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Re: 【超短編小説】AGWP検定準2級

 ドアが開き、中から番号札を胸につけた女性が出ていく。その顔は不安げだった。
「次の方、どうぞ」
 やたらにタイトなスーツを着た巨乳の係員が私に声をかけた。
 オーバルレンズの細い縁が光った気がした。
「はい、ありがとうございます」
 その光は私の希望となり得るか。
 今すぐその巨乳に埋もれて窒息したいと思いながら、私は大きく息を吸ってからドアを三回ノックした。
「失礼します」
 声の張り方に細心の注意を払いながら中に入ると、広々とした会議室の長机に濃い灰色のスーツを着た面接官が5人ほど座っていた。

 私は面接官たちの正面に置かれたベッドの横に立ち
「受験番号4123番、四方天 翔子。よろしくお願いいたします」
 深々と頭を下げた。
 今度こそ、と胸の中で小さく呟く。
 これは復讐なのだ。
 いまだかつてあんな屈辱があっただろうか。
 あの通知書には健闘を祈る言葉すらなく、ただ不合格と書かれているだけだった。
 採点結果すら同封されていない。
 何が足りなかったのかも分からない。
 ただ私が至らなかった結果だけが記されていたのだ。

 それを見た瞬間に自分が上気しているのがわかった。
 血が沸騰したように熱く全身を駆け巡る。
 不合格。
 不合格!
 この私が!

 その日から特訓が始まった。
 専門のコーチを呼んだ。
 映像も撮って自分で幾度となくフォームを確認した。
 あらゆる文献を漁った。
 傾向と対策、流行りも取り入れた。
 禅寺で修行もした。
 侘びと寂び、その落差について考えた。
 恥を承知で道行く人にもアドバイスを求めた。
 客観性が必要だった。

 幾度となく繰り返したその修行の成果を今こそ見せる時だ。

 私は真っ白いベッドに横たわり、真っ白い枕を背中の下に入れる。
 何度か小さい呼吸をして気持ちを作り「いきます」と叫んでから両手でピースを作り顔に添えると白目を向いた。
「んほお!いいの!」
 思い切り叫び、舌を出した。
 目からは涙が溢れていく。涎も垂れていく。
 それでも構わず叫び続ける。
「んんんんん!!いいのぉ!!!」
 もう、どう見られても構わない。
 美しく見られる事も可愛く見られる事も考えない。
 全身全霊、渾身のアへ顔Wピースを見せる。
 ゆっくりと足が開く。
 足の裏が弧を描き、次第に伸びていく。
 体温が上がり呼吸が乱れる。
 自然と歓びが身体に満ちて笑顔が溢れる。
 面接官たちに向けていた意識がゆっくりと離れていく。
 もう、どうにでもなれ。
 あの時に不合格だった悔しさすら今はどうでもいい。


「そこまで」
 面接官たちの一人が声をかけた。
 その後の面接内容は殆ど覚えていない。
 けれど充実感に満ち溢れていた私はそんな事どうでもよかった。
 ただ次に来る封書は合格であると言う自信だけはあった。

 試験会場を出ると、陽が傾きかけていた。
 もう夏と言ってよい季節の午後、柔らかさのある春風が頬を優しく撫でる。
 涙と涎の跡が冷たく感じられた。
 その時、初めて恥ずかしさがこみあげてハンカチで顔を拭った。

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