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わたしからの解放。そして現実の夢化。Liberation from Myself. And the dreaming of reality.

1960年代後半という気の狂った時代について、あいかわらずぼくは考えている。LOVE & PEACEをとなえ、みんなしてマリファナを吹かし、ためらいもなくLSDを摂取して、インスタントに禅の行者の境地を手に入れ、そうかとおもえばフリーセックスを楽しんだり楽しめなかったりして、サイケデリックロックに熱狂したあの時代。ほんの数年間のカーニヴァルだったとはいえ、あの時代におこなわれた探求は、いったいなにを残しただろう?


それは〈わたしからの解放〉そして〈現実の夢化〉ではなかっただろうか?



〈わたし=主体〉についてのモダンクラシックな定義に、デカルトの例の言葉がありますね。Je pense, donc je suis. 英訳すれば、I think, therefore I am. 日本語で言えば、「わたしは考える、だからわたしは存在している。」デカルト先生のお言葉をカジュアルに翻案しましょう、「自分の頭で考える。これがいちばん大事なんだよ。まずはいったんすべてを疑ってみたまえ、普遍的な原理原則を手に入れるために。」つまり科学精神の擁護と賞揚なんですね。なるほど、デカルト先生は、キリスト教権力が圧倒的に強かった17世紀に生きた人ゆえ、(けっして信仰を否定こそしないものの、むしろ)科学革命の時代精神を説いておられます。カントと共通する態度ですね。



ただし、意識を人間の条件として定義すると反論もまた現れるでしょう。じゃあ、寝てるときはどうなんだ? 「我寝ている、ゆえに我は我があるんだかないんだかわからない」ですよね? また、肉体の立場はどうなるんでしょ? 酔っぱらっているときは、「我酔っぱらっている。ゆえに我のおしゃべりはぐるぐるまわりし、我の歩行は千鳥足である」ですよね? デカルト自身は医学~生理学の教養を持ち、解剖に立ち会った経験さえ持ちながら、しかし、デカルト哲学はあくまでもしらふのときの意識の哲学(=理性を行使する懐疑哲学)に留まっています。




また、意識は大切なものであり科学精神の基礎ながら、同時に、意識こそが人の精神を閉じ込める牢獄であると見なすことだってできるでしょう。芸術家ならば一度は必ず考えることでしょう。なぜなら、起きているとき人は意識の世界の住人であり、意識の代表的な現れである言葉を使って暮らしている。しかしながら、もしも芸術家がもっぱら言葉の牢獄に閉じ込められていたならば、ろくな仕事はできません。したがって芸術家は意識の内/外を上手に行き来することを日常にしています。ただし、この傾向が行きすぎると、ともすれば(?)芸術家は薬物に手を出すことなって困ったことになりかねません。脳をいじることはひじょうにおっかないこと。ましてや法に触れる危険を犯してまでやることとはとうていおもえない。



人は眠っているときにときどき夢を見る。夢もまた意識の(弱い)働きではあって。夢のなかでは時間と空間の制約がほどけて、記憶のなかからおもいがけない人や出来事が現れる。死者が蘇って現れもすれば、長らく会っていない人が不意に登場したりする。人生で経験した危機一髪な事態が何度も夢で再現され夢見る者を苦しめもする。はたまた魅惑の女性から性的誘惑を受けてもんどりうったりする。夢は意識と無意識の中間領域で生まれる。



1960年代後半、あの狂った時代についてぼくはおもう。あれは〈わたしからの解放〉と〈現実を夢に変容させる〉、このふたつの強い熱望によって認知世界を変容させ、なろうことならば社会全体さえもをLOVE&PEACEに染めあげてやれ、という壮大な実験だったのではないかしらん。



しかも、あの時代にあっては理性の側に立つ者たちのなかにさえ(恐ろしいことに!)LSDを精神の拡張として擁護賞揚する知識人たちさえもがいた。(なお、意識~精神は脳の管轄ゆえ、薬物の働きを使って脳の働きをいじくれば、おのずと現実認識もまたおかしなことになる。)また、精神医学は、管理社会が行使する悪として批判されもした。女性解放思想を支持した女たちはブラを捨て、天真爛漫にフリーセックスを楽しんだり、楽しめなかったりした。ロックのライヴで熱狂した女たちのなかには喜悦の表情で髪振り乱し、挙句の果てにパンティを脱ぎ捨てステージに投げつけたりした。もはや獣である。



もちろん若者たちみんながラリパッパになってLOVE&PEACEのユートピアを夢想したカーニヴァルはほんの数年で終わった。あたりまえである。しかし、それでも〈わたしからの解放〉と〈現実の夢化〉、このふたつはいつの時代であっても人を魅了してやまない。



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