と言った。

 いつかこの女と一緒にあそこに座れる日が来るのだろうか。
 それともどちらか片方だけだったりするのだろうか。
 歌う様にうがいをする子供たちに見送られる事を考えながら、俺は手を洗っていた。

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